茶番
「……待て、とはどういうことだ?ご令嬢」
オズウェル第二王子殿下の声は静謐だ。
感情を悟らせない声は、この茶番をどうして実行しているかも読ませてはもらえない。
優秀だとの呼び声高い第二王子殿下なら理解しているはず。こんな事を起こしても、何にもならないと。
国王陛下が帰国すればこの夜会の出来事全てが幻となって消えるだろう。そして……オズウェル第二王子殿下さえも。
――……もしかして……。
ふと過った考えに目を伏せる。
それは私が慮ることではない。
――私にとって一番大切なのは、ディーのこと。
全神経を使って綺麗にお辞儀をする。
第二王子殿下は私の事を『ご令嬢』などと言ったけれど、私が誰かはわかっているはすだ。
――相手が無法の婚約破棄をしてきたのだもの。私もルールを守る必要はないわ。
だからこそ王子殿下の言葉を遮った。
「オズウェル第二王子殿下に初めてご挨拶を申し上げます。私はトルメリア伯爵の娘、フィーリアでございます」
そう頭を下げ、すぐにオズウェル第二王子殿下の銀の瞳を捉える。
「ああ、挨拶をしなくても私の事は存じておりましたわね。私がディオン・ユーフィリウムの婚約者ですもの」
にっこりと笑みを浮かべる。
知らない筈はない。オズウェル第二王子殿下が勝手にディオンとの婚約破棄を命じた相手だ。
オズウェル第二王子殿下はふっと口端を上げる。面白いとでも思っていそうだ。私は大切な婚約者を取り上げられたので全く面白くないけれど。
ディオンの顔色が蒼くなった。ディオンの心臓に悪い物言いをしている事は自覚している。
けれど最初見た時よりも表情が活発になっていて嬉しい。
会場がどよめき始める。私は病弱でお茶会などにも出席してなかった。だから初めて見た方が多いのだろう。
向けられた声は戸惑い、同情……そういった類いのものが多かった。
「そうだな。君のことはよく知っている。ただディオンの研究成果を享受しているだけのご令嬢だ」
その言葉にすぐ反応したのはディオンだ。殺気の籠もった目でオズウェル第二王子殿下を睨む。それを見た殿下の護衛が剣に手を掛けたので止めてほしい。
――もう、ディーったら。そんな勢いで怒ったら私が怒る隙がないわ。
ディオンは先程私の殿下への物言いで蒼くなっていたのに、今度は私の方が蒼くなってしまいそうだ。
それに殿下の仰ることは事実でもある。
「ええ、ディー……ディオンの研究のお陰で私は今まで生きてこられました。そしてこうして夜会に出席できるまで体が良くなったのも、ディオンの功績ですわ」
ディオンは顔を歪めて首を振る。私が協力してくれたお陰だと言いたいのだろう。ディオンは私によく、協力してくれたお陰だと言ってくれていたから。
周囲の人々はディオンの様子を見て動揺を深めているようだ。これは本人達の意志を無視した行為だとわかり、更にオズウェル第二王子殿下による独断だという事が補強されたからだろう。
だからここで事実を更に言い募る。皆、心して聞いてくれるはずだ。
「ですが、私がディオンの研究を享受していることと婚約は関係ありませんわ。私とディオンの婚約は国王陛下が承認したものでございます。であれば、いくらオズウェル第二王子殿下でも国王陛下の承認なしには婚約の解消も破棄も叶いません」
会場が大きくどよめいた。
オズウェル第二王子殿下がアデライン王女殿下の婚約を発表しようとする事だけでも異様なのだ。更に国王陛下の承認がない婚約破棄という事実が加われば、この場にいる聡明な方達が思い浮かべることは一つだろう。
――謀反。そう、考えるでしょうね……。
どよめきが落ち着くや否や、オズウェル第二王子殿下への視線に軽蔑が混じる。優秀だと噂されていた殿下だ。落胆は如何ほどのものだろう。
私はあくまでも臣下の礼をとり、オズウェル第二王子殿下を見上げる。
「聡明で在らせられるオズウェル第二王子殿下もわかっておられるはず。どうか、賢明なご判断を」
これで引いて欲しい、そう願いをこめて銀の瞳を見る。
――けれどきっと……引いてはもらえないわ。
聡明な第二王子殿下のこと、このぐらいは想定済だろう。殿下の目的が達成されないと終わらない。
少し苦しくなって息を吐く。それにディオンは眉を寄せた。そこまで近い場所ではないのに、相変わらずディオンには私のことがよくわかるようだ。
殿下は私を見返し少し眉を動かした。感情は読み取れない。
「……私はな、常々考えていたのだよ。力ある者は最上の環境で力を発揮すべきだと」
銀の瞳が私を射貫く。
「ディオンは医学でその力を示し、国へと貢献をしている。だがその医学も限定的だ。君の魔力循環不全漏出症の治療という一点にその力を注いでいる。それは勿体ないと思わないか?私はね、もっと彼に相応しい研究をしてもらいたいのだよ」
その言葉にきゅっと唇に力を入れる。殿下の言うことは最もなのだ。ディオンの力が他に向けばもっと多くの人を救えるのでは、と思ってしまう。
けれど。
顔を上げる。ディオンが念を伝えるように私をじっと見ていた。その眼力にふっと笑う。
ディオンは昔から不安になった私に伝えてきてくれていた。
ディオンは色んな研究が好きなのに私の病気に注力していいのか聞いたことがある。
するとディオンはむっとして、『俺はフィアを助けるって決めてるんだ。他の研究はフィアを助けてから考えるよ。それに症例が少ないからって研究しなくなったらいつまで経ってもどの希少病も解決なんてしないし、その研究に付随して発見される新しい事実もある。そういったものがなくなる方が損失は大きいよ。どの研究にだって芽が出る可能性はあるんだ。それを最初から潰してたらどんな研究も成果を出せなくなるよ』と、かなり真剣に話された。
そして最後には『というかフィアを優先できなかったら俺は他の研究なんて手につかないよ』と笑うのだ。
そんなディオンの私に対する想いはわかっている。ディオンがずっと私に伝えていてくれたから、その想いを信じている。
だからオズウェル第二王子殿下の銀の瞳を微笑みながら見返す。
「相応しい研究とは何でしょうか?ディオンが私に教えてくれましたわ。どんな研究にも価値があると。オズウェル第二王子殿下は少ない症例の研究からは何も生まれないとお思いですか?どの研究にも他の研究に生かせるものが発見される可能性はあるのです。実際、魔力循環不全漏出症の研究から魔力変換術式が生まれ発表されました」
会場から驚きの声が上がる。
魔力変換術式は画期的な魔法で高い評価を受けている。だが生まれた過程まで知る者は一般にはあまりいない。
オズウェル第二王子殿下は話の続きを促すように目を細めた。
一つ汗が流れる。殿下が何を求めているのかはまだわからない。
「魔力変換術式はディオンが私の魔力循環不全漏出症の対症療法として使用していた魔力渡しを魔法術式に落とし込んだものです。それは正しく、魔力循環不全漏出症を研究していたからこそ生まれた成果でございましょう」
周囲からは感嘆するような声。
第二王子殿下はどうしてか口端を上げた。
「確かに君の言うことも一理ある。だが……事は貴族の婚約だ。君はディオンに何を齎せる?ディオンに見合う価値はディオンの研究対象だと言うだけか?それは王家の支援より価値あるものか?」
銀の目に絡め取られる。その目に宿るのは強い確信。
――ああ……だからなのね。
オズウェル第二王子殿下は聡明な方だ。王族として若くから優秀だったディオンに興味を持つのは当然な事。そしてそんなディオンの婚約者である『私』にも興味を向けるのは当たり前。
だから……気づいたのだろう。
トルメリア伯爵家とユーフィリウム侯爵家が、『私』を必要以上に隠していると。
この茶番は、私を表舞台に引き摺り出す為だったのだ。




