22話「無知の知」
ルナが去った後ナギサとピーニャはエイトに聞こえないよう小声で会話していた。
「ウチはナギサのこと応援してるっすよ」
「う、うん……。学校を卒業するくらいまでにちょっとでも関係が進展してるように……」
「そんなのんきなこと言ってると、ルナさんにエイトさんを取られちゃうのも時間の問題っすよ?」
「う……。頑張るよ……」
「頑張れっす。アタックあるのみっす。ウチにできることならなんでもするっすから」
「ありがとう。ピーニャちゃん」
「どうしたんだ? 二人で喋って」
「なんでもないっすよ。女の子の内緒話っす!」
「そうです!」
「ああ……! そうか」
「じゃあウチはちょっと席を外すっすね」
そう言うとピーニャは寮の方に駆けて行った。おそらくトイレか。
「あのー、エイトさん私ってお邪魔になってませんか?」
「え? ナギサが? なんで?」
「だってほら、私、エイトさんから魔法を教えてもらったり、竜から村を守ってもらったりで、たくさん与えてもらってるのに何も返せてないじゃないですか……」
そんなことを気にしていたのか。
「確かに俺の方が強いよ。でもそれはあくまで魔法に関してだけだ。俺は家事なんて全然できないから料理をしてくれた時はすごく助かったよ」
「ほんとですか? 喜んでいただけてたならすごく嬉しいです」
「そりゃ、魔法は派手だから誰の目にもわかりやすいけどさ、地味なことでも自分や誰かのためにコツコツとやっていけばきっと大きな力になるよ」
「……。そう言ってもらえるとなんだか勇気をもらえてきました。私、エイトさんに出会えてよかったです」
「それに、ナギサの良い所はいっぱいあるよ。他にもほら……
こうして俺たちは思い出話に花を咲かせた。
ゴーン。ゴーン。ゴーン。
午後の授業開始を知らせる鐘が鳴り響く。
「じゃあ行こうか」
「はい!」
今日の術技は風魔法だ。しかし、俺を除いて、このクラスでは誰も風の基礎魔法を使えない。それだけ難易度が高いということだろう。
アーデル先生が『疾風』の手本を見せるが、誰一人真似できている者はいない。
「風と火は、土や水と比べて遥かに難しいですから気長にやっていきましょう」
俺はといえば例のごとく、授業に支障をきたさないように端の方で適当に魔法を発動させている。
そもそも、風属性の魔法はオリジナルを除けば、基礎魔法の『疾風』、風の弾を飛ばす『空弾』、そしてつむじ風を起こす『螺旋風』の3つしかないらしい。
こと風属性に関しては、既に今ある魔法で十分すぎるため、本当に学ぶことがなくなってしまったのだ。
そうだ、せっかくだしナギサの成長でも確認しようか。
「ナギサ、『風撃』を見せてくれるか?」
「え、はい。わかりました」
コホンと息を整え、詠唱を始める。
「【風よ!爆ぜろ!】」
「『風撃』!」
ボン。
空気を掌に集め、その場で炸裂させた。周囲に解放された風が吹き荒れる。
問題なく使えてるようだ。
そして、ナギサの周りに次々とクラスメイトが集まってくる。
「すごい!! ナギサもオリジナル魔法使えたの!?」
「どうなってんでんだ!? 今の!?」
「やっぱりエイトくんと一緒にいたおかげ?」
「あのっ! エイトさんから教えてもらっただけで、私のオリジナルってわけじゃないから……!」
両手を横に振りながら否定する。
「やっぱエイトかあ……。なあ俺にも教えくれよ!」
「私も!」
「あーずりいぞ俺も俺も!」
「ホムラ様から教わった魔法を私にも!」
「せっかくだし私も立ち会いますね」
クラスメイト全員が俺を囲う。それと、一緒にアーデル先生も混ざってきた。
「それで、これはどんな魔法なんだ?」
「空気を圧縮して一気に解き放つ感じかな。まず空気を一箇所に集めて、次に十分に集まったら爆発させるっていう2ステップをイメージするとやりやすいと思う」
すごく簡単に説明してみたが皆の頭の上にはハテナが浮かんでいる。
「ねえ……、空気ってなに……?」
「ああ、俺もそれが分かんねえ」
ああ、そうか。そうだったな。この世界には空気――つまり酸素や窒素なんて概念はないんだった。そこから説明しないとな。
「空気というのはだな、今俺たちの目の前には何もないように見えるだろう。でも実際には、酸素や窒素、二酸化炭素といった目に見えないほどの大きさの分子ってものが大量に存在してるんだ。で、それを操るのが風魔法ってわけ」
しばしの沈黙。やはりいきなり現代科学の話を理解するのは難しいよな。
「それっておかしくね? 見えないし、こうやって手を動かしてもそこに何かある気がしねえよ」
「疑うのも無理はないけど、実際にはそうなってるんだ」
「いや、エイトの言ってることが間違っているとかそういうことじゃないんだけどさ。むしろ、そっちの方が正しいんだと思うよ。でも、なーんか納得できないんだよなあ……」
むう。なかなか疑り深い。
「じゃあ、風魔法はどんなものだと思ってるんだ?」
「それはだな、この世界の風の元素を魔法でコントールすることだよ。そうですよね先生!?」
「ええ、そうです。例えば、魔法関係なく私達の知る風という現象もまた風の元素が風を起こしているからですね。ですので、正直なところエイトさんの仰ってる分子はにわかに信じがたいです。そういった話について議論できるのは学者くらいでしょう」
結局、俺の話は受け入れられなかった。正しいにも関わらずだ。
この世界の――特に魔道士にとっての、常識という思い込みが理解を拒むのだ。
その点、ナギサは村で必要となる知識以外は持っていなかった。そしてそれを自覚しているからこそ、新しい考えを受け入れることに抵抗がなく、むしろ自分から積極的に取り入れようとしてる。
この差は将来に大きな影響を及ぼすことになるだろう。




