第30話 殺戮のマーチ
◇◇◇
「待ってください、ホノカさん! 本当に出撃するんですか!?」
屋上ヘリポートへと続く廊下。余裕のないツカサの声が、彼女の数メートル先を歩くホノカの足を止める。
「おかしなこと言うのね、ツカサ」
追いついたツカサを振り返って、ホノカは無表情でそう言った。
淡々と向けられた視線に気圧されながらも、ツカサは「納得できません!」と声を荒らげる。
「だって……! だってモニターに映ってたあれはっ!」
いち早く戦場の様子を捉えた司令室のモニター映像が、今もツカサの脳裏に鮮明に焼きついていた。
遠巻きに一瞬だけ映り込んだ光景は、ツカサにとっては信じがたいもので。
だが同じ映像を見ていたはずのホノカもアキトも、マリアもユキノリも、誰もそのことについて言及しなかった。
誰も、疑問にすら思わなかったのだ。
(あそこで声を上げたところで、見間違いだと言われてしまえばそれでおしまい。でも! ホノカさんなら!)
ほかの人に見えていなくとも、スペランツァとして自分よりもはるかに能力が上であるはずのホノカの動体視力が、あの違和感を捉えていないはずがない。
(ぜったいに見間違いなんかじゃない! だってあれは!)
崩落したビル群の合間を突き進むペッカート。
先頭を行く異彩はまるで、漆黒の軍隊を率いているようで。
「あれは! 人間じゃないんですか!?」
「っ……!」
ツカサには、ホノカが瞬間的に表情をゆがめたように見えた。
だがそれもほんの一瞬のことで、瞬きの間に彼女はまた無表情に戻ってしまった。
「スペランツァの役目は人間を守ることじゃないんですか!? それなのにっ!」
それなのにどうして出撃命令が下されたのか。
どうして『救出』ではなく『殲滅』なのか。
廊下にはただ、ホノカを非難するツカサの叫びだけが響いていた。
ホノカはまっすぐにツカサを見つめたまま、ただ黙って彼女の言葉を受け止めている。
「教えてくださいホノカさん! あの人たちは! いったい何者なんですか!?」
「……っ」
「攻撃対象だよ」
「ハルさんっ……!?」
遅れてやってきたハルの声が、交差する二人の視線を断ち切る。
「ペッカートは人間には従わない。あの中にいて襲われない人間がいるとしたら、それはもう」
ハルは短く言葉を切る。
「人間じゃない」
表情を変えることなく横を通りすぎていったハルの姿に、ツカサは小さく唇を噛んだ。鼻の奥が熱をもったようにチクチクと痛む。
(どうして……!? こんなの、ぜったいおかしいよ……!)
「……ツカサ」
「っ!」
ようやく、ホノカが重たい口をひらいた。
「今は説明してる時間がない。出撃に納得できないなら、あんたはここに残りなさい」
ホノカの言葉が、腹の奥に重く沈んでいく。
「……わ、たしはっ……!」
スペランツァとしての果たすべき役目。
守るべき人間に刃を向けることへの葛藤。
はじめて遭遇したペッカートを従える人間の存在が、ツカサの心を苛む。
(納得はできない。でも! でもっ……!!)
握り込んだ指先が、手のひらに食い込んで痛かった。
だがそれ以上に、戦場を前に安全圏に残されることのほうが、ツカサの心をひどく痛めつけている。
(せっかくスペランツァになったのに……せっかく、認めてもらえたのに……! 足手まといにはなりたくない!!)
今は、追いつきたいと願った二人の言葉を信じて武器を取るしかない。
「帰ったら、説明、してくれますか?」
ハルとホノカは一瞬顔を見合わせたあと、ただひと言「わかった」とだけ口にした。
◇◇◇
「アッハハハハハハッ♪」
「殺れ殺れー♪」
鏡合わせのように、二人の少年は同じ顔をして笑っていた。
むせ返るような熱と鉄くさい空気をものともせず、金色の短髪が湿った風にさらさらと揺れる。
「「ねぇ!」」
似かよったふたつの声が重なる。
「『ハル』ってどれ?」
「ボクら、『ハル』に会いに来たんだけど?」
ケタケタと愉しげに震える声には、まだ変声期前のあどけなさが残っていた。
それゆえに、彼らを取り巻く周囲の光景が余計に残酷さを際立たせる。
「こいつらと一緒なら、簡単にハルに会えるって聞いたのにー」
「ぜんぜん出てきてくれないじゃん」
ペッカートの中にありながら平然と歩く少年たちに合わせて、敵の進む速度は遅い。
まるで双子を守りながらつき従っているようにさえ見える。
「っ!?」
「おっと」
「あっぶなー」
突如、双子の行く手に女が転がり出てきた。
長い黒髪を振り乱しながら地べたに這いつくばる女に、双子は顔を見合わせる。
にやり、と笑い合うと、彼らは腰をかがめて女を覗き込んだ。
「「アンタが『ハル』?」」
頭上から聞こえた二重の声に、女が顔を上げる。
土ぼこりで汚れた顔面は蒼白。乱れた髪が、汗かなにかわからない水分で顔に張りついていた。すり傷だらけの手足に泥だらけの衣服。肩で息をするものの、女は必死に酸素ばかりを取り込もうとしていた。
「おねがっ……! たすけっ……!!」
恐怖のあまり悲鳴すらも出せない喉の奥から、女は懸命に音をしぼり出す。
かすれたそれが周囲に届くより先に、双子の片方が大きくため息をついた。
「マヒル、『コレ』違うんじゃない?」
「やっぱり? ヒカルもそー思う?」
呆然とする女性の顔を覗き込みながら、二人の顔が愉しそうにゆがむ。
「「じゃあ」」
口元が、大きく弧をえがいた。
「「死んじゃえ♪」」
断末魔の代わりに、彼女の体は血しぶきを上げながら崩れ落ちた。
それはまさに一瞬のできごとで、当の本人はなにが起きたのか、最期までわからずじまいだっただろう。
肉塊と化したそれを一瞥し、彼らは長く伸びた互いの爪を見遣った。
鋭くとがった爪先から、真っ赤な血がしたたり落ちる。
二人は恍惚とした表情で、互いの指先を伝うそれをゆっくりと舐め取った。
甘美なほどに高揚した自身を感じながら、二人は紅く濡れた唇を三日月形にゆがめる。
「「つまんないなぁ。早く出ておいでよ、『ハル』」」




