表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キューブ −世界再生の生贄−  作者: 志築いろは
第2章 The Reason for Tears

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/66

第35話 新月

 ドアノブに手をかけようとしたハルを、シュウは強引に自分のほうへと引き寄せていた。

 バランスを崩したハルが息を飲むのと同時に、彼は小さな背中に腕をまわす。


「っや、だ……! 離してっ……!」

「そんな顔してるやつをほっとけるかよ!!」


 シュウの胸を押し返して抵抗するハルの頭を押さえ込み、そのまま彼女を腕の中に抱き込む。

 抵抗した反動でハルの端末が床に落下した。


「なんでだよ……!」

「っ……」


 弱々しく吐き出された吐息が、ハルの耳元をかすめた。

 それは、これまでに彼から聞いたことがないような響きで。


「なんで、全部ひとりでかかえ込もうとすんだよ……!」

「……っ」


 下唇を噛みしめるハルに気づかぬまま、一瞬息をつまらせたシュウがわずかに腕の力を強くした。彼の体を押し返そうとするハルにかまわず、二人の体はさらに密着度を高める。


「もう見てられねぇんだよ……! 無理していろんなもんかかえて、しんどい思いばっかして!」


 シュウの言葉に、ハルは両手を握りしめた。

 チクチクと痛みを訴える心に、目頭の熱がぶり返す。喉の奥が引きつって、体が無意識に酸素を求めていた。


「……もっと頼れよ、ハル。お前がかかえてるもん、オレが全部受け止めるから……だから、もっと甘えろよ……」


 気づけばハルの瞳からは、堰を切ったように涙があふれていた。止めようと思えば思うほど苦しさが増していく。


 もはや抵抗する余裕もなく、ハルはシュウにいざなわれるままにその場に腰を下ろした。

 床に転がった端末からは、初期設定のままの着信音が鳴り続けていた。




 ドアの前で立ちつくすキョウヤは、中途半端に上げたまま行き場のなくなった手を握りしめた。無意識にこぼした舌打ちが、さらに気持ちを苛立たせる。


(あー、くそっ……)


 室内から漏れ聞こえる二人のやりとりに、否応なしに耳をそばだてている自分が情けなくて仕方がなかった。


 キョウヤは乱暴にこぶしをポケットにつっこむ。

 なにも聞かなかったふりをして、この場を立ち去るのが一番いい。


「あんた、そんなとこでなにやってんの? ハルいた?」


 背中にかけられた声に振り返れば、ホノカが端末を片手に廊下の向こうから駆け寄ってくる。


「あんたの部屋にいないって言うから、さっきから電話してんだけど、あの子ぜんぜん出ないのよ」


 そう言って再び端末を操作するホノカだったが、ドアの向こうから聞こえてきた着信音に、彼女はすぐに呼び出し音を止めた。


「……いるじゃない」


 問い詰めるようなホノカの視線に、キョウヤはなにも言い返せない。

 だが沈黙の中かすかに漏れ聞こえたハルの嗚咽が、ホノカの表情を一変させた。


 彼女は弾かれたようにドアを睨みつけると、息もつかずにすばやくノックをして入室を求めた。

 迷惑そうにドアのすきまから顔を覗かせたシュウに、ホノカは「邪魔するわよ」とひと言告げて強引にドアを全開にする。


「お、おいっ……!」

「ハル、ユッキーが呼んでるわ。立てる?」


 シュウの存在を無視して、ホノカの視線はまっすぐにハルへと向けられる。

 ハルは両手で顔を覆ったまま、小さく肩を震わせていた。


「キョウヤ、ハルを連れてって」

「待てよ! そんな無理やり……!」

「これは命令よ。あんたの意見は聞いてない」

「っ……!」


 反論しようとしたシュウを、ホノカは手をかざして制する。

 所長命令だと言われてしまえば、さすがにシュウも従わざるを得ない。

 それがたとえ、ハルを連れ出すための嘘だったとしても。


「……キョウヤ」


 早くしろと言わんばかりに名を呼ぶホノカに、キョウヤは小さく息を吸った。

 進路を明け渡したシュウの鋭い視線に気づかないふりをして、彼は背を丸めるハルの前にしゃがみこむ。


「……ハル?」


 ひかえめなキョウヤの呼びかけに、ハルはゆっくりと顔を見せた。

 涙でにじむ瞳が、とたんに安堵の色に染まる。


「きょ、やっ……!」


 すがるような声とともに伸ばされる手。

 気づけばキョウヤは、その手が届くより先に彼女の体を抱き寄せていた。ひどくなる嗚咽ごと、震える体をやさしく包み込む。


「ハル、帰ろう?」


 包帯だらけの体をいたわるように、キョウヤはゆっくりとハルを横抱きにした。


 一瞬交わったシュウの視線が、なにか言いたげに細められている。

 ハルをかかえて部屋を出ていくキョウヤの姿を、シュウは首だけで追っていた。


「お邪魔したわね」


 床に置き去りにされたハルの端末を拾い上げて、ホノカはシュウの視線を遮るようにぴしゃりとドアを閉めた。




 廊下を進み、三人はエレベーターで地上へ出る。

 外はすっかり夜の帳が落ちて、住居棟への渡り廊下はひんやりと冷たい風がそよいでいた。

 涼やかな虫の鳴き声に交じって、時おりハルが鼻をすする音が聞こえる。


 無言のままキョウヤの部屋の前まで到着し、ようやくホノカが深々と息をついた。


「ちゃんと、守りなさいよ?」

「……わかってる」


 まっすぐに見返すキョウヤに、ホノカは肩の力を抜いてわずかに口元をゆるめた。そうして彼女は、いまだに顔を上げられないハルの頭をふわりとなでる。


「ハルのこと、お願いね」

「ああ……」

「ユッキーとマリアには、あたしから連絡しとく。こっちのことは任せといて」


 短く返事をして部屋へと入っていくキョウヤの背を見送って、ホノカは閉まったスライドドアにコツンとひたいを押し当てた。


「……本当に、頼んだわよ……」


 祈るように両手を握り合わせて、ホノカはしぼり出すようにつぶやいた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ