第36話 予兆
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葬儀直前まで続けられた連日の捜索もむなしく、結局ツカサの亡骸を見つけることはかなわなかった。
ずいぶんと軽い棺にすがりついて泣き崩れたのは、長年彼女の世話をしていた看護師の瀬田だった。
棺を乗せた車が、長いクラクションを響かせてゆっくりと発進する。
静かに遠ざかっていく車を、誰もが目をそらさずに見送っていた。
とはいえその日を境になにかが著しく変わることもなく、組織ではいままでどおりの日常が流れていく。
ここ半月ほどは敵の出現もなく、実に穏やかな日々が過ぎていた。
「ん~! わっかんねぇー」
おもむろに天井へ向かって高々と両腕を突き上げたシュウは、上体をゆっくりとうしろにそらす。すっかり凝り固まってしまった背中の筋肉を限界まで伸ばすと、イスの背もたれが小さく軋んだ。
「まさかオペレーターになるとはなぁ。ちゃんとできっかな……」
司令室での勤務に正式配属されたシュウは、自室に戻ってもモニターとにらめっこする日々を送っている。
備えつけのせまい机の上にはマニュアルが何冊も積まれ、ひらかれたノートには専門用語がびっしりと書き込まれていた。
「マニュアル読んだだけじゃ、ぜっんぜんわかんねぇ……」
いかんせん、まったく未知の仕事である。
膨大な量の資料に目を通し、あり余るほどの知識を脳に詰め込んでいく作業が続いていた。覚えなくてはいけないことが、それこそ山のようにある。
「ぶっちゃけ、キャパオーバーなんだよなぁ」
はじめのうちはベテランオペレーターがサポートについてくれるとはいえ、素人の自分につとまるだろうか。
「……はぁ〜」
背をのけぞらせたまま放心していれば、部屋のドアロックがガチャンと音を立てた。
静かにひらかれたドアの向こう。ハルが無表情のまま立っていた。
「おかえり、ハル」
「……荷物、取りに来ただけだから」
聞こえるかわからないくらいの声量でつぶやかれたひと言だが、シュウは「そっか」と言って満足そうに目を細めた。
ハルがシュウのいる部屋に出入りし、短いとはいえ会話がある。
まともに会話もできずに避けられていた頃を思えば、かなり関係が改善してきている証拠だ。
一方でシュウは、彼女が相変わらずキョウヤの部屋で寝泊まりしている状況に不満も感じていた。
「……これ」
「え?」
「ユッキーから」
ハルから歩み寄ってきたことに驚きを隠しつつも、彼女の差し出した記録媒体を見るなり、シュウはおもわず苦笑いを浮かべた。
「ああ……あんがと」
互いの指先がわずかにふれあう。
だがハルは以前のように手を振り払うでもなく、そそくさとシュウに背を向けて自分のクローゼットを開けた。ごそごそと物色しては、持参した紙袋に次々と放り込んでいく。
(マジで興味ないんだな……)
だがシュウもあえてそれ以上の会話は求めず、受け取った記録媒体を端末に差し込んだ。
次々と読み込まれていくデータの量に辟易としながら、シュウはぬるくなった缶コーヒーを口に運ぶ。
そのとき、視界の端で鈍い音がした。
咄嗟に振り向いたシュウの視界が捉えたのは、ぐったりと床に倒れ込むハルの姿だった。
「っハル!?」
シュウはすぐさまハルに駆け寄り、脱力する彼女の体を抱き起こす。勢いあまってイスを倒してしまったことを気に留める余裕もない。
「ハル! おいハル!」
「……っ、ん……」
シュウの呼びかけに、ハルは震えるまぶたをわずかに上げた。しかしすぐに瞳は閉ざされ、顔から血の気が引いていく。
呼吸の間隔が短い。しかし発熱している様子はなく、むしろ恐ろしいほどに体は冷えきっていた。
「くそっ……! なんとかしねぇと!」
シュウは慌ててハルを横抱きにすると、一目散に部屋を飛び出した。
地上の医療棟をめざして廊下を駆ける。
すれ違った職員が直通エレベーターの場所を教えてくれたが、そこまでの距離がもどかしい。
「ああ! シュウいたぁ!」
「っ!」
シュウは反射的に足を止めて首だけで振り返った。
「もぉー、シュウってば連絡してもぜーんぜん構ってくれないんだもん。エリカさみしかったぁ!」
体をくねらせながら甘えるように腕を絡ませようとするエリカだったが、シュウに抱きかかえられたハルを見るなり彼女の顔から笑みが消える。
「……なに、その子」
「悪い、エリカ。急いでるんだ」
間髪入れずにそう言って、シュウはハルの全身を睨むように見ているエリカから足早に距離を取る。
「ちょっとシュウ!」
彼はもう、エリカの呼びかけには振り返らなかった。
その場に残されたエリカは、おもしろくないとばかりに爪を噛む。
「……なんで、あんなのばっかり構うのよ……!」
小さくなっていくシュウのうしろ姿に向かって、エリカは恨めしそうに吐き捨てた。
◇◇◇
医務室は、しん……と静まり返っていた。
窓ぎわのベッドで横たわるハルは、点滴を受けながら眠っている。
青白かった顔色には赤みが戻り、呼吸もずいぶんと落ち着いたように見える。
(……なにが、どうなってんだよ……)
くわしいことは、なにひとつ説明されなかった。
ハルの置かれた状況を理解できないまま、シュウはただ黙って、彼女に処置が施されるのを見ていることしかできない。
看護師が手慣れた様子で、ベッドの脇に吊るされた点滴を交換していく。
ポタ……ポタ……と落ちていく透明な雫は、眠るハルの体内へとゆっくりと溶け込んでいく。
白一色で統一された室内は、消毒液の独特のにおいがしていた。
「あの……ハルは……大丈夫なんですか?」
遠慮がちに、シュウはそばの看護師にたずねた。
看護師はカルテを記入しながら、「まあ、よくあることだから」と言って片づけを始める。
「よく、って……! ハル、どこか悪いんですか!?」
彼女は怪訝そうに眉を寄せて、ひどく冷たい視線をシュウに向けた。




