第四二回 幼馴染
「素敵よ……ユージ様ぁ。抱いてぇ。それがダメならあたしが抱きしめる。死ぬまで絶対離さないんだからぁ!」
聖堂内に艶のある声が響き渡る。
「セ、セリア、抱き付かないでっ。落ち着いて。ね? 頼むからさ……」
祭壇に臨む赤い絨毯の道で、興奮するセリアに対して青ざめながら後退りする雄士は、黒いローブに身を包んでいた。
「う、うん。つい、興奮しちゃって……。ごめんねっ」
「……よ、よかった……」
弱り顔でへなへなと座り込む雄士。彼に対するセリアの愛は強くなるばかりだった。皮肉にも、彼が潔癖症でなかなか触れさせてくれないということが、彼女の想いを一層強くする原因にもなっていた。
ジョブチェンジする者は、まずお布施として100グラードかそれに相当するものをシスターに与えたのち、希望するジョブを伝えて、右の席でジョブ授与のときを待つ必要がある。
魔術師を選択した時点で、教会では白いローブが一つ用意され、次に黒い染料で満たされた壺の中に入れられる。それらはシスターたちの放つ光魔法によってすぐに乾かされ、神父の元に届けられてジョブチェンジを終えた術者に手渡されるのだ。すなわち、雄士の黒いローブは魔術師であることを意味していた。
「まあまあ似合ってるんじゃね?」
「そうですねえ」
「そ、そう? ありがと、ロエル、ミリム! ……んー、確かにいかにも魔術師って感じでいいね、この格好……」
壁に設置された鏡――姿見――で自分の姿を確認し、悦に浸る雄士だったが、後ろに不穏なものが映ったため即座に逃げ出した。
「待ってえぇっ、あたしの王子様あぁぁっ!」
「いやああぁぁ! 助けて神様ああぁぁっ!」
「「はあ……」」
聖堂内でも溜息を響かせるロエルとミリム。
「――おや、ロエルにミリムではないか」
「「あ……」」
ゆったりとした司教服に身を包んだ長身の男が二人に近寄っていく。オレンジ色の短髪で、雄士に負けず劣らず美麗な顔立ちをしていた。
「おいおい、シーケルじゃねーか」
「お久しぶりですう」
「元気にしていたか、二人とも……」
「おう……って、シーケル、それ司教の格好だろ? 出世したなあ……」
「出世しましたねえ……」
「まあな。賄賂が効いたよ」
司教シーケルは手で丸を作ってニヤリと笑う。ロエルたちとは幼馴染の間柄であった。
「さすがグノンテ村一番の悪童シーケル、やるな」
「やりますねえ」
「気に入らないやつらを何人も密かに殺してきてるお前たちに言われたくないな……って、セリアはいないのか?」
「「あそこ」」
「……」
ロエルとミリムが呆れ顔で指差す方向には、逃げる雄士を必死に追いかけるセリアの姿があった。
「……相変わらずのようだな」
苦笑しながら首を横に振る司教シーケル。彼は子供の頃、セリアに執拗に求婚されて困った経験があるのだ。悪童として恐れられた一人でもある彼が唯一恐れた存在だった。最初は好き同士だったのだが、セリアがどんな場所でもあらゆるときでも気が付けば側にいるほど依存性が強かったため、次第に避けるようになったのだ。それは彼らが別々の道を歩んだ遠因にもなっていた。
「……ロエルたちはどうなのだ? 風の噂ではセリアが勇者を召喚してるとか聞いたが……」
「まあまあいいの釣れたぜ。けど、ちと問題が起こってな……」
「問題……?」
「ちょっと耳貸してくれ」
ロエルがシーケルに耳打ちして今までの経緯を大雑把に説明する。
「――……なるほど、逃げた魚が最高の能力を持ってたというわけか。そいつは厄介だな……」
「だろ……」
「でしょお……」
「既に私の教区から推薦した勇者が王都に向かっているのだ。そいつに邪魔をされたら困る。真の勇者に選ばれれば私の出世の道はさらに開かれるのだからな。王都グラッセルを含めた主要都市の教区を任される大司教、さらには次の教皇への道も見えてくる……」
「悪童シーケルがついに教皇様か。末恐ろしいな」
「まったくですう」
「冷やかすな。ロエル、ミリム。夢は叶えていない時点でゴミ同然なのだからな……。そのコーゾーとかいうやつの特徴をほかにも教えろ。教区にいる神父たちに伝えねばならん。ジョブチェンジさせると見せかけて捕縛して、ここまで連れてくるようにとな」
「おっ、いいねえ。一応ここの神父にも金を握らせておいたけど無駄金になりそうだ」
「……ははっ。お前らしい。ただ、私の教区にも話の通じない頑固者がいてな」
「「へ?」」
「ルコカ村の神父だ。私の息がかかった者たちをお土産ごと突っ返してきた頑固爺でな。ちまたでは私たちの良くない噂も流れているし、勘づかれてそこに行かれると困る……」
「じゃあ、俺たちが行くぜ」
「その爺さんごとミリムたちがやっつけますよお」
「いや、幼馴染たちの手を煩わせるつもりはない。いい機会だ。私に良い考えがある……」
笑みを浮かべるシーケル。目を見開いた司教の残虐な笑顔は、幼馴染のロエルとミリムも黙り込むほどの迫力だった……。




