食後の知らせ
調理場の扉を閉めた直後だった。
回廊の向こうから、
控えめだが急ぎ足の気配が近づく。
伝令兵が一礼する。
「まかない部の皆様。
出立前に、
追加の報告が入りました」
ミナが思わず言う。
「……え、
今さっき腹満たしたとこやで?」
ソラはため息混じりに笑う。
「タイミング完璧すぎやろ」
アリアは落ち着いた声で答えた。
「聞きます」
⸻
◆追加報告
伝令は簡潔だった。
「依頼先の地域ですが、
昨夜から“被害が拡大している”とのことです」
リイナ(紅葉)が眉をひそめる。
「どの程度?」
「作物の成長不良、
火の不安定化、
そして……
人の集中する場所ほど空気が重くなる」
ルナが小さく息を呑む。
「……風が……
人を……
避け始めてる……」
カール(蒼術)が即座に補足する。
「正確には、
人の“意図”が強い場所を
避けている。
制御の試みが、
空気に残っているな」
アリアは短くまとめた。
「……人が集まるほど、
息がしづらくなる。
それは、
生活に直撃する」
伝令は一礼した。
「はい。
そのため、
可能であれば早めの到着を
とのことです」
ミナが腕を組む。
「……食べてて正解やったな。
これ、
空腹で行ったら
気持ちも荒れるわ」
ソラが頷く。
「せや。
腹減っとると、
余計なことしがちや」
⸻
◆出立
城門前。
装備は最小限。
武器はあるが、
見せびらかすものではない。
魔王は姿を見せなかった。
それが、
信頼の形だった。
アリアは一行を見渡す。
「今回の任務は、
修復でも解決でもない。
“暮らしがどう歪んでいるかを見る”
それだけを忘れないで」
ミナが軽く手を挙げる。
「了解。
口出ししすぎんように、やな」
ソラが笑う。
「必要なら、
台所から手ぇ出す。
それ以上は、
出しゃばらん」
ルナは風にそっと言う。
「……一緒に……
歩こう……
速くなくていい……」
風の光は、
それに応えるように、
穏やかな流れを作った。
⸻
◆道行き
魔王城を離れると、
風は少しずつ重さを増していった。
強くはない。
だが、
呼吸の奥に引っかかる感覚。
ミナが鼻を鳴らす。
「……あー、
これ、
さっきの飯なかったら
地味にしんどいやつや」
ソラが周囲を見る。
「人の通りも少ななっとるな」
街道沿いの畑は、
色が薄い。
枯れてはいない。
だが、
“伸びる力”が削がれている。
ルナが小さく言う。
「……風……
押さえつけられた跡……
まだ……
残ってる……」
風の光は、
否定しない。
それは、
「まだ、ここは回復途中だ」という
静かな認識だった。
アリアは歩きながら考える。
(……制御を止めても、
“やった痕跡”は消えない。
だからこそ、
生活の側から
戻していく必要がある)
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◆見えてくる町
やがて、
小さな町が見えてきた。
遠目には、
平穏そのものだ。
煙突から煙が上がり、
人影もある。
だが――
風だけが、
町の手前で
一度、流れを変えた。
ルナが立ち止まる。
「……ここ……
風……
迷ってる……」
ソラが低く言う。
「……歓迎されとらん、
わけちゃうな」
ミナが続ける。
「“どう扱ってええか
分からん”感じやな」
アリアは深く息を吸った。
「……だから、
私たちが行く。
答えを出しにじゃない。
一緒に迷いに行くために」
風は、
その言葉に合わせるように、
町へ向かって
ゆっくりと流れ出した。
それは――
食事を終え、
日常の感覚を取り戻したまま、
歪みの中へ入っていく
まかない部と風の姿だった。




