―再会の言葉―
「矛盾しているではありませんか。王太子殿下に対しては自分の方が優れていると自負があるのに……婚約者を救った俺に対しては嫉妬ですか」
気持ち目を丸くしたように見えるオズウェル様は口を開こうとして、閉じた。
「オズウェル様は国の為と表では言いながら、次の婚約者を置きたくなかっただけなのでは?」
いくら婚約中に問題が起きてしまったとはいえ、第二王子という立場だったオズウェル様に一度目以降の婚約の話がなかったことが不自然だ。
それはオズウェル様自身が次の婚約者を置きたくなかったからではないのか。
しかしオズウェル様は今度20歳になる。第二王子という立場でいれば、婚約者を置かない訳にもいかなかったはずだ。
俺の無遠慮な質問にオズウェル様は目を伏せた。
「…………そうだな。そうかもしれぬ」
「それは元婚約者の方を愛していたからでしょう?」
オズウェル様を更に問い詰める。
俺は理由をはっきりと知りたいのだ。煮え切らない態度に声も厳しくなる。
オズウェル様の伏せた銀の目が揺れる。
「は……笑えるな。ただの自身の我儘を通す為に何の関係もない者を巻き込み、国王陛下への叛逆を起こすなど……つくづく、愚かな王子だ」
嘲りに満ちた声は自身へと向けたもの。オズウェル様は揺れた目を隠すように目を閉じた。
「だが……彼女を愛していたからではないよ。これは自分が何もできなかった無力感と手に入らなかったことによる執着だ」
はっきりと否定するオズウェル様。そして顔を上げて俺と目を合わせた。
「俺は自分の勝手で君達を巻き込んだ。理由は俺の我儘を通す為という最低なものだったな。君は俺がこのままのうのうと生きていていいと思うか?」
俺は大きく溜め息を吐く。
――この方は……一度も謝罪の言葉を口にしていない。
露悪的な態度はまるで許すなと言っているようだ。
――だからなのか……フィアを危険な目に遭わせた原因だというのに……憎み切れない。
謝罪でもすればどの口がそれを言うのだと罵ってやるのに。
――ただ……元婚約者への想いは……わからないでもない。
俺もフィーリアが婚約者から外れるなんてことになれば、どんな手を使っても阻止しただろう。
しかしオズウェル様は王子という立場だった。個人の我儘を通せる立場ではなかったのだ。
俺とフィーリアは侯爵家の次男と伯爵家の嫡子という関係だ。俺がトルメリア伯爵家に婿入りすればいいので婚約には何の問題もなかった。
オズウェル様は第二王子という王太子殿下を補佐する立場。王子という立場である以上、求められる婚約者は自ずと選別されてしまうのだ。
目を伏せる。
「……言ったでしょう。何がどうあれ、フィアの未来を守ってくださった事は感謝しています」
固い声で言い切るとオズウェル様は眉を寄せる。
「……ただ、それだけだろう。君達に当然の対価だ」
その言葉に確信を持って問いかける。
「オズウェル様はわかっていたのでしょう。俺達がフィアの力を隠していることを」
沈黙が場を満たす。
「……なんでも答えていただけるのでしょう?」
俺の言葉にオズウェル様の息を吐く音が聞こえた。
「……そうだな、わかっていたよ。私は君達を昔から注視してたのでな。あまりにも表に出てこない婚約者。ある時期から不自然な程に伯爵邸内での出来事が漏れてこなくなったこと……。それまでは君達の仲の良さが漏れてきていたのだよ。微笑ましい話としてな」
ふっと笑う殿下に自分の失策を悟る。箝口令を完璧に敷き過ぎたのだ。それまで入っていた情報が途切れれば不自然に思うのも当然だ。
「そして君がとんでもない魔力量のいる魔法をトルメリア邸に持ち帰った事で疑惑は確信に変わったな。王立の研究院だ。研究されている魔法を持ち出すには申請がいる。それを私は見れる立場であったからな」
ぐっと顔を歪め、オズウェル様へと悔しさに満ちた視線を向ける。
「一体いつから俺に目を付けていたのですか」
そうでないとわざわざ一学生の動向など調べない。
「言っただろう。君が十歳で論文を発表した時からだ。安心しろ。俺のような執念深い者でなければ気づかなかっただろう」
綺麗に弧を描く口元が憎らしい。
「ただこれからは細心の注意を払った方が良いかもしれぬな。フィーリア嬢の力は公表された。いくら王家の保護があるとはいえ、狙う者は多いぞ」
鋭い銀の目が俺を射抜く。俺は強く手を握った。
オズウェル様の注意は事実だ。フィーリアの力を狙う者は、フィーリアが活躍する度に増えていくだろう。
――だから王家の保護を受けられる状況にされたのか……。ああ、くそっ!だから罵れないんだ!
オズウェル様がフィーリアの力を理解していたとすれば、あの夜会での茶番もフィーリアを王家の保護下にフィーリアの望む形で置く為の茶番でもあったということだ。
「そのような顔をするな。俺は巻き込む対価を与えただけだ。対価としては少ないとは思うがな」
皮肉気に笑った彼に俺は息を吐いて立ち上がる。聞きたいことは聞けた。
「ああ、帰るか。……ディオン、私の名を好きに使え。私は元とはいえ王子という立場だ。意外と効力があるものだぞ?」
心底呆れたように告げたオズウェル様を見据えて答える。
「わかりました。存分に使わせてもらいましょう」
満足そうに頷いたオズウェル様に一つ息を吐く。
「……あの夜会の時、フィアが大量に魔力を使い術式を展開したお陰でフィアの病を根治できる可能性が見つかりました」
目の先にある銀の目が見開かれる。
「フィアを治すことができたら、王妃陛下も快癒されるでしょう」
銀の目に宿る感情はなんだろうか。
「今考えている治療法が確立できれば、傷ついた魔力器官も治せるようになるかもしれません」
銀の目が揺れて、歪んでいく。
「俺とフィア、どちらも守って頂けるように知恵を借りに参りますよ。オズウェル様の執念深さと知略は使えるので。ついでに貴方が暇な者に唆されぬよう監視してさしあげます。では、また」
言い切ると背を向ける。
オズウェル様のお陰ではなくフィーリアのお陰だが、治療の糸口が見つかったのは事実だ。
「……ふっ、言ってくれるな。君達のためならばいくらでも知恵を貸そう。……またな」
風に消えそうな再会を願う言葉が耳に届いた。俺はそのまま出口に向かって歩き始める。
どこかにいた護衛が出口まで案内してくれる。いつかの辛そうな顔ではなく、穏やかな表情の護衛はどことなく嬉しそうだ。
優しい風が吹いて、花の香りを運んでくる。降り注ぐ太陽が、明るく離宮を照らしていた。




