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今日も魔王城は飯がうまい  作者: 昼の月
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調理場にて ― 小さな灯りの時間

出立の準備が整うまで、

半日ほどの猶予ができた。


装備の点検は済み、

書類の確認も終わっている。

それでも、手が空く時間ができると、

まかない部の足は自然と一つの場所へ向かっていた。


魔王城・地下調理場。


重い石扉を押し開けると、

ひんやりとした空気の奥に、

かすかに残る香りがあった。


乾燥させた香草、

燻した肉、

古い鉄鍋の油。


ミナが思わず息を吸う。


「……あー……

 これこれ……

 この匂い……」


ソラが肩を回しながら言う。


「しばらく来てへんかったな。

 外続きやったし」


調理場は整えられていたが、

使われた形跡は少ない。

必要最低限の兵糧は作られているが、

「食事を作るための場」としては、

少し眠っている空気だった。


ルナが棚を見上げる。


「……器具……

 ちゃんと……

 手入れされてる……」


アリアは静かに頷いた。


「城の調理場は、

 使われなくても

 止められない。


 “いつでも戻れる場所”として

 残されているから」



火を入れる


ソラが慣れた手つきで火口を整える。


「まずは火やな。

 城の火は、

 気分で燃えへん」


火が入ると、

調理場の空気が変わる。


音が増え、

影が動き、

場が“起きる”。


ミナは腕まくりをした。


「よし。

 今日は保存食やなくて、

 ちゃんとしたやつ作ろ」


材料は質素だが、悪くない。


根菜に近い灰色の芋、

骨付きの獣肉、

苦味のある葉、

濃い色の豆。


日本食ではない。

だが、

魔王城らしい、

滋養重視の食材だ。


風は、

調理場の隅で静かに揺れている。


ルナが小さく声をかける。


「……風……

 ここ……

 覚えてる……?」


風の光が、

わずかに上下した。


それは、

肯定でも主張でもない。

ただ、

「知っている場所」への反応だった。



役割が戻る


ミナが刻み物をしながら言う。


「……外でさ、

 あんな大ごとになっとるのに、

 ここ戻ると

 急に現実やな」


ソラが鍋をかき回す。


「せやな。

 でも、

 うちらは最初から

 ここ側の人間や」


アリアはスープの色を確かめながら答える。


「風の話も、

 世界の話も、


 最終的に

 “誰が何を食べて生きるか”

 に戻る」


ルナは静かに微笑んだ。


「……だから……

 まかない部……」


誰も否定しない。


それは役職名であり、

同時に、

立ち位置そのものだった。



風と料理


煮込みが進むにつれ、

調理場に香りが満ちる。


重く、

だが嫌ではない。

体の奥に落ちていく匂い。


風が、

ほんの少しだけ鍋のそばへ寄った。


ミナが気づいて笑う。


「……あんた、

 匂い分かるんやな」


風は返事をしない。

だが、

揺れが微妙に変わる。


ルナがそっと言う。


「……風……

 人のごはん……

 嫌いじゃない……」


アリアはその様子を見て思う。


(……制御も象徴も関係ない。

 こういう場所で、

 風はただ“一緒にいる存在”になる)



仕上がり


簡素な煮込みと、

焼いた豆のパン。


派手さはない。

だが、

魔王城の体に合った食事だ。


ミナが味見をして、

満足そうに頷く。


「うん。

 出発前には十分やな」


ソラも一口食べて言う。


「腹に残る。

 余計なもんがない」


ルナは風に囁く。


「……一緒に……

 ここで……

 立ってた……」


風は、

調理場の天井付近で、

静かに循環していた。


暴れない。

主張しない。

ただ、

場に馴染んでいる。



小さな整い


食器を片付け、

火を落とす。


調理場は、

来たときよりも

少しだけ温かくなっていた。


アリアは最後に振り返る。


「……よし。

 行こう」


ミナが軽く拳を握る。


「腹も心も整ったわ」


ソラが頷く。


「仕事前の準備、

 完了やな」


風は、

彼らと同じ高さで、

扉の外へ流れていった。


それは――

久しぶりに“帰ってきた日常”を経て、

 また外へ向かうまかない部と風の姿だった。


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