門前の兆し
魔王城は、
夕暮れの中にあった。
高い城壁、
黒く落ち着いた石。
いつもと同じ景色のはずなのに、
一行は足を緩めた。
ミナが小さく言う。
「……なんか、
音、
違わへん?」
ソラも気づいている。
「風ちゃう。
人の動きや」
城門前の詰所に、
兵が多い。
緊張ではないが、
張りがある。
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◆帰還直前の小事件
門へ近づいたとき、
詰所の裏から
短い言い争いが聞こえた。
「……だから、
今は通せない」
「急ぎの補給だ!」
運搬用の荷車が、
門脇で止められている。
ミナが眉をひそめる。
「……補給止めるん、
珍しいな」
カール(蒼術)が
荷を一瞥する。
「……問題は、
中身だ」
袋の一部から、
細かい粉が漏れている。
穀粉ではない。
地面を安定させるための混合材だ。
アリアは理解した。
「……城の外で、
地脈補修が始まっている」
兵の一人が
こちらに気づき、
姿勢を正した。
「まかない部の方々。
少々、
お待ちを」
それだけで、
十分だった。
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◆城内の変化
門をくぐると、
城内は静かだ。
だが、
空気が張っている。
廊下の角で、
職人と兵が
低い声で話している。
「……西の斜面もか」
「予備で済むうちに
やるしかない」
風は、
城内では
ほとんど動かない。
それは、
意図的だった。
ルナが
小さく呟く。
「……風……
ここ……
待機してる……」
アリアは頷く。
(……魔王城は、
風を使わない場だ)
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◆呼び出し
私室に向かう前、
使者が現れた。
「魔王様より、
直接、
お話があるそうです」
ミナが
肩をすくめる。
「……休ませては
くれへんな」
ソラが
静かに言う。
「でも、
ええ兆しや」
アリアは
歩きながら思う。
(……報告を
“聞く側”ではなく、
“考える側”として
呼ばれている)
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◆魔王との再会
謁見の間は、
広く、
静かだった。
魔王は
玉座にいない。
窓際に立ち、
外を見ている。
背中で語る姿。
振り返らずに、
言葉が落ちた。
「……戻ったか」
アリアが
一礼する。
「任務、
終了しました」
魔王は
ゆっくり振り返った。
その目は、
成果を測る目ではない。
兆しを聞く目だった。
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◆報告の内容
アリアは
簡潔に話した。
町の対立。
風を武器にしようとする動き。
それを越えないための線。
そして――
地脈の異常。
魔王は
途中で遮らない。
最後に、
静かに問う。
「……風は、
落ち着いたか」
ルナが
一歩前に出て答える。
「……風は……
“使われない場所”を
選び始めました……」
魔王は
小さく頷いた。
「……ならば、
問題は
風ではない」
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◆重みの移動
魔王は
机に手を置いた。
「……人が、
力を
分け合えなくなったとき、
次に歪むのは
大地だ」
ミナが
息を呑む。
「……気づいとったんか」
魔王は
短く答える。
「気づいていた。
だが、
確信はなかった」
視線が、
まかない部に向く。
「……お前たちの報告で、
線が見えた」
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◆次の役割
魔王は
静かに告げた。
「しばらく、
まかない部は
城内待機とする」
ミナが
驚く。
「外、
行かへんの?」
魔王は
首を振る。
「……今は、
外より
内が崩れる」
城。
国。
基盤。
それを、
食と生活の視点で
見る者が必要だった。
ソラが
理解したように言う。
「……風の次は、
足元やな」
魔王は
初めて、
わずかに笑った。
「そうだ」
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◆風の居場所
謁見の間を出ると、
風が
廊下の端に
静かにいた。
ルナが
小さく声をかける。
「……風……
しばらく……
ここ……」
風は、
否定しなかった。
それは――
外を巡っていた風が、
内側を見始めた合図だった。
⸻
魔王城は、
変わっていない。
だが、
何を見るべきかは
はっきりした。
次に動くのは、
遠い町ではない。
この城自身だ。




