煌めき
息をゆっくりと吸う。いくら私の為に作られている楽な夜会用ドレスでもいつもの普段着よりは締め付けがある。
耳には耳飾り、髪もしっかりと纏めて髪飾りを付けた。
耳飾りは私とディオンの瞳の色の宝石が並ぶ、少し小振りだけれど品がいいもの。
髪にはディオンが誕生日にくれたブルーグレーのリボンを編み込み、用意してくれていたディオンの瞳の色のアクアマリンと私の瞳の色のペリドットを使って可愛らしい花の意匠を施した髪飾りを差し込んだ。
耳飾りも髪飾りもディオンが用意してくれたようだ。二つともあまり重くならないように作られていたけれど、それでも普段とは違うもの。
少し息苦しさを感じて、一度発作を起こしかけてしまった。ディオンが作ってくれた薬で事なきを得たけれど、やはり無理ではないかとお父様にもアイリス様にも心配されてしまった。
けれどそれでも私は諦めるわけにはいかない。ディオンを私の元に留めるためには、私が自ら行かないときっと説得できない。
お父様が薬の残りを心配して顔を青くしていた。恐らく残りは……もうほとんどない。
だからこそ……その薬をどうにかするためにディオンは私に婚約破棄を告げてしまった。
それが私の為だとしても……私は最後まで、ディオンの隣にいたい。
私の目を見て覚悟を感じ取ったお父様とアイリス様は、そのまま夜会に行く手筈を整えてくれた。
お父様にエスコートをしてもらって王宮に入る。アイリス様も私の補助をする為に付き添ってくれた。
トルメリア伯爵であるお父様、ユーフィリウム侯爵夫人であるアイリス様はこの夜会に呼ばれている。私はお父様の付き添いという形で入れてもらった。
王宮は広い。煌びやかな装飾、色とりどりの花々……そして多くの魔導具と魔法の気配。
国一番の要所である王宮だ。様々な魔法があることはわかっていた。
魔力の流れを感覚で把握する。
――……何も問題はなさそうね。
話し声が聞こえる。様々な人の声。私が誰かを推察する声、この夜会の目的を話す声……色んな声が聞こえてくる。
それらに耳を傾けながら、夜会の会場となる広間まで来た。
開け放たれた広間は豪華絢爛。華やかな夜会の会場が目に眩い。
憧れていた夜会の舞台。
けれど、足りない。
私の隣に彼がいなければ憧れとはほど遠い。
憧憬は、彼の隣で見る為のものだ。
ゆっくりと壇上へと目を向ける。あそこが今日の私の舞台。
――ディーを、取り返す為の舞台だわ。
息を吐く。緊張に手が震えそうだ。
それでもこれからどんな事が起こっても……私は引く訳にはいかない。
一番大切な人を取り戻す為に。
***
「オズウェル第二王子殿下、御入場!」
夜会の賑わいが最高潮に達した時、その呼び声が聞こえた。
――長かったわ……。
いつディオン達が来るかわからなかったので夜会が始まった頃から入場していたが、夜会は長くするもの。長時間を家ではない場所で過ごすのも初めてに等しい私には待つ時間もとても長く思えた。
私は息を整えて座っていたソファーから立ち上がる。
「フィーリア……」
傍にいてくれたお父様とアイリス様が心配そうに私を見た。
私はそれに頬を緩ませて口を開く。
「大丈夫です。私は……これから一番大切なディーを取り戻すのですから」
そう言って前を向き背筋を伸ばす。
私の一番大切な人を取り戻すために、私は歩みを進めた。
白金の髪が見えた。あれがオズウェル第二王子殿下だろう。話をしているがその内容はここまでは届かない。いえ、私の耳には届かない。
進めた歩みは壇上近くに。
「さあ、今日の主役である二人に入ってもらおう」
その言葉だけは大きく聞こえた。
壇上横の豪奢な扉が開かれる。
入ってきたのは金色が強い白金の髪と青と金、銀の三色が混じる瞳を持つ少し幼さが残る女性、そして彼女をエスコートする愛しい人。
憧れだったはずのエスコート。けれどそれよりも衝撃だったのは愛しい人の憔悴しきっている姿。
いつも優しく笑ってくれていたディオン。私に婚約破棄を告げた時だってその表情は優しかった。
なのに、今はその面影もない。
感情がよく表れていた空色の瞳は暗く澱み、今は何の感情も映していない。ころころと変わる表情豊かだった顔も、ひとつの動きもない。
そのディオンの様子が哀しくて苦しくて涙が零れそうになる。
――私が……ディーを救わなきゃ。
ディオンが私を救ってくれたように。
深呼吸をする。
様々な声が聞こえる。王女殿下とディオンの登場に戸惑っている声が多い。
それはそうだろう。王女殿下の婚約者候補の方は公表されている。今は選定の時期である為、王女殿下のエスコートはいつも兄殿下達が行っていたとアイリス様から教えてもらった。
だからディオンがエスコートをしていること自体が今までと違うのだ。その上婚約者候補の方でもない。戸惑いは当然だろう。
そしてもしも王女殿下の婚約の話であれば国王陛下からの下命があるはずであり、陛下がいない今なのはおかしい。それは陛下に仕える貴族として当たり前の疑問。
「さて、皆に聞いてもらいたいことがある」
第二王子殿下の声で会場に緊張感が走る。猜疑に満ちた声が周囲を覆う。
「我が妹のアデラインがこの度婚約する運びとなった」
静寂が訪れる。息を呑む音がそこかしこから聞こえた。
大きく息を吸う。この静寂の中でなら私の声が届く。
「相手はこちらにいるディオ」
「お待ちください!」
第二王子殿下の言葉を遮る。不敬だとの声が聞こえた。不敬となっても続きを言わせるわけにはいかない。
私の声で少しざわめき始めたことに臆することなく、姿勢を綺麗に保つ。見る人々に舐められないように淑女だと示す事は有効であるはずだ。
オズウェル第二王子殿下の眉が少し動き、私を銀の目で捉える。
その目を見返してから、愛しい人へと目を向けた。
ディオンの先程まで何も映していなかった空色の瞳に戸惑いが浮かんでいる。
ゆっくりと生気が感じられなかった顔を上げ、私の若葉色の瞳とディオンの目が合う。
空色の目が大きく見開かれた。くしゃりと泣きそうに歪んだ顔は、アイリス様にそっくりだ。
ディオンの顔に表情が浮かんだことに安心して微笑む。
――絶対に私が助けるわ。
ディオンがふらりとこちらに歩み寄る。王女殿下へのエスコートがするりと外れた。
それを目に留めて王女殿下の表情を見る。その顔には安堵が浮かんでいた。
――アデライン王女殿下は協力しただけなのかしら……。
安堵したということは私とディオンの婚約破棄を望んではいなかったのだろう。
ディオンを見ると複雑な感情を宿した目で私を見ている。
雄弁に語るその表情は私を待ってくれていた証だ。
――待っていてね、ディー。
必ず助けるから。
もう一度オズウェル第二王子殿下に向き直る。銀の目は冷たさに満ち、感情を悟らせない。
少しだけ手を強く握る。
これから相対するのは、自分よりも力を持った方だ。
――それでも、引かないわ。
アイリス様に習った泰然とした笑みを浮かべ、第二王子殿下を見返した。




