第32話 憎しみの理由
「えっ……?」
予想だにしなかった言葉に、ツカサは目を泳がせた。
『存在を消された』とは、いったいどういうことなのか。
それも同じ人間によって。
(この人たちは、なにを言ってるの……?)
動揺するツカサの表情に、ヒカルとマヒルは愉しそうに彼女の両腕に指を這わせる。
つー……っ、となぞられた神経が、逆立って全身を震わせた。
「『|要注意管理対象隔離措置』」
「聞いたことないの?」
「「かわいそう」」
耳慣れない言葉に視界が揺れる。
彼らの言っていることが理解できない。
「……だって……誰も……教えて、くれなかった、からっ……」
しぼり出した声が震える。
双子に掴まれた肩や腰、腕の密着した箇所から、まるで力を吸い取られていくような錯覚を覚えた。
(ハルさんとホノカさんは、知って、るの……?)
要注意管理対象隔離措置――
それはきっと、スペランツァにとっては重要な言葉で、ハルもホノカもその言葉の意味を知っているのだろう。
だから二人はペッカートを率いてきた彼らを敵だと断定し、なにも知らされていない自分に攻撃を指示したのだ。
「これは復讐なんだよ」
「ボクたちを認めなかった人間への」
双子の声が脳を揺さぶる。
視界が暗くなるのと同時に思考力を奪われ、意識がぼんやりとしていく。
自分のものではないなにかに侵食されていく感覚に腰が震えた。
「もういいよね?」
「もう、死んでいいよ?」
「キミも」
「あいつらも」
「「人間も」」
「っ!」
「「ツカサっ!!」」
名前を呼ばれて、ツカサはハッ、と息を吸う。
現実へと引き戻された意識が鮮明になるにつれて、ツカサは視界に飛び込んできた光景に喉を震わせた。
ハルとホノカが、ペッカートの壁をぶち抜いて駆けてきていた。
「ツカサっ! すぐ助けるから!」
「手を伸ばしなさい!」
「は、るさ……ほのか、さっ……!」
ところが巻き上がった砂煙が、ハルとホノカの行く手を阻む。
かすむ視界の向こう側で弓を構えるツカサの姿が、ハルとホノカの足を止めさせていた。
「ツカサ!? なんでっ」
「待ってハル」
駆け出そうとするハルを、ホノカの手が制する。
「……なんだか、様子がおかしいわ」
伸ばされたツカサの腕に重ねられた双子の手。それが、まるで侵食するようにツカサの手の甲に沈んでいた。
「あーあ、マヒルがちゃんと狙わないから、はずれちゃったじゃん」
「そーゆーヒカルこそ、ちょっと威力が弱いんじゃない?」
ツカサをはさんで言い合う双子は、彼女のおびえた横顔に満足そうに目を細める。
そうしてゆっくりと耳元に唇を寄せた。
「「じゃあ」」
「「もう一発」」
「「いってみよっか♪」」
その言葉とともに、ツカサの腕はみずからの意思とは無関係に矢をつがえていた。
「っやだ……! だめっ……!」
勝手に狙いを定める腕を、ツカサはまばたきもせずに凝視していた。
矢を引く右腕が、ゆっくりとうしろに引かれる。
(だめだよ! お願い! やめてっ!!)
次の瞬間、放たれるはずだった矢が風の渦となってツカサの両腕に絡みついた。
無数の風の刃が、ツカサの腕もろとも重ねられた双子の腕にも傷を負わせていく。
「あはっ、生意気に抵抗してんの?」
「もう腕の感覚なんてないはずなのにね」
形を保てなくなった武器が、霧散してさらに渦を大きく鋭くしていく。
(血が、熱い……!)
体の中が沸騰しているんじゃないかと錯覚するほどの熱量が、ツカサの全身を駆けめぐっていた。
「っハル、さん……ホノカ、さんっ……! 来ちゃ、だめですっ……!」
「バカ! 諦めんじゃないわよ!」
「ぜったい助けるから!」
二人の声に、ツカサは懸命に笑顔を作ろうと表情をゆがめて静かに首を横に振る。
「……犠牲は、わたしだけでいい……おふたりは、生きてくださいっ!!」
双子の手に捕らえられた時点で、運命は決まっていたのかもしれない。
自分一人のためだけに、二人を危険にさらすわけにはいかなかった。
(スペランツァになったおかげで、わたし、少しは長生きできたのかな?)
精一杯の笑顔を浮かべるツカサの頬に、ひとすじの涙が伝う。
「なーんか興ざめー」
「もう飽きちゃったー」
ツカサの手から風が消え、双子の腕が離れていく。
真っ赤に染まった傷だらけの腕が、重力に従ってだらりと脱力した。
先ほどまでの熱が嘘のように、今度は全身が冷えきっている気がする。
「「お前」」
双子の声が、やけにはっきりと頭に響く。
「「もう」」
「「いらないや」」
離れたはずの双子の手が重なるようにして、ツカサの細い首を掴んだ。
強制的に上を向かされ、一瞬息苦しさを覚える。
ゆがんだ視界に広がる空が、憎いほどに青く澄み渡っていた。
(わたし、このまま死ぬのかな?)
まるで他人事のように冷静な頭の片隅で、ツカサはぼんやりとそう思う。
次の瞬間、細い首の根元に左右から強烈な痛みが走った。
歯を立てられたその場所から、全身に熱が広がっていく。
血管を伝って体じゅうを駆けめぐる燃えるような熱さに、理性が乗っ取られていく。
「うあっ……!? っあ……ああっ……!!」
呼吸が乱れる。
急激に上がった心拍数は、次第に拍動をやめていく。
朦朧としていく意識に平衡感覚を失い、自力で立っているのかさえ定かではない。
無機質な冷たさを放つ唇に反して、肌にふれる舌のぬくもりがやけに生々しかった。
「っ……しに、っく……なっ……!」
「「ツカサあああああっ!!」」
しなるように痙攣する小さな体が、用済みと言わんばかりに無造作に投げ捨てられる。
ハルとホノカが伸ばした手は、宙を舞う彼女には届かなかった。
二人の叫びは、ぬけがらとなったツカサの体とともに黒い波に飲み込まれていった。
「アッハハハハッ♪」
「あっけないねぇ♪」
「「出来損ないなんて」」




