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キューブ −世界再生の生贄−  作者: 志築いろは
第2章 The Reason for Tears

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第25話 生雲ツカサ

「――きゅうじゅーごっ、きゅうじゅー、ろくっ」


 広いトレーニングルームの片隅で、ツカサは今日も一人で筋力トレーニングにいそしんでいた。

 つま先をバランスボールに乗せてあえて負荷をかけた腕立て伏せに、腕の筋肉が限界だとばかりに震える。

 したたり落ちた汗の粒が、薄ピンク色のマットの色を濃くしていった。


「――きゅうじゅーくっ、ひゃー、くっ!」


 ツカサは息を止めて両腕を伸ばしきると、(くず)れるようにして床に倒れ込んだ。

 大の字になって全身を投げ出せば、バランスボールが跳ねて遠くへと転がっていく。


「っ、はぁ……終わったぁ~」


 息を吐くと同時に、ツカサは全身の緊張をゆるめた。

 血液が体の隅々までめぐるのを感じる。

 息を吐きながら、閉じたまぶたをゆっくりとひらいていく。

 天井の白いシーリングファンが、ぐるぐると一定の速度で回転していた。


「はぁ、はぁ……まだ、こんなんじゃ……」


 大きく胸元を上下させ、ツカサは限界を訴える腕を天に向かって伸ばした。

 手のひらに(さえぎ)られた明かりが、汗ばむ顔に影を落とす。


(まだ、やれる……まだ、諦めるな……)


 ぐっ、と握り込んだこぶしに力を入れて、ツカサは唇を引き結んだ。


 スペランツァとして、この程度で満足するわけにはいかない。

 そう自分に言い聞かせ、深く吸い込んだ空気を時間をかけて吐き出す。


(みんなの期待に、応えたいから……だから……)


「ツカサー、いるー?」

「……アキトさん?」


 不意に耳に届いた声に、ツカサは上体を起こして出入口へと首を振った。


 半開きになったドアから、アキトが遠慮がちに顔を(のぞ)かせている。


「やっぱりここにいた。さすが、『ツカサに会いたければまずトレーニングルームに行け』って言われるだけのことはあるよね」

「もー、なんですかそれー」

「ははっ、それだけツカサがトレーニングに励んでるってことだね」


 常日頃からトレーニングルームに入り浸っている自覚はあるが、いつの間にかそんなふうに言われるようになっていたとは。


 急に恥ずかしさを覚えたツカサはそれを隠すように、顔の輪郭に沿って流れる汗をぬぐった。


「ところでアキトさん、なにかご用ですか?」

「うん。実はもう、定期検査の時間なんだけどね?」

「……え?」


 アキトが言い終える前に、ツカサは反射的に壁の時計を見遣(みや)る。

 次の瞬間、彼女は「忘れてたぁ!」と叫ぶなり青ざめた顔で立ち上がった。


「十五分も過ぎてる!? すぐ! すぐ行きます!」


 ツカサは私物化している棚の一角にマットやダンベルを押し込み、転がっているバランスボールを拾いに駆ける。


「急がなくていいよー」と言うアキトの声も耳に入らぬ様子で、ツカサは床に放ったままのパーカーを拾い上げると、つまずきながらも小走りにアキトのもとへと向かった。


「お待たせしました!」

「おつかれさま。はい、これ」

「えっ、ありがとうございます!」


 アキトから差し出されたのは、よく冷えたスポーツドリンクだった。

 喉を鳴らして乾きを満たせば、冷たさが火照った全身にじんわりと染み渡っていく。


「ぷはー、生き返るー」


 上がった口角をそのままに天を仰げば、隣でアキトがくすくすと笑った。


「あー! アキトさん、今わたしのことオジサンみたいって思ったでしょ!?」

「バレちゃったか」

「前にホノカさんにもおんなじこと言われましたもん!」


 ついこの間のできごとを思い出して、ツカサは小さく唇を突き出した。


「そんなに笑わなくてもいいじゃないですかー」

「ははっ、ごめんごめん」

「もう! 置いていっちゃいますからね!」


 ツカサは不服だとばかりに頬をふくらませて大股で歩きだした。

 アキトもすぐに彼女を追いかけて、ツカサの歩調に合わせて隣を歩く。


「心拍数上がっちゃうから、あんまり急がなくていいよ」

「でも、時間遅れてるし」

「もうツカサの検査だけだから大丈夫だよ」

「え? ホノカさんとハルさんは、検査終わったんですか?」

「二人とも昨日終わったよ。ハルの検査は今日の午後の予定だったんだけど、暇そうにしてたからってマリアが昨日のうちに済ませちゃってね」


 なんの気なしに相づちを打ちながら、ツカサはまだ冷たさを保っているペットボトルを首すじに当てた。


「それにしても、毎日よくがんばるよね」

「動いてないと落ち着かなくて」

「ほどほどにしとかないと、またマリアに怒られるよ?」


 アキトの言葉に、ツカサは前を見据えたまま軽くこぶしを突き出した。


「だって! ハルさんとホノカさんに、早く追いつきたいですから!」


 並んで歩くツカサをちらりと横目に見て、アキトはやれやれと小さく苦笑した。


「入隊した頃のことを思えば、ツカサは十分がんばってると思うけどね。近ごろはシンクロ率も飛躍的に伸びてるわけだし」

「そう、かもしれないですけど……」


 ツカサがわずかにうつむいた。


「……くやしかったんです」


 エレベーターに乗り込むなり、先ほどまでの元気とは対照的に、ツカサはぽつりとそうつぶやいた。




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