―理由と情―
爽やかな風がオズウェル様の白銀の髪を揺らす。その姿には粟立つような存在感も酷薄な笑みもない。穏やかな銀の目が風の吹く先を見つめていた。
「オズウェル様、俺がここに来たのは貴方に聞きたい事があったからです」
口火を切った俺を銀の目が映す。
「そうか。君相手にはなんでも答えよう」
微笑むオズウェル様は肩の荷を降ろしたような顔をしていた。
「……何故、王子という立場から降りたかったのですか?」
国王陛下達から聞いたあの騒動を起こした理由。しかし『何故』降りたかったかは聞かされていない。
「ああ、それか……。そうだな、巻き込み利用した君達には全てを知る権利がある。偽りなく答えよう」
その言葉はまるで、『誰か』に喋った理由には偽りがあると言っているようだ。
オズウェル様は座り直して椅子の背もたれに体重を掛ける。空に目を向け、静かに語り始めた。
「俺には驕りがあった。幼い頃から優秀だと持て囃されていた俺は自尊心が高かったのだ。それこそ……王太子と目されていたグランディール兄上よりも優秀だと言われて受け容れてしまう程にな」
嘲るように笑うオズウェル様は憎むように厳しく眉を寄せていた。
「兄上は無事王太子になった。俺もそれを祝福し、王太子補佐に付いた。それでも周囲は囁いてくる。『オズウェル殿下の方が優秀で在らせられるのに』と。俺にも自負があった。『兄上よりも優秀』だという自負が」
そこで俺に銀の目が向く。
「王太子を補佐するべき者がそのような考えを持つこと自体、危ういと思わないか?自分が仕えている方を自分より下に置いて見ているのだ。その先に待つものはなんだと思う。……王太子……いや、王位の簒奪だ」
自嘲する彼はまるで許せない者を見るように自分の手へと視線を落とす。
「……俺は危うさを理解しているオズウェル様が簒奪などを実行するとは思えませんが」
俺の意見にオズウェル様は首を振った。
「そうだ。『今』はそう考える事ができている。しかしこの先……長い年月を過ごした時、考えが変容することはないのか。いつか何かの拍子に、兄から何もかもを簒奪しようとする考えに傾く事がないか。不確定な未来のことだ。どうなるかわからないだろう?」
鋭い銀の目を向けられ問われた事に俺は黙り込む。
確かに先の未来、考えが変わらないと言い切る事はできない。しかし変わりながらも根本は変わらないよう努めることはできるはずだ。
――ああ……そうか。だからこそ……こうしたのか。
ふっと口端を上げたオズウェル様が話を続ける。
「だから俺は自身に楔を打ち込みたかった。『兄上より劣っている』という楔をな。国王陛下への叛逆を起こした愚かな王子。二度と消えない疵だ」
彼が息を吐いた。重いものを吐き出すような息。
「『愚かな王子』という烙印があればいくら担がれたところで反対する者が多くなる。……それに俺も、『疵』がある自分では兄上に敵う訳がないと思える」
銀の目が伏せられる。それは未来永劫、自身を律する為の疵。
「俺の『兄上より優秀だ』と思っている尊大な自尊心は砕く必要があった。俺が国を混乱に陥れる可能性を限りなく少なくする為に。……グランディール兄上が王太子に相応しいとは理解しているのにな」
最後にぽつりと落とされた言葉は哀しみに満ちていた。
「……兄上も父上も母上も甘い。……俺ならば、叛逆を企てた者など容赦なく切り捨てる」
それはもう二度と日の目を見ることがないようにするという意味だろう。
しかしそれで解決することは必ずしも正解ではないと思う。
「……王妃陛下も仰っていました。情も大事であると。でなければ臣下も尽くしてはくれないと。情を理解しているからこそ、人はついてくるのです」
オズウェル様は銀の目を静かに伏せた。
「……兄上にも父上にも母上にも怒られた。あのように怒られるなど初めてだったな」
優しい声で紡がれた言葉には確かに情が入っていた。
遅くなってすみません。
よろしくお願いします。




