―呼吸―
組み上がった術式が光を放つ。
フィーリアの手を握って、発動のタイミングをフィーリアと合わせる。
フィーリアの体の上に描かれた大きな術式が放つ光は、会場を照らしつくした。
発動した術式がフィーリアを包み込む。そしてフィーリアの体内に抱え込まれていた大量の魔力が放出されていく。
その放出される大量の魔力は目に見えるほど。
――これだけ魔力が停滞していたのか……。
これだけの魔力を短時間に精製するフィーリアの魔力器官はかなり大きいはずだ。
体内器官を圧迫していた魔力は放出された。これで呼吸もしやすくなるはずだ。
――俺の魔力とダートン様と母上の魔力が感じ取れた……。だとすれば……。
フィーリアの手が少し動いた。ハッとしてフィーリアを見る。
先程より頬の赤味が戻っている。そっと頬を撫でると、あたたかい。
「フィア……」
視界が滲む。
「フィーリア……」
「フィーリアちゃん……」
ダートン様と母もフィーリアの名を呼ぶ。
ぎゅっとフィーリアの手を握り直す。
――大丈夫だ。フィアは、戻ってくる。
「はっ……」
息が戻った。
「フィア!」
呼吸を整えるフィーリアに心の底から安心した。俺もようやく深く息が吸えた気がする。
フィーリアにもっと早く回復して欲しくて残っている魔力を魔力渡しに回そうとした。
「ディオンくん、君は魔力渡しはやめなさい。あの大きな複合術式を展開した後だ。かなり魔力が減っているだろう」
ダートン様が有無を言わせない声で俺を止める。
「そうよ、ディオン。私とダートン様に任せない」
母は俺の手の上に手を乗せた。その手から、俺を見る空色の目から『フィーリアちゃんを心配させるな』と伝わってくる。……あと母も俺のことを心配してくれているのだろう。
幼い頃、俺が限界を超えて無理した時のことはしっかりと心に残っている。
「……わかりました」
二人に頷いて、魔力渡しを止めた俺はフィーリアの様子を見る。
少し呼吸が落ち着いてきている。
――ああ、生きてる……。
フィーリアが、生きている。
怖かった。息が止まったと気づいた時、来てほしくなかった現実が来てしまったのかと思った。
けれど、そんなことにはならなかった。
フィーリアは一つも諦めていなかった。
――フィアはすごいな。
薬の為にフィーリアとの婚約破棄を選んでしまった俺を迎えに来てくれた。
自分が発作を起こしても諦めずに魔法を展開した。
――俺は、フィアにはきっと一生……敵わないよ。
「フィア、相談しなくてごめんな。謝るから……今度からは絶対に相談するって約束するから、早く目を覚ましてくれ」
頬を撫でる。少しずつ顔色が良くなっている。
ピクリと瞼が動いた。長い睫毛が揺れる。
「!フィア」
ゆっくりと若葉色の瞳が覗く。その目に俺が映ったのが見えた。
目が潤む。その目が俺を映してくれるのが、嬉しい。
「……ディー……」
「フィア、俺はここにいるよ」
手をもう一度握り直す。するとフィーリアからも握り返してくれた。
「……お父様……」
「フィーリア、私もここにいる」
ダートン様は若葉色の濡れた目を優しく細めて応える。
「……アイリス様……」
「フィーリアちゃん、私もちゃんといるわ」
優しい声で母もフィーリアに応えた。
みんなの声に安心したフィーリアは柔く微笑む。
きっと疲れている。あれだけの複合術式を七つも一気に展開させた後だ。相当集中しなければ無理だっただろう。そっと頭を撫でる。
「フィア、寝てていいよ。あとは俺がなんとかするから」
「……ディー……大丈夫、もう少し、で…………が…………から……」
フィーリアの声が小さくて最後の方が聞こえない。
「フィア、もう一度言えるかい?」
けれどフィアははくはくと口を動かすが、瞼がゆっくりと落ちていく。
無理をさせるのはよくない。フィーリアの言葉をもう一度繰り返して、フィーリアが伝えたかったことが何かを探り言葉にする。
「フィア、もう少ししたら大丈夫、なんだな?わかったから、フィアは休んでいたらいいよ」
俺の言葉を聞いたフィーリアは安心したように緩く口角を上げた。
そのまま瞼を閉じて、落ち着いた寝息を立て始める。
一定した呼吸に安心して長く息を吐く。そこで母の魔力変換魔法が止まった。魔力変換魔法には使用者の魔力を限界までは使わないように設定してある。
母は申し訳なさそうな顔をしているが、ここまで頑張ってくれたのだ。感謝の念しかない。
「母上、もうフィアは大丈夫です。ダートン様も魔力渡しを止めて大丈夫ですよ。これ以上は危険です」
ダートン様は俺の言葉にフィーリアの顔をしっかりと見る。落ち着いた様子にほっとしたのか顔が崩れた。
「そうだね。わかったよ、ディオンくん」
そうしてダートン様は魔力渡しを止めた。フィーリアの様子は落ち着いたままだ。
ダートン様もずっと魔力渡しを続け疲れている。
――フィアは俺が抱きかかえておけばいいか。
さあ、ここからだ。
フィアを抱えて立ち上がり、オズウェル第二王子殿下へと向き直る。
静謐な銀の目は相変わらず思考が読めない。
――けれど俺はもう、誰が相手でも引くつもりはない。
フィーリアが望み手放さなかった婚約者という立場を、俺はもう二度と手放さない。
銀の瞳を決意を持って見返した。




