第62話 存在理由
◇◇◇
ペッカートの進撃により荒廃した大地で、レンはひとり、空を見上げていた。
崩れ落ちたビルの瓦礫に腰かけながら、彼はいったいなにを考えているのか。
周囲の惨劇とは裏腹に、その表情は実に穏やかである。
彼の周囲では黒い群れが再び共喰いを始め、いたるところで真っ赤なモルテが噴き出していた。
しかしそんな状況にありながら、彼は平然とした様子でたたずんでいた。
「戻ってくると思ってたよ、ハル」
「…………」
正面に顔を戻したレンの視線の先には、鋭い目つきで彼を睨みつけるハルの姿があった。
手には炎をまとった両刃の剣が握られている。
彼女の周囲を取り巻く炎はまるでハルの心を映し出すかのように勢いを増し、生きもののようにうねりを上げて燃え盛る。
その切っ先が、まっすぐにレンに向けられた。
「その様子じゃ、こっちに堕ちる気はないようだな」
「当たり前のこと言わないで」
「そうか……」
レンが目を伏せたかと思うと、その姿が一瞬でハルの視界から消える。
互いの吐息が感じられるほどに近くに現れたレンに、ハルは瞬間的に息を飲んだ。
「残念だよ」
迫ってきたレンの手に漆黒の剣が握られているのを確認すると同時に、ハルは横跳びに彼から離れた。
振り抜かれた刃は空を切る。
「なあ、ハル。お前はどうして戦っているんだ?」
「な、に……?」
「疑問に感じたことはないか? 人類に、守るだけの価値があるのか」
「どういうこと?」
「そのままの意味だよ。俺たちは、なんのために造られた? そもそもキューブとはなんだ?」
ハルには質問の意図がわからなかった。
攻撃の合間を縫って紡がれるレンの言葉に、どうしてかこれまで当たり前だと思っていた答えをすぐに口にすることができない。
「なあ、キューブはもともと、誰のものだと思う?」
「言ってる意味がわからない」
「俺はさ、わかっちまったんだよ。人類を守ることの無意味さと、俺たちの存在理由を」
レンはいったい、なにを知ってしまったのだろう。
それは彼がクリミナーレになってしまったことと、なにか関係があるのだろうか。
だがいくら考えても、答えは見えてこない。
一瞬だけ目を伏せた彼の表情が、どこか悲壮感を漂わせていたのは気のせいだろうか。
「要注意管理対象隔離措置」
「っ!」
レンの発した言葉に、ハルはおもわず息を飲んだ。
それは公にされていない、いわばキューブ研究における闇の部分。
「お前も知ってるだろ? 存在を否定された俺たちは、ただ消されるだけの命なんだよ」
キューブの研究過程において、命を落とした者は少なくない。
奇跡的に一命を取り留めたとしても、肉体や精神にどんな影響があるのか。それを調べるのも研究の一環であった。
彼らは『保護』という名目で施設に隔離され、残りの生を実験モルモットとして過ごすのである。
だが失敗事例は公にされることはなく、彼らのほとんどが過度な実験により秘密裏に処分されているのが現実であった。
そしてそれは非適合者のみならず、クリミナーレに対しても同様だった。
謎に包まれた能力をもつ者を、適性がないからとそう易々と解放するはずがないのだ。
「『血に狂った』だとか、『闇に堕ちた』だとか……いつだって人間は、俺たちの言葉には耳も貸さない。勝手に適合者だからと連れてこられて、勝手に世界の命運を託されて、勝手に期待して勝手に利用して……なのに少しでも自分たちの意に沿わない行動をすれば、勝手に切り捨てるのさ」
「だから、ペッカートを使って保護施設を襲ったの?」
「ははっ。『保護』なんて大層なものじゃない。あんなのは、ただの『処分場』だよ」
ハルはわずかに眉をひそめた。
かつてレンが施設に送られた数日後、本部に入ったのは保護施設が壊滅させられたという一報だった。
スペランツァが出撃する間もなくペッカートによりほとんどの人間が殺され、隔離されていたはずのクリミナーレがこつぜんと姿を消した。
彼らを連れ去ったのが誰なのか。
ハルをはじめ、ユキノリたち上層部の人間にはおおよその見当がついていた。
だからこそその事実は暗黙のうちに伏せられ、これまで誰もレンのことを口にしようとしなかったのである。
「お前だって、なりたくてスペランツァになったわけじゃないだろ?」
「っそ、れは……」
レンの指摘に、ハルはおもわず言い淀む。
スペランツァの候補に選ばれなければ、必要とされていなければ、ハルもきっとここにはいなかっただろう。
「なあハル。お前たちは、俺たちを『裏切り者』だと言う。でもな、なんでキューブは、その裏切り者に力を貸す?」
「え……?」
「くくっ、やっぱ知らないのか。クリミナーレになってもな、キューブとシンクロできるんだよ」
レンは妖しく口角を上げると、手にした剣をすばやくハルに向け斬りかかった。
「くっ……!!」
ハルは瞬時に己の刃でそれを防ぐが、やはり男女の力の差にはかなわない。
ハルの体は衝撃で弾き飛ばされてしまう。
「お前はまだまだ強くなる。お前の力はそんなもんじゃないだろ! ハル!!」
高笑いをしながら空を見上げるレンを、ハルは忌々しげに睨みつけた。
「もっと楽しませてくれよ? なあ、ハル」
不敵な笑みを浮かべたまま、レンは漆黒の髪をなびかせながらつぶやいた。
そのとたん、辺り一面が闇に覆われる。
否、それは新たに現れたペッカートの大群であった。
黒い波に飲み込まれ、ハルの姿は瞬く間に見えなくなってしまう。
しかしそれすらも楽しんでいるかのように、レンは悠長にその様子を眺めていた。




