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キューブ −世界再生の生贄−  作者: 志築いろは
第2章 The Reason for Tears

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第31話 似て非なるもの

 ペッカートの耳ざわりな雄叫びが、競うように周囲から沸き起こりこだまする。

 地べたに無造作に転がる肉塊に群がる数体を横目に見ながら、ヒカルとマヒルは軽やかに一歩を踏み出した。


「『ハル』ってばまだかなぁ?」

「早く出てこないと、みーんな死んじゃうよ?」

「「アハハハハッ♪」」

「そこまでです!」


 風の刃がすばやく駆け抜けた直後、ペッカートの気配が数体ほど消える。

 笑みをなくしたヒカルとマヒルの足元で、突き刺さった風がふわりと砂煙を巻き上げた。


「これ以上は行かせません!」


 自分の背丈ほどもある弓を構えたツカサはすでに、次の矢をつがえて狙いを定めていた。


「邪魔しないでよ」

「アンタも死にたいの?」

「「じゃあ」」


 一瞬憎悪にも似た表情を見せた二人だったが、次の瞬間には新しいおもちゃでも見つけたと言わんばかりに目を細めて笑っていた。


「「殺してあげる♪」」


 直情的な殺意とはまた違う独特の雰囲気。

 双子のまとう空気はどこか狂気めいていて、それでいて得もいわれぬ危うさを孕んでいる。

 純粋であるがゆえに、殺戮をなんとも思っていないのだ。彼らにとってそれは、愉しい遊びのひとつにすぎない。


「悪いけど、あんたたちと遊んでる暇はないわ」


 視線をはずさず牽制し合う三人の間に割って入ったのは、もちろんハルとホノカだった。

 タイミングを合わせたかのように双子の両脇からいっせいに黒い四肢を伸ばしたペッカートを蹴散らして、ハルとホノカは双子へと切っ先を向ける。


「「あはっ♪ 『ハル』見ーっけ♪」」


 スペランツァの攻撃を巧みにいなし、ヒカルとマヒルは目を輝かせた。


 双子の鋭い爪が、ハルに向かって振りかざされる。

 わずかにかすめた爪先が、ハルの頬に小さな傷を作った。

 ピリピリと引きつる痛みに、彼女は忌々しげに舌打ちするが、皮膚を裂いたわずかな傷は血がにじむより先に修復されていく。


「あんたたち! よそ見してると後悔するわよ!」


 氷の刃が、ハルに再び迫ろうとしていた双子を後方へと跳躍させた。


「しょうがないなぁ」

「アンタも一緒に」

「「遊んであげる♪」」


 双子がそろってニヤリと嗤う。

 次の瞬間、ハルとホノカの視界は黒い壁に阻まれた。


「ハルさん! ホノカさん!」


 おもわずツカサは構えを解いて声を上げた。

 いままでにないほどに密集しているペッカート。その中からハルとホノカの姿を確認することができない。


「この状況じゃ、おふたりに矢が当たるかもしれない! どうしたらっ……!」


 このまま矢を放ち続けていいものか。

 焦るツカサを尻目に、漆黒の塊から火柱が上がり、次いで氷の尾が弧をえがいた。


「「ツカサ!!」」


 一瞬ひらけた視界の向こうから、風がハルとホノカの声を運んでくる。


「サポートは任せた!」と。


(ハルさんもホノカさんも、わたしを信じてくれてる! だったらわたしも、おふたりの信頼に応えたい!)


 ツカサは覚悟を決めたまなざしで再び弓を構えると、渾身の力で矢を放った。

 幾すじにも分散して伸びていく風の切っ先が、闇の中へと飲み込まれていく。

 壁の向こうから聞こえる双子の無機質な笑い声。

 混じる奇声。こだまする破壊音。

 耳の奥から脳を揺さぶる音すべてが不愉快だった。


 何度も何度も打ち込まれる風の矢が、漆黒の壁を薄くしていく。

 しかし無意味だとあざ笑うかのように、ペッカートはどこからともなく沸いて出る。


「わたしにも、近距離攻撃ができれば……!」


 ツカサは小さく唇を噛んだ。

 これまで、戦場でツカサの至近距離にまで敵が迫ってきたことはない。それは前線で戦うハルとホノカのおかげにほかならないことを、ツカサはおのずと理解していた。

 同時に、自分はまだ、守られる立場を脱していないのだとも。


「ハルさん! ホノカさん! 無事でいてください!」


 数えきれないほど放った矢は、いつしかツカサ自身をも傷つけ始めていた。

 疲労のせいで安定しない武器の具現化が、容赦なくツカサの手指に切り傷を作る。


「あの双子の動きだけでも、止められれば……!」


 前線の二人が苦戦を強いられているのは、イレギュラーな存在があるからに違いない。

 ツカサはペッカートの海でちょこまかと飛び跳ねる双子に狙いを定めた。

 しかし。


「っな……!?」


 急に視界が揺れ、ツカサは世界が反転する感覚に襲われる。

 周囲は音を失い、視界が極端にせまくなる。


 一瞬、息をすることすら忘れた。


 咄嗟にツカサは、膝を軽く曲げて大地に足を踏ん張った。

 自分の身長よりも大きな弓を地面に突き立て、不安定に揺れる体をなんとか持ちこたえる。


 なにが起きたのか、すぐには理解できなかった。

 ゆらゆらと揺れる視界に、ツカサは固く目をつむる。


(こんなときに、倒れるわけにはいかないんだから!)


 異変を訴える体を叱咤する。

 速い鼓動を落ち着かせようと、肺いっぱいに大きく息を吸う。


「っ……はぁ……!」


 ゆっくりと、吸い込んだ空気を吐き出した。


「アンタの血、おいしそうだね」

「ボクらにちょーだい」

「っ!?」


 耳元で愉しそうに響く声。肩や腰に絡みつく腕。

 逃げなければと頭では理解していても、体が硬直して動けなかった。

 自分より幼いはずの手を振りほどくこともできない。


 嫌な汗が背すじを伝う。

 ごくり……と乾いた空気だけが喉を通過していった。


「な、んで……どうして、こんなことっ……」

「「同じ人間なのに?」」

「っ……!」


 ぽつり、とつぶやいた疑問に続く双子の言葉に、ツカサは無意識に息を止める。


「あはっ、それが同じじゃないんだよねぇ」

「だからあの二人は、ボクたちを攻撃してくるんだ」

「「もしかしてキミってば」」

「「知らないのかなぁ?」」


 いつまでもクスクスと笑う双子の声に感化され、心臓の鼓動が早くなる。

 全身から血の気が引いていくような嫌な感覚に反して、ひたいにじんわりと汗がにじんだ。


「あなたたちは、何者、なんですか……?」


 言い知れぬ恐怖の中、ツカサは声をしぼり出す。


(やっぱり、どう見ても人間にしか……)


 近くで見れば見るほど、ヒカルもマヒルも、自分たちとなんら変わらないように見えた。

 とはいえ、この二人がペッカートを率いてきたことは、まぎれもない事実である。


「ボクたちはぁ」

「存在を消されたんだよ」


 疑問と葛藤をかかえたままのツカサの耳に、双子の軽やかな嘲笑がまとわりつくように響いた。


「「人間にね」」




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