―選んだ理由―
オズウェル様は憑き物が落ちたような優しい目をしていた。張り詰めていたような冷たさはもう存在しない。
俺は話の途切れた静寂に紅茶を飲む。少し温くなった紅茶が喉を潤した。
「フィアはオズウェル様の行った事を茶番だと言っていました。俺も同意見です」
彼は俺の指摘に苦く笑う。
「茶番か。正にその通りだ。反論しようもない」
そうしてオズウェル様は一度言葉を止めると紅茶を飲んだ。彼の銀の目が細まって俺を見る。
「……俺がこの茶番に君を巻き込んだのは、母上の病の研究者だったから、だけではなかった」
俺はその言葉に目を見開く。まさかそこに言われた理由以外があると思っていなかったのだ。
そんな俺を見たオズウェルは静かに話し始める。
「昔、俺には婚約者がいた。一つ年下の可愛い子だった」
その話に記憶を探る。しかし思い出せない。第二王子に婚約者がいたという記憶がないのだ。
俺の様子を見ていたのだろう、オズウェル様はふっと笑う。
「俺が六歳の頃から十歳までの数年間だ。その頃は幼かった君が知らずとも無理はない。俺の婚約の話は腫れ物扱いだったからな。教えるような者もいなかったのだろう」
そう話すオズウェル様の瞳には懐かしむような光が宿っていた。
「活発な子でな。俺はよく駆け回るのに一緒に連れ出されていた。大人達から隠れる遊びもよくしていたよ」
オズウェル様の綺麗な眉が苦痛を耐えるように歪められる。
「ある日俺達はいつものように遊んでいた。その日は彼女ができるようになった魔法を見せてくれていた。次々と繰り出す魔法を楽しく眺めていたんだ。そして気づかなかった。彼女が夢中になり過ぎていることに」
息を呑む。幼い頃の無謀な挑戦。それは俺にも覚えがある。その時の予後は、俺の場合はよかった。
オズウェル様はそのまま話し続ける。
「彼女が次は虹を出すと言った時、魔法を構築している途中で倒れた。魔力を使い過ぎていたんだ。その時も俺達は大人から隠れていた。周囲に誰もいなかったんだ。魔力を使い過ぎて危ない状態に陥った彼女を俺は助けようとした。魔力を渡そうとしたが、俺は彼女の魔力と合わなかった。その時の無力感といったら……なかったな」
自嘲するオズウェル様に拳を握る。
「俺は混乱しながらも大人を呼んだ。大人が来るまで生きた心地がしなかった。そして彼女はなんとか一命を取り留めた。……後遺症として魔力欠乏症を発症させて。魔力器官が酷く傷ついてしまい、彼女は必要な魔力を十分に精製できなくなってしまったんだ。彼女は他人から魔力を貰わなければ生きられない身体になった。すぐに魔力を渡せていたらそんな事にはならなかっただろう。あの時駆けつけた大人達も魔力をすぐに渡せなかった。魔力が合わなかったんだ。結局魔力渡しができ、魔力の波長が合う者が見つかるまで彼女は危険な状態のままだった」
それは……今であれば、起こらないこと。今は魔力変換魔法がある。
「彼女との婚約は解消となった。俺も王子だったからな。健康に不安のある彼女とは婚約を継続できなかった」
俺を銀の目でじっと見るオズウェル様は、何を考えているのだろうか。
「……俺はな、ちょうどその頃トルメリア伯爵が昔出していた論文を見ていた。トルメリア伯爵が研究者に協力した形だったが……そこには合わない魔力を合わせる方法が書いてあった。けれど俺は……それを実行はできなかったんだ。使うことがないと思っていたからな。読んだだけのやり方など忘れてしまっていた。それがあれば彼女が後遺症を負うことなどなかったかもしれぬのに」
深い悔恨がオズウェル様の銀の瞳を暗く染めている。
そしてオズウェル様は強く目を瞑った。それは過去を振り切るように。
「そのような事があったから、君に興味を持った。君は十歳の頃から婚約者の病の為に論文を出す程力を尽くしていた。そんな君の噂は色々流れてきた。婚約者の為に毎日のように魔力渡しをしていると……魔力を合わせる方法も使って。……俺とは大違いだと思った。婚約者の為に何もできなかった俺とは」
黙って聞いていた俺はぐっと顔に力を入れる。無力感はわかる。
しかしフィーリアを巻き込み、危険に陥らせたオズウェル様に同情などできはしない。
銀の目が睨んでいるだろう俺を捉える。
「だから……俺はディオン、君と君の婚約者を選んだ。君の婚約者が母上と同じ病だったのは母上をより呼び寄せやすくなるとは思ったがな。君を選んだのはただの……嫉妬だった。婚約者を救えなかった自分と真逆の君への嫉妬だ」
どろりと濁る目が見ているのは俺だろうか。それとも……オズウェル様自身だろうか。
自分を落ち着かせるように大きく息を吐く。そしてオズウェル様へと言葉を投げた。
「貴方は……元婚約者の方を、愛していたんですね」
真っ直ぐぶつけた言葉に、オズウェル様の銀の目が揺れた。
読んでいただきありがとうございます。
今日も遅くなりすみません。




