―終わり―
警戒を強めた俺に笑うオズウェル第二王子殿下。
「さあ、ディオン。君がフィーリア嬢の元に駆け出した時、騎士と魔術師を止めていた魔法が何かわかるか?どうして阻害魔法のある王宮で展開できたのかも、できれば聞きたいな」
俺を真っ直ぐ見据える殿下の言葉にまずその時の状況を思い出す。
騎士や魔術師に囲まれていた俺は、フィーリアが髪飾りの魔石に入れていた魔力変換魔法の術式を発動したのを見て思わず駆け出したのだ。
あれを発動するという事は、体が辛い状態になっているという証だ。
その時、確かに騎士や魔術師達の動きが止まっていた。俺は無我夢中であまり気にしていなかったが、囲まれていた俺が何の障害もなくフィーリアの元に行けたはずはなかった。
――……俺は夢中だったのでわかりません、で押し通せるか……?
「ディオン、君の推測で構わないから教えてくれるか?」
――わかりません、は潰されたか……。
「わかりました。私なりにフィーリアがどうやったか考えますので時間をください」
仕方ない。少し考えて答えよう。
「……ダートン様、フィアは……いつからこの会場にいたんですか?」
後ろにいるダートン様に問い掛ける。その若葉色の目は下がっている。
「……夜会の始まりと一緒の時間、だね」
その言葉に辛くなって眉を寄せる。
それは数時間以上会場にいたということだ。そんな長時間、外にいたことなどここ数年はなかった。
しかも普段着より重くて苦しいドレスを纏って、だ。フィーリアの覚悟と献身が眩しくて苦しくて……嬉しい。
「そう、なんですね……」
フィーリアの寝顔を見る。それはとても穏やかな顔だ。
――フィア、頑張ってくれてありがとな。
何度も感謝を伝えよう。
君が目覚めたら俺は謝って、何度も伝えきれないほどの感謝を伝えるよ。
フィーリアの顔を名残惜しく撫でてから、オズウェル第二王子殿下に向き直る。
先程の話で俺の予測はできた。
「オズウェル第二王子殿下、あくまで私の予測になりますがよろしいでしょうか?」
「よい」
「では恐れながら申し上げます。フィーリアは魔力を大量に放出してしまう魔力循環不全漏出症です。なので常に魔力を放出しています。ですから夜会会場にフィーリアが数時間いたなら……恐らく、会場中にフィーリアの魔力が満ちています」
ざわめく会場と魔術師達。……恐らく数時間もいたなら会場中どころではない。王宮にもフィーリアの魔力は及んでいるだろう。最初に映写魔法を展開した時、王宮の一部を映し出していた。あれはフィーリアの魔力がそこまで及んでいた証拠だ。
「フィーリアは体外に出た魔力を自由に扱えます。ですから恐らく……騎士と魔術師の周りに魔力を固めたのでは、と思います。目に見えぬ魔力といえど、フィーリアが意志を持って動かせばそのような事も可能なのでは、と」
この場合に大事なのは再現性があるかどうかだ。阻害魔法の抜け道になるような使い方をしてしまっていたら、こちらの瑕疵になる可能性が出てくる。
しかしフィーリアだけしかできない方法であれば、フィーリアが出てこなければいけない状況を作り、危険に陥らせた王家の疵と相殺できるかもしれない。
それが魔力を空間に満たした上で魔力を操る、という方法だ。
――……正直フィアなら普通に阻害魔法の穴を突くとかして魔法を展開した気がしなくもないんだけど……。
映写魔法は危害を加える魔法ではないので阻害魔法にはかからない。
そういった阻害魔法の穴を突くか……フィーリアの魔力量で阻害魔法を無効化したか……。
魔力量で圧倒すれば、守護魔法があったとしても魔法を展開することはできるのだ。
……後者である方が怖い。再現性はないけれど、王宮全体を取り巻く阻害魔法より魔力量で圧倒するなどできるものなのだろうか。
――フィアしかわからないな……。
今はその可能性は捨て置こう。
魔術師達と騎士達が互いに話し合っている。それができるものなのか考えているのだろう。
しかし、恐らく会場中に魔力を満たした上で動かすなんて芸当はフィーリアにしかできない。それであれば可能か不可能かも判断しきれないだろう。
「ふむ。それがディオン、君の予測か」
「はい」
殿下の問いに迷わず頷く。予測の一つを話しただけだ。
銀の目が少し細まる。
「……そうであるならば、フィーリア嬢以外には不可能だな」
「……はい」
唯一人できるフィーリアをどうするのか。静かに息を吐く。
こちらには、オズウェル第二王子殿下が国王陛下の承認を得ずに婚約破棄をしようとした事実がある。この会場にいる貴族全員が証人だ。
――殿下が何を言い出しても、俺は戦える。俺がフィアを守るんだ。
息を吸って銀の目を見返す。
そうした時、慌ただしくオズウェル第二王子殿下の側に寄る従者が見えた。
耳元で告げられた言葉は何だったのか。殿下の銀の瞳に何かしらの感情が籠もったように見えた。
オズウェル第二王子殿下が従者に頷くと、頭を垂れた従者が下がっていった。
「さあ、そろそろ終わりの時間だ」
殿下がそう言って立ち上がる。
何を言っているのだろう。夜会が終わるにはまだ早い時間だ。戸惑いの声が会場を満たす。オズウェル第二王子殿下の専属護衛以外の騎士や魔術師達も疑問を顕わにしている。
その時、カァンカァンと鐘の音が響いた。これは王家の方でも王太子殿下以上の方々が入場される時に鳴らされる鐘。
壇上よりも上にある、国王陛下や王太子殿下が入場するのに使われている豪奢な扉がゆっくりと開かれる。
――国王陛下と王太子殿下は外遊へ行っており、ここにはおられない……。
ならば、あの鐘の音を鳴らし、あの扉を使えるのはお一方しかいない。
ここ十年近く、ご病気に臥せっており表舞台には出ていなかった人物。
そして、王宮医療薬師長のフェリクス様がこの夜会にはいなかったこと。フェリクス様が担当していた、フィーリアと同じ魔力循環不全漏出症の『高貴な方』。
フィーリアが『もう少し』と言っていた後にきっと続いていた言葉。
――ああ、これだけ揃っていたんだ。俺も早く気づくべきだったな……!
フィーリアと同じ魔力循環不全漏出症であるならば、治験薬で体調はだいぶ良くなっているはずだ。そしてこの方が使っているのに治験薬の製造が止められる訳がない。
「王妃陛下、御入場!」
艶やかな金の髪と静謐な銀の目を持つ王妃陛下が、オズウェル第二王子殿下を見下ろしていた。




