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キューブ −世界再生の生贄−  作者: 志築いろは
第4章 Where to Return

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第58話 残酷な命令

◇◇◇



「現時点で、彼がどこにいて、なにをしているのかは一切不明。二年前のペッカートによる保護施設襲撃後、本部敷地内でその姿を目撃されたのを最後に、彼は完全に消息を断っているわ」


 できれば誰かに、「違う」と言ってほしかった。

 しかし期待に反して、誰もそのことを否定してくれる者はいない。


「彼が黒幕なのだとしたら、すべてのつじつまが合うわ」


 ハルもホノカも、終始うつむいたまま固く口を閉ざしていた。

 一瞬の沈黙が、ひどく長いように感じる。


「待ってください。そうだとしても、ペッカートがスペランツァに服従するなんて話、聞いたことが」

「レンくんはもう、スペランツァじゃないんだ」


 疑問を口にしたアキトの言葉を遮ったのは、それまで静かにみなの様子を眺めていたユキノリだった。

 両手を組んだ彼は、前かがみになってひとつ息をつく。


「たまにね、いるんだよ。闇の力に魅入られちゃう子が」

「『クリミナーレ』。闇に堕ちたスペランツァは、こう呼ばれるの」


 ユキノリの言葉を引き継いだマリアが目を伏せる。

 彼女は一瞬だけ苦しそうな表情を浮かべると、自身を落ち着かせるように静かに息をついた。


「施設では彼らの保護も担っていたの。だけど襲撃された際に、レンとともに三名のクリミナーレが脱走。つい最近まで、三人とも安否不明とされていたわ」

「まさか……! 以前ペッカートを従えていた彼らが……?」


 返答を急かすようなアキトの視線に、マリアはちらりとユキノリの顔色をうかがった。

 表情を変えずに微動だにしない彼に、マリアは視線を戻して観念したようにうなずく。


伊陸(いかち)マヒル、伊陸ヒカルの双子の兄弟は、作戦行動中に一般市民数名を殺害。秋穂(あいお)ミズホは、職員を洗脳して血液を搾取していたことが判明して、施設での管理下に置かれることになった」


 マリアが淡々と語る過去に、口をはさむ余裕すらなかった。

 アキトもキョウヤも、一瞬でも脳裏をよぎった映像に表情をゆがめる。


「そして天尾レン。彼は、スペラーレの契約時に候補者を殺害、その後の吸血行為が問題視され、施設に収容されたわ。アキトの言うとおり、全員が『元』スペランツァ、いえ、脱走したクリミナーレよ」

「そんな……」


 (めずら)しく頭の整理が追いつかないまま、アキトは点と点をなんとかつなぎ合わせようと思考をめぐらせる。


 レンが黒幕だという確証はない。

 だがレンとともに脱走したクリミナーレが立て続けに現れ、なおかつペッカートを従えて襲ってきたという事実。

 それは仮説を裏づけるには十分な要素だった。


「目的は、なんなんですか? レンさんが黒幕だとして、僕たちに敵対する理由は……」

「彼らの最終的な目的はわからないわ。少なくとも、組織を恨んでいるのは確かね。だから障害となるスペランツァを狙っている。ただ……」

「ただ……?」

「…………」

「レンくん個人の狙いは、ハルだろうね」

「……ええ」


 うつむいたまま、膝の上で両手を握りしめるハルの肩を、キョウヤがそっと抱き寄せる。

 こわばった体がわずかに震えていることに気づかないふりをして、キョウヤはまっすぐにマリアとユキノリに顔を向けた。


「……どうして、ハルなんですか?」


 それまで黙って話を聞くばかりだったキョウヤが、落ち着いた声でたずねた。


 クリミナーレが狙っているのがスペランツァなのだとしたら、それはハルにかぎった話ではないはずだ。

 ここには彼女を含め、三人のスペランツァがいたのだから。


 ユキノリは困ったように眉を下げて、おもむろに天を仰いだ。


「ハルはレンくんの、『お気に入り(・・・・・)』だったからねぇ」


 ユキノリの声が、やけに響いた気がした。


 再び沈黙に包まれる室内。

 ハルは(よど)む気持ちを吐き出すかのように、ゆっくりと息をついた。

 とはいえそれで心が晴れるかといえばそうでもなく、視線は行き場を失い床をさまよう。


(レン……)


 考えたくもない想像ばかりが頭をよぎる。

 彼のことを思い出すほど、あのときの鮮烈な姿ばかりがフラッシュバックする。

 あんなにも責任感が強く頼れる存在だったはずの彼は、あの日を境に自分たちの敵となってしまった。


 なにが彼をそうさせたのか。

 どうしてあんなことをしたのか。

 答えはわからずじまいのまま。


 優しかった彼は、もうどこにもいないのだろうか。


「ハル、ホノカ、わかっているね?」

「っ……!」


 ユキノリの有無を言わせぬ声が響く。


「近いうち、レンくんは必ず現れる。そのときは彼を」


 そんな日など来てほしくないと叫べたら、どんなによかっただろう。


 顔を上げられぬハルに対して、ホノカは口を真一文字に引き結んでユキノリを見た。


 覚悟を、決めなくてはいけない。


 ユキノリの射抜くような視線が、まっすぐにハルとホノカに(そそ)がれていた。

 まるでスローモーションのように、時間がゆっくりと流れている気がした。


「天尾レンを、殺しなさい」




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