私の決意
婚約破棄をディオンに告げられた後、私は父の執務室へと向かった。
足取りは決して早くないけれど、一歩ずつ確実に踏み締める。
父の執務室へと着くと重厚な扉を前に深く息を吸った。そして扉を叩く。
「入りなさい」
いつもより固い父の声に目を伏せ、重い扉を開く。
「失礼します」
父は執務室の窓際に立っていた。窓からは丘にあるお気に入りの木が見える。
私と同じ若葉色の目が私を映す。
「フィーリア……ディオンくんから聞いたね?」
父の瞳には哀しみと覚悟がある。私がこの話を受け入れる気がないのがわかっていたのだろう。
「はい。その件に関してお願いがあり、こちらに参りました」
いつもとは違う畏まった言葉遣い。
これはトルメリア家当主への願いだ。
「……言ってみなさい」
寂しそうな顔で父は私を促した。
「私はディオンと婚約破棄は致しません」
自分の意志を父譲りの若葉色の瞳に込め、真っ直ぐに父を見つめる。
父は驚く様子もなく眉を下げて答えた。
「……もうディオンくんと話はついたよ」
「いいえ。貴族の婚約は国王陛下の承認がいります。それは婚約破棄も同じ事。更に今、ディーの父であるユーフィリウム侯爵は陛下の外遊に帯同し国外におり、国内にはいらっしゃいません。侯爵家当主の承認もない婚約破棄など、正式なものには成り得ません」
「……」
きっとそれは父もディオンも理解している。けれど見せ掛けの婚約破棄だとしてもディオンは絶対に自分を許さない。
「そうであれば婚約破棄は成されたように見せかけるだけです。それで本日の夜会なのでしょう。夜会の場で多くの貴族の前で発表する。そうすることで真実味を帯びさせるのが目的です」
「……何をするつもりだい?」
父は柔らかい瞳で私を見る。私が止まるつもりがないと、父はわかっているのだろう。
「きっとディーは効力のない婚約破棄でも、一度婚約破棄をした以上……私の元に戻ってくるつもりはないと思うのです。私はそれが許容できません。ですので……私は婚約破棄をさせません」
発表して真実味を帯びさせるつもりならば、させなければいい。
「お父様」
目を合わせて願いを請うために呼ぶ。
「私を本日の夜会に連れて行ってください」
父は目を伏せた。
深呼吸をする音が聞こえる。きっと、心を整えるためだろう。
「どうか、お願いです。私の……我儘を聞いてください」
前で組んでいる手を強く握り締める。私の体調では夜会という場は厳しいのはわかっている。
けれど私の中に行かないという選択肢はない。
「フィーリア……」
辛そうな若葉色の目が私を見つめる。
父の私を心配する気持ちを理解していない訳ではない。きっとディオンだって反対するような事だ。
そんな父に私の決意を伝える為に微笑む。
「私はディーの婚約者でありたいのです。最後まで」
「……」
父は哀しそうな辛そうな……泣きそうな目で私を見た。
「……フィーリア。私はね、妻と……君の母と約束をしているんだ」
父の優しい声に目を見開く。
窓から差し込む太陽の光が父を柔らかく照らしている。
「フィーリア、君を何があっても最期まで見守る、と……。君はきっと、私が反対したとしたってどうにかして夜会に行くだろう。……ディオンくんにも気づかれないぐらい、魔法はお手の物だしね」
父の言葉に思わず反応しそうになる。今ここで反応してしまったら魔法を使った事がバレてしまう。
しかし少し身を固めてしまうのは止められなかった。父はそんな私を見て苦く笑う。
「わかっているよ。昨日のディオンくんとの話を聞いていたんだろう?それならディオンくんの想いもよく理解しているはずだ」
父はそう言って若葉色の目を伏せた。その表情に眉を下げる。
私の事をずっと見守ってくれていた父が、私の行動に気づかないはずがなかった。
「……それでも、フィーリアは行くんだね?」
父の開かれた若葉色の目が私を貫く。
その意志を受け止めて、私は同じ色の目を見返した。
「はい、行きます。私はディーの『婚約者』ですもの」
微笑んで力強く紡いだ言葉に、父は穏やかに微笑み返してくれた。
雨上がりの晴れた空は、私と父を優しく照らした。




