貴方への言葉
「よかろう」
短いオズウェル第二王子殿下の許しの言葉。
「ありがとうございます」
そう礼を言ったと同時にディオンから暖かい魔力が流れてくる。いつもしてくれていた魔力渡しだ。
――ディーの、魔力……。
優しい魔力が私の体を巡っていく。
「ディー……」
出た声は音になっていたのかわからない。
ディオンの手を必死に握り返す。
「フィア、大丈夫だ。俺はここにいるよ。フィアが俺を迎えに来てくれたから……俺は、フィアの傍にいる」
弱い力でしか握り返せなかったのに、ディオンはしっかりと握り返してくれた。
――ディーが……傍にいる……。
目元から熱いものが流れていく。
「フィア、ありがとう。俺を迎えに来てくれて……ありがとう」
ディオンの言葉が嬉しい。笑いたいけれど、顔の筋肉が動いている気がしない。
空いていたもう一つの手に、懐かしい感触。そして覚えのある魔力。
――お父様……。
父に魔力渡しをしてもらうのはいつぶりだろう。懐かしい心地がする。
「フィーリア、大丈夫だ。私もいるよ。さあ、体内に魔力を巡らせよう」
お父様の声。優しい見守るような魔力が流れてくる。
「フィーリアちゃん、私も微力だけれど手伝うわ。大丈夫よ、みんなが傍にいるもの」
優しいアイリス様の声。私が母恋しくなると、そっと傍にいてくれた。大好きで憧れの女性。
――アイリス様……。
魔力変換魔法で魔力を送ってくれているのだろう。凛とした優しい魔力。
みんなの声が優しくてあたたかいのに少しだけ震えていた。
――大丈夫。私は……大丈夫だから……。
寒かった体が少しずつあたたかくなってくる。
狭まっていた視界が少し広くなり、大好きな空色の目が見えた。
「!フィア!」
泣きそうなディオンの顔。それに口角を上げる。さっきよりは表情が動く。
「待ってくれ、今治験薬の魔法を展開させていく!ダートン様、母上、フィアの体内に魔力を送るのは任せます」
「わかった」
「わかったわ」
私が少し回復したのを見たディオンは治験薬に刻まれた魔法の術式を描いていく。その顔は真剣だ。
「……よし、阻害魔法にはかからない!」
術式を一つ完成させて発動する。暴れ回るだけだった過剰魔力が排出されていく。
「まずは、一つ……!」
汗を垂らしながらディオンは順に魔法を展開しようとしている。
ディオンはなかなかうまく術式が描けないと言っていたのに、もう綺麗に術式が描けるようになっている。きっとたくさん努力してくれたんだろう。
けれど……治験薬の魔法は同時展開で最も効力を発揮する。そう言っていたのはディオンだ。
顔を苦しみに歪めていくディオンにゆっくりと手を伸ばす。
「フィア?」
すぐに手を取ってくれたディオンに微笑む。綺麗に笑えていたかはわからない。
ディオンの手ごと、ディオンの頬に手を添える。あたたかい感触に堪らなくなって息を吸う。
シャランと映写魔法が展開される。その中に映し出されるのは、私とディオンの思い出。
――無意識に……作り出しちゃったわ……。
映写魔法が回りながら次々と私の記憶を映し出す。
ディオンが私の婚約者になりたいと言ってくれたこと。
ディオンが私の婚約者になってくれたこと。
ディオンにハンカチを渡すととても喜んでくれたこと。
ディオンが新薬を作ってくれたこと。
……それが長くは保たなかったこと。
それでもディオンが諦めないでいてくれたこと。
そして治験薬を生み出してくれたこと。
いつも私の元に走ってきてくれたディオン。笑顔で好きだと私に想いを伝えてくれる。私がやらかすと遠い目をして心配だと溜め息を吐く。
私の一番大切で大好きな、ディー。
ディーとの想い出が何よりの宝物。
だから、そんな顔しないで。
今にも泣き出しそうな、ディーの顔。
「フィア」
震えた声。
大丈夫。大丈夫よ、ディー。
「フィア、フィア……」
何度も繰り返し呼ばれる声に口角を上げる。
「……」
はくはくと小さく口を動かすけれど、声が出ない。
「フィア、大丈夫だ。俺が、俺が助けるから……」
強気に微笑むディーに、大丈夫だと言いたいのに。
術式を描いていくディーの手が震えている。
「くそっ!……大丈夫、大丈夫」
描いた術式を発動して、魔力を放出する。けれど、まだ……足りない。
「……あ……」
「フィア!」
少しだけ声が出る。
私、ディーに言いたいことがあったの。
ずっと、ずっと……言いたかったこと。
「ディー……」
「フィア、なんだい?」
優しい声が震えている。
それに大丈夫だと精一杯の笑顔で答えて。
「愛して、いるわ……」
ディーの晴れた空色の目が大きく見開かれる。
やっと言えた。
ずっと言いたかったのに怖くて言えなかったこと。
ディーを信じるって決めたのに、私は今まで言えなかったの。
――でもね、私は……。
ディーはくしゃりと顔を歪めて、微笑んだ。
「俺も愛しているよ、フィア」
幸せな言葉を聞いて、心が満ちる。
――私は、ディーとこの先も生きていくって決めたの。
だから、がんばるから。
ねぇきっと、ディーの眩しい笑顔を見せてね。
喧騒が遠ざかっていく。
愛しい貴方の声も。何もかも。
展開していた魔法が割れる甲高い音が、遠く響いた。




