―俺とフィア―
激しい音を立てながら無数にあった映写魔法が割れていく。割れた映写魔法は綺羅綺羅と魔力片になって降り注いだ。
フィーリアと繋いでいた手が、重くなる。
「フィア……?」
頼りない自分の声が、耳に大きく響く。繋いでいた手から力が抜けていた。
フィーリアの微かな呼吸音が聞こえない。唇が動いていない。
喉の奥から恐怖が湧き上がってくる。
その恐怖を掻き消したくて声を出す。
「フィア、フィア!」
愛しい人の名を叫ぶ。
繋いだ手を握っても、握り返してくれない。
――どうして、今……!今俺に……!『愛している』と言ったんだ……!!
フィーリアは今まで『愛している』と言ったことはなかった。
――まさか、まさか!!
『最期』だから?
息が浅くなる。絶望に目が眩む。
『何か』が足元から這い寄ってくる気がする。
「フィア!フィア、嫌だ。嫌だ、フィア。俺を置いて行かないでくれ」
何度呼んでも動かない。俺の涙だけが、フィーリアに零れていく。
ダートン様が崩れ落ちる。ダートン様の手がフィーリアの頬をなぞった。
「フィーリア……」
名を呼ぶ声が震えている。
「フィーリア、ちゃん……」
母の声も震えていた。
ダートン様と母はずっと魔力をフィーリアに流し続けている。
ぐっと唇を噛み締めて、俺もフィーリアに魔力を流す。色んな器官に魔力を流して、フィーリアの命を保つ。
――そうだ、呆けるな!俺にできることはまだあるんだ!
フィアを喪いたくない。
絶対にそんなことをさせるものか。
――俺が助ける!俺が助けるんだ!!
止まりそうだった頭を必死に動かす。
いつの間にか流れていた涙を乱暴に拭った。
魔力渡しで体内器官の状態を診る。
――……ちゃんと、動いている。
長く息を吐いた。フィーリアの手を握り直す。
――フィアはまだ生きてるんだ。
自発呼吸が止まってもまだ呼び戻せる。必死に落ち着きを取り戻す。
――まずフィアを助けるには……自発呼吸を促すこととフィアの体内で滞っている魔力を抜かないと……。
魔力の停滞が体内器官の動きの弱さに繋がっているのだろう。
――だとすれば先に自発呼吸を促しても止まる可能性が高いか……。
どうにかして過剰な魔力をフィーリアから抜かないといけない。
――だが一つ一つ術式を書いたんじゃ間に合わない!
汗が垂れる。焦りで息が荒くなるが、魔力渡しの魔力は止めない。
――俺の魔力が尽きる前に考えないと!ダートン様と母上の魔力だって……!
魔力。
バッと顔を上げてフィーリアの顔を見る。
俺に『愛している』と告げた後のフィーリアは、微笑んで満足気な顔をしていた。
――ああっ……!ずるいな、フィアは……!
そうだ。
フィーリアはきっと、『最期』に『愛している』なんて言ってはくれない。
俺と共に生きる決意をしてくれたから、言ったんだ。
息を吸う。
「ダートン様、母上。フィアをお願いします。俺はフィアを手伝わないと。フィアはとんでもないことをしようとしているので」
二人の目を見つめる。
ダートン様のフィーリアと同じ若葉色の濡れた目が光を取り戻す。母上の俺と同じ空色の目も、力強い光を宿す。
「任せてくれ」
「任せなさい」
二人の返事を聞いた俺は魔力渡しを止める。
映写魔法が崩壊したのはフィーリアが別の魔法を展開するため。いくらフィーリアでも映写魔法を展開しながらその魔法までは展開できないと判断したんだろう。
俺とダートン様、母上の魔力がフィーリアの魔力と混じり、フィーリアの体の上に大きな術式を描き始めている。
――魔力は光らせるようにって教えたんだけどな……。
集中しているフィーリアはそこまで気が回らなかったのだろう。
俺はフィーリアが描いている術式と重ならない、フィーリアの真上に術式を描いていく。
描く術式は、治験薬に籠められている魔法の中でフィーリアが苦手としていた術式。
――それに、術式を描くのに集中し過ぎて呼吸を疎かにしたのは叱らないと。
叱ったらフィーリアはきっと、すごいことをしたのに、と言って頬を膨らませて拗ねるのだろう。
肝がとんでもなく冷えたいつかの事。
『私が七つ同時展開できるようになったら、あと一つはディーが展開してくれるわね!』
満面の笑みでとんでもないことを言い出したフィーリアに俺は顔を青くして叫んだ。
『だからそんな事態来てほしくない!あとそんなのできたら稀代の大天才だ!建国神話に出てくる魔法使いだよ!』
それにそうなのね、と驚いたフィーリア。フィーリアは魔法に関してだけは常識外れのことばかりする。
フィーリアの蜂蜜色の髪を撫でて、頬に手を当てた。もう片方の手は、術式をもうすぐ書き終わる。治験薬の中で、俺が一番得意としている魔法。
――俺とフィアで、補い合えるのがちょうどいい、な。
フィーリアが言ってくれた言葉を思い浮かべながら、術式の構成速度をフィーリアと合わせる。
「本当にフィアは……稀代の大天才だな」
苦く笑ってフィーリアを見つめる。フィーリアがいつものように、気まずげに目を逸らした気がした。




