木漏れ日の下で
微睡みの中で空気が動く。
隣に大好きな気配が佇んでいる。それに気を惹かれて薄っすらと目を開けた。
「ごめん、フィア。起こしたかな?」
申し訳なさそうにする空色の瞳。ブルーグレーの髪が風に揺れた。小高い丘の大きな木の下で、木漏れ日がディオンを柔らかく照らす。
「ううん、ディー。ディーが来たなら起きたかったからいいの」
そう言って隣に座った彼の肩に頭を寄せる。ディオンは優しく頭を撫でてくれた。さらりと私の蜂蜜色の髪を梳くディオンに頬が緩む。
「フィア、術後の傷は問題ないのか?」
心配そうな声音にふふっと笑う。
「大丈夫よ。退院してもう一ヶ月経ってるもの。経過も問題ないってカーティス先生から言われているわ」
私の言葉にディオンの目が優しく細まる。
「ならよかった」
風が吹いて髪が靡く。昔と変わらぬ優しい風に私は若葉色の目を閉じた。
あの夜会から五年が経った。
その五年の間に、ディオンは画期的な医療魔導具を開発した。
それは魔力器官を映写できる魔道具だ。今までは魔力器官は体内にあるものの魔力の塊でもある為、魔力で体内の器官を調べる透過魔法では魔力と同化してしまって調べることができなかった。
しかしディオンはその問題を解決した。
魔力器官は持ち主の魔力で満たされている。しかし魔力渡し等で受け取った他の人の魔力も魔力器官を流れる。それはディオンがいつも私にしてくれていたこと。
ディオンが言うには夜会の時に私は大量の魔力を放出し、私の魔力がほとんど体外に出ている状況だった。そしてディオンと父、アイリス様が私の器官に流している魔力が私の魔力器官を浮かび上がらせたというのだ。
それでディオンは今までわかっていなかった魔力器官を調べる方法を思いついた。患者の魔力を体外に出し、他の魔力を体内に巡らせることで魔力器官を浮かび上がらせることができる、と。
そうして魔力器官を映写でき、常に表示できる魔導具を生み出した。魔導具の開発には私も協力した。
そしてその魔導具が私の魔力循環不全漏出症の原因を突き止めたのだ。
原因は私の魔力精製器官が他の人よりもかなり大きかったことと、その割には排出する器官が小さいこと。それが私の魔力循環不全漏出症の原因だった。
だが原因が分かったからといってすぐには解決しない。次は原因の魔力精製器官をどうするかという問題がある。けれどそこは諦めないディオンだ。魔力器官を手術する術を生み出したのだ。
魔力器官がないことで傷がつきやすくなる。だからその特性を利用し、手術用のメスや針には魔力を失くす金属を使い、縫合は患者の魔力から縒り上げた糸を使う。それによって魔力器官も手術可能になった。
そしてつい二ヶ月前に私は初の魔力器官手術患者として手術を受けた。手術内容は大き過ぎる魔力器官の部分切除と排出を大きくする為の形成。その手術は成功し、初の患者だった為に術後の経過は慎重に観察され一ヶ月前に退院した。
魔力器官の傷は無事に塞がり、今日は大好きな大きな木の下で本を読んでいた。その内に眠ってしまったらしい。
私の魔力循環不全漏出症は完治したのだ。まだ経過は診ないといけないけれど、今までとは違う身体の動きに治っている実感が湧いている。ディオンが幼い頃に言ってくれた通り、治療法を見つけてくれた。
これから王妃陛下も手術を受けることになるだろう。王妃陛下も私もディオン達が尽力してくれたお陰で今日まで生きてこられた。完治させる治療法が見つかるまでの間も、様々な新しい治療薬を考え出してくれたお陰だ。
ディオンを見上げる。すると優しく微笑んでくれた。
「ディー」
私はすくっと立ち上がる。
もう、立ち上がるのに息が詰まることはない。
「どうしたんだ、フィア?」
ディオンは戸惑いながらも立ち上がる。私はふっと口端を緩めた。
「ディー……私と……婚約破棄してくれる?」
「嫌だ!!」
途端叫んだディオンにくすくすと笑う。
「フィア……なんで……」
眉を下げるディオンの手を取る。
「だって、これから結婚するのでしょう?」
大きく見開いた大好きな空色の目を覗き込む。嬉しそうに頬を緩めたディオンに私も頬が緩んだ。
ディオンは私の病が完治したら結婚しようと言ってくれた。それはディオンが夜会で治す可能性を見つけてくれた後のこと。
もう離れ離れになるのは耐えられないと言ってくれた。
「はっ……!いや、なんで婚約破棄しなきゃいけないんだ!そのまま結婚できるじゃないか、フィア!」
どうやら私の言動のおかしさに気づいたようだ。私は頬を膨らませてディオンを見る。
「私ディーに婚約破棄って言われて悲しかったんだもの。ちょっと意趣返ししたかったの」
「う……ごめん、フィア……」
ディオンはこの事を持ち出すと落ち込む。いわばディオンの弱みだ。
けれど私は、どんなディオンも愛している。
「ふふ。これでおあいこ」
そう笑ってディオンに抱き着く。すぐ抱き締め返してくれる温かさに安堵する。
「フィア」
愛しい人の呼び掛けに顔を上げる。
21歳になったディオンは精悍な顔つきになっていてかっこよさが増していた。
愛し気に私を見るディオンの空色の目が熱を帯びる。
「俺と……結婚してくれ」
私は綺麗な空色の瞳に溢れる笑みを返した。
「うん。ディーと結婚するわ」
柔らかい日差しが木の下にいる私達を照らす。木の影の中で私とディオンの影が重なった。
二人で笑い合う影が木漏れ日と一緒に揺れる。
私達はこれから先もずっと、木漏れ日の下で幸せを分かち合って生きていく。
二人でいることが私とディオンの幸せだから。
そしてきっと……それ以上の幸せの可能性も、ディオンが作ってくれた未来の先に待っている。
揺れる木漏れ日が二人の髪を照らして、明るい未来を照らすように綺羅綺羅と輝いていた。
―fin―




