晴れ渡る空
豪華な内装の部屋を眺める。
魔力を使って見ていた王宮の内装とは感じるものが違う。品の良い調度品、手入れされた花々……どれも一級品だ。
先日訪れた時はディオンを助けることに必死できちんと見ていなかった王宮を隅々まで堪能するように目を向けていく。
やはり伯爵家であるトルメリア邸とは段違いの豪華さだ。
「フィア、そんなに珍しい?」
隣に座るディオンが目を細めながら問いかけてきた。握っている手に力を入れながら笑い返す。
「ええ、珍しいわ。ディーは何度も来ているかもしれないけれど、私は二回目なのよ?」
幼い頃から病弱だった私は王宮で開かれた子供向けのお茶会などにも出席したことはなかった。
夜会に出れるようになるのは13歳からで、その年にデビュタントを済ませる。私はデビュタントはしていないけれど、13歳以上であれば夜会に出席することは可能になっている。
デビュタントが13歳なのは昔からの慣習が変わっていないだけで、今の時代としては16歳から本格的に社交界に出ることが暗黙の了解となっている。それまでは親の付き添いで出席する程度でしかない。
ディオンはふっと笑みを零す。
「俺もそんなには来ていないよ。王宮医療薬師院はこの王城とは近いだけで別棟だし……。オズウェル第二王子殿下に呼び出されたくらいかな。夜会だってこの前が初めてだ」
そう言ってディオンも周囲を見回す。
「それにここまで奥の方に入ったのは初めてだ」
ディオンの言葉に頷く。
今日は王城の奥の方にある部屋に案内された。それは王城の要に近い事を意味する。
一緒に来た父と、ディオンの父母であるルディウス様、アイリス様はまた別の所へと案内されていった。
きっと今日の話は決まっている。
あの夜会でディオン達は帰る前に王妃陛下の従者から声を掛けられ、私の治験薬を渡されたそうだ。そして製造も止まっていないのでこれまで通り処方されると言ってくれた。
そのやり取りをしたあと、国王陛下達が帰国してからの登城をお願いされたそうだ。
日程はまた連絡するとのことで了解した数日後。夜会からは一週間後の今日に決定した。
国王陛下の帰国直後という速さだ。
入口の重厚な扉はまだ開きそうにない。私はディオンに寄り掛かった。
ディオンは優しく笑って肩を引き寄せてくれる。ちゅ、と軽く額にキスしたディオンに恥ずかしくなりながら見上げると、嬉しそうに顔を崩したディオンが私の目に映った。
――ああ……私、ディーのその笑顔が見たかったの。
幸せを噛み締めてディオンに抱き着く。優しいディオンの手が私の髪を撫でていった。
***
私が目を覚ましたのは夜会の翌日だった。
目を開けた瞬間に映ったのは濡れた空色の瞳。
「フィア!」
泣き出しそうなディオンに私は安堵の笑みを浮かべた。
――ディーが……いるわ。
傍にいてくれる。私が生きている証。
「フィーリア……」
「フィーリアちゃん……!」
「お嬢様……」
父にアイリス様、マリーまで泣き出しそうな顔をしている。よほど心配をかけたらしい。
――問題なく魔法は展開できたと思うのだけれど……。
魔法を使った後、ディオンや父、アイリス様と少しだけ話した記憶もある。あれは無事に魔法が展開できたからだ。
だから大丈夫だとは思うのだけれど、妙に心配されている気がする。
ちらりとディオンを仰ぎ見る。すると泣きそうな顔で微笑んでくれた。
「フィア、おはよう」
優しい声。帰ってきたと実感する。眦に涙が滲んだ。
「ディー……おはよう」
嬉しくて笑みを零し……ハッと気づく。
――おはよう……?
窓の方へと目を向けると、目が覚めるような明るい太陽の光が部屋へと降り注いでいた。
おはようどころではないかもしれない。これは寝過ぎてしまって心配を掛けたのだ、ということを理解した。
もう一度ディオンを見て、父を見てアイリス様、マリーを見る。
「心配かけて……ごめんなさい」
目を伏せながら謝ると父の優しい手が頭を撫でる。
「いいんだよ。私がフィーリアの行動に許可を与えたんだ。……でも……戻ってきてくれて安心したよ」
潤んだ私と同じ若葉色の目。どれほどの心労をかけただろうか。
それでも撫でる父の手はあたたかい。
「アイリス様もご心配をお掛けしました。それにたくさん助けて頂いてありがとうございました」
「いいのよ。私はね、フィーリアちゃんの為ならなんでもするわ。まだフィーリアちゃんが幼い頃に約束したでしょう?」
優しい笑み。ディオンと同じ空色の目は慈愛に満ちている。
幼い私との約束を大切にしてくれるアイリス様に目が潤む。
「マリーも我儘を聞いてくれてありがとう」
榛色の目が優しく細まって首を振る。
「お嬢様の願いを叶えるのが、私の仕事ですから」
その言葉にふふっと笑う。赤くなっている目は泣いてくれた証だ。
ディオンに目を向ける。手を伸ばしてブルーグレーの髪に触れた。
「フィア?」
確かに傍にいるディオンに嬉しくなって笑う。
「ディー、助けてくれてありがとう。残りの魔法、ディーが展開してくれたんでしょ?」
にこにこと笑って問い掛ける。
私が発動したのは治験薬の魔法。七つしか私は発動できない。もう一つは苦手だからディオンに発動は任せたのだ。
その話をした途端、ディオンは表情を固めた。
――あら?
首を傾げたところでディオンがゆっくりと私の両手を握る。
「フィア。俺、その事についてフィアに大事な話があるんだ」
そうにっこりと笑ったディオンの目は笑っていなかった。
そして私は起きて早々、ディオンに懇々《こんこん》と説教をされたのだ。
――ディー曰く、稀代の大天才って言われる事を成し遂げたはずなのに解せないわ……!
私はむくれながら聞いていた。
……その説教さえも愛しい、と思ってしまうのだから……どうしようもない。
窓から燦々《さんさん》と照らす太陽は、怒るディオンも、笑う父も、溜め息を吐くアイリス様も、目が赤いマリーも……なにもかもを明るく照らしていた。




