―離宮―
気持ちのいい風が吹く。王都から少し離れたこの場所には喧騒など届くこともない。
いつか見た覚えのある護衛に案内された先には白銀の髪を持つ男。ガゼボに座りながら手紙を読んでいた。
「オズウェル様、ディオン・ユーフィリウム様が来られました」
護衛の声掛けに振り向くと以前より幾分柔らかくなったような銀の眼差しがこちらに向いた。
「君が来るのは今日だったか。どうぞディオン。座ってくれ」
立ち上がりながら目の前に座るように促され、言われた通りに座る。すると手ずからお茶の用意をし始めて目を丸くする。
「そう驚くな。私もこれぐらいのことはできる。それにこの離宮には使用人は最低限だ。できることはやらなければな。使用人は最低限とは言えど、国王陛下に叛逆しようとした大罪人には過ぎた待遇だ」
オズウェル様は自嘲しながら俺の目の前にお茶を置いた。紅茶の芳しい香りが広がる。
「この離宮の中で自由に過ごせ、など……罰が軽いと思わないか」
顔を歪めるオズウェル様に俺は目を伏せる。
「オズウェル様には王家の血が流れています。貴方の血を悪用されないよう、監視されるにはいい環境でしょう。それに貴方が罰が軽いと思うのであれば、この環境から抜け出そうと考えることもないということです。であれば、誰かに唆されることも起きにくい」
「……君に話すと全て理屈で返されるな」
「オズウェル様もわかっていることでしょう」
「……ああ、わかっている」
殿下は自身で入れた紅茶を飲む。それを見て俺も紅茶に手を付けた。芳醇な香りが喉の奥まで広がる。美味しい。
「意外と美味しく淹れられているだろう?……昔からアデラインがよく私の所に来ていてな。お茶会の真似事によく付き合っていたんだ」
優しい眼差しで先程まで読んでいた手紙を見る。
「アデライン王女殿下からの手紙ですか」
「ああ。君の婚約者と会ったと書いてある。君の婚約者は懐が広いな。あのような事が起きたと言うのに……妹に助言をくれるとは」
苦笑するオズウェル様に俺はふっと笑う。
「フィアは強くて優しい女性なのです」
「そうか。アデラインは君の婚約者と恋の話をして楽しかったと書いてある」
その言葉にピクリと眉が動く。
「怖い顔をするな。君の婚約者の友人の話だ。アデラインの婚約者候補に恋をしている友人がいるとな。君の婚約者は君一筋だろう?君を夜会まで迎えに来たのだ」
そういえばフィーリアがアデライン王女殿下と会った後、友人の話に興味津々だったと言っていた。フィーリアとしてはアデライン王女殿下の婚約者候補に上がっていた友人の想い人を候補から外したかったのだろう。
一度婚約については考え直されるとはいえ、今の時点で選ばれた者が再度選ばれる可能性は高い。
「まあ君の婚約者の思惑がどうであれ、アデラインは君の婚約者との茶会を楽しんだようだ。妹には苦労をかけたからな。楽しめる余裕が出てきたなら幸いだ。感謝するよ、ディオン」
相変わらず聡いオズウェル様に頭を下げる。この方はやはり妹であるアデライン王女殿下の事を可愛がっているのだろう。
「いえ」
「……君も懐が広いな。私の所に訪れ、罵倒も何もしないとは。私はされるだけの事をしたと思っているが」
オズウェル様の冷たかった銀の瞳は、今は雄弁だ。深い悔恨が見て取れる。
俺はオズウェル様を睨みつける。
「フィアを公の場に引き摺り出す原因を作り、危険な目に遭わせたことは許すことはできません」
俺の声に満ちる怒りに彼は静かに頷いた。
「しかし力を持つフィアの行く先を希望できる形に落とし込めたこと、それは感謝しております」
苛立ちながらも事実を口にする。オズウェル様は目を伏せ首を振った。
「……それも私のやった事を考えれば当然だろう。むしろ君の婚約者の願いでは王家の方が得をしている」
「良いのです。俺もフィアも生まれ育ったこの国が大事ですから」
「そのように取り繕わずとも、ここから王家へと君の話を漏らす者はおらん」
ふっと笑うオズウェル様に俺は一つ息を吐いた。
「ではお言葉に甘えまして……フィアの病の研究が進んでいるこの国を捨てる訳にはいかないんですよ、俺も。それにフィアが生まれ育った国ですから。フィアは国を捨てようとか考えてもいないですし……この国にいる以上、王家に恩を売っておくのは大切でしょう」
憮然とした態度で言い切ると、オズウェル様は口端を上げた。
「君は本当に婚約者第一だな」
「フィアは俺の全てなので」
愛しいフィーリアを思い浮かべながら答える。フィーリアがいなけば俺はきっと生きていけない。




