第24話 コンフリクト
◇◇◇
「で? あんた、あのシュウってやつとどういう関係なわけ?」
「どう、って、言われても……」
唐突に問われてハルが返答に困っていれば、返ってきたのは盛大なため息だった。
「元カレでしょ?」
そう言いきったホノカに、おもわずハルの表情がこわばった。
ホノカの前ではそれらしい言動はなかったはずだが、こうもあっさりと見抜かれてしまうとは。
ハルが否定も肯定もできずにいると、ホノカから再びため息が聞こえた。
「その顔は図星ね。ほんっと、ユッキーってばなに考えてんのよ」
「いや、ユッキーは知らないんじゃ……」
「わかんないわよ? あいつああ見えて、けっこう腹黒いんだから」
そう言って、ホノカはローテーブルの上の菓子に手を伸ばす。
「……スペランツァになったから?」
「それもある、けど……」
ホノカの言葉に主語はない。
だがハルには、彼女の聞きたいことがわかっていた。
少し間を置いて、ハルは紅茶をひと口飲む。
「……浮気……されてて……」
「はぁ!? もしかして、あの女とじゃないでしょうね!?」
ハルが気まずそうに視線を泳がせれば、とたんにホノカは音を立ててコーヒーカップをテーブルに置いた。
「はぁ~……こんなことなら、もう一発ひっぱたいとくんだったわ」
あさっての方向に向かって、ホノカが低い声でつぶやいた。
ハルが短く聞き返すと、彼女は「いいのいいの。こっちの話」と言って、乾いた笑みを浮かべる。
そのとき、テーブルの上でホノカの端末が震えた。
「はいはーい……そう、わかったわ…………うん、そうね」
ホノカが端末の向こうに相づちを打つのを眺めながら、ハルは残った紅茶を飲み干した。
「キョウヤ、オッケーだって」
笑顔でそう告げたホノカに、ハルはおもわず「うそ……」と声を漏らした。
「ま、あいつなら引き受けるだろうとは思ってたけど」
「え、え? どうしよ……え、ちょ、ホノカっ……」
「ふふっ、よかったわね、ハル」
「や、うん、よかった、けど……あーでも……!」
顔を赤くしてうろたえるハルをよそに、ホノカがテーブルに手をついて腰を上げる。
「さてと! じゃあ部屋に荷物取りに行きましょ。着替えとか置いとかないと不便だものね」
「うん。あ、でも……」
「あたしも一緒に行ってあげるわ。ハルになにかされたら堪らないもの」
不安そうに見上げるハルに向かって、ホノカはそう言って微笑んだ。
クローゼットからひっぱり出したリュックにとりあえず目についたものを詰め込んで、ハルは静かに部屋のドアを閉めた。
「もういいの?」
部屋の外で待ってくれていたホノカの視線がリュックへと向けられる。
思った以上にハルの荷物が少ないことを心配するホノカに「そんなに長い期間じゃないだろうし」と返せば、彼女の視線がなにかを言いたげな様子でハルを見た。
「まあ、あんたがいいならいいけど」
「ハルっ!?」
言いたいことを飲み込んだホノカの言葉が遮られる。
廊下の角から現れたシュウが、足早にハルとホノカに向かってきていた。
「なにか用?」
ハルをかばうようにして前に出たホノカに、シュウの足が止まる。
「どけよ。オレはハルに話がある」
「話すことなんてないわ」
まさに一触即発。当事者のハルを置いて火花を散らす二人に、ハルもさすがに知らぬ顔はできなかった。
けっしてシュウのためではない。
事情を知って、かばってくれるホノカのためである。
「……ねぇホノカ」
ハルがホノカの背中をひかえめにつついた時。三人の注意を引きつけたのは、廊下に響く甲高い女の声だった。
「ああー! シュウやっと見つけたぁ! どぉして電話しても出てくれないのぉ!?」
「ちょ、エリカ……!」
すぐにシュウに駆け寄ってきたエリカが、当然のように彼の腕にまとわりつく。
焦るシュウがハルとホノカを気にしているのを察したエリカは、あからさまに嫌そうな顔をした。
「……シュウに、なにか用ですか?」
目の前のホノカとハルに、エリカは訝しむような視線を向ける。
つい先日の戦場でのできごとは、エリカを警戒させるには十分だったようである。
「いいえ、あたしたちは用はないわ」
ホノカは取り繕った笑みではっきりと言い放つ。
「そぉですか……。シュウ、行こっ!」
年上の二人に対して猜疑心を隠そうともしないエリカが、強引にシュウの腕を引く。
遺憾の表情で視線を寄越すシュウの姿が廊下の角に消えていくのを、ハルとホノカは黙って見送った。
「ハル、大丈夫?」
振り返ったホノカが、眉間にしわを寄せてたずねた。
おおかた、元カレとその浮気相手のありさまを見せつけられたことを心配しているのだろう。
だがハルはといえば、「別にもうなんとも思ってないし」と実にあっけらかんとしている。
「あたしたちも行きましょ。アキトとキョウヤが待ってるわ」
気を取り直してそう言うホノカに、ハルも彼女に続いてきびすを返した。




