21話「正妻戦争」
昨日、ルナからとんでもない宣言を受けたが、その後は何事もなく翌日を過ごしていた。
昼までは。
いつものように食堂で昼食を受け取りナギサとピーニャと俺の3人でテーブルに座る。
話を切り出したのはピーニャだ。
「そういえば、昨日はなんもなかったっすか?」
「色々あったけど……」
「やっぱ、ルナさんそっち行ったっすか?」
「なんだ、知ってたのか」
「エイトさんの部屋の場所聞かれたっすからね。ちなみに用件はなんだったんすか? またいつものように従者のお誘いっすか?」
「ん。まあそんな所」
うん。そんな所だ。きっとそう。
「エイトさんは……、ほんとに誰かのところに行っちゃたりはしないんですよね……?」
「ああ。そのつもりはないよ。まだナギサに魔法を教えきれてないしな」
「よかった……」
ナギサがほっと胸をなでおろす。
そんな安堵もつかの間、ルナが俺達の目の前に現れる。
「隣、よろしくて?」
「あ、ああ。どうぞ」
ルナが座った席の前に、メイドが食事を運んでくる。見るからに質の良さそうな肉だ。自分の食べている塩漬けの豚肉が貧相に見えてくる。
やはり貴族と庶民の俺たちでは何から何まで扱いが違うようである。
「ルナさん、本日はどうなされたんすか?」
「わたくし、これから毎日ここで食べることにしましたの」
「エイトさん目当てっすか?」
「ええ」
ためらいもなく即答する。
「でも、誰の下にもつかないそうっすよ?」
「存じ上げていますわ。ですから、わたくしが妻となることにしましたの」
ピーニャが吹き出す。ナギサはむせている。
落ち着きを取り戻したナギサが声を荒げる。
「そうなんですか!?エイトさん!?」
「いや……、これはルナが勝手に言ってるだけで俺はちゃんと断ったから……」
「なあんだ、よかった……」
だが、ルナがこの程度で引き下がるわけがない。
「それはあくまで、“今”の話ですわ。“いずれ”わたくしのモノにしてしまえばいいだけのこと」
「えー……。そんな……」
「なんですのあなた? エイトさんと婚約でもしてますの?」
「いや、そういうわけではないですけど……」
「なら、問題はありませんわね」
「……」
ナギサが言葉に詰まる。
「で、でも、私のほうがエイトと一緒にいた時間は長いですし……」
「長く一緒にいたのに何の進展もないのでしょう? ならもう諦めてはいかが?」
ナギサがぐぬぬと唸る。
「あ、そうだ! エイトさんに服だって買ってもらったんですよ!?」
「大切なのは物やお金ではありませんわ。そうでしょうエイトさん?」
「う、うん。そうだね……」
口では、ルナの方が何枚も上手のようだ。
「まあまあまあ。せっかく一緒にご飯食べるんですし仲良くいきましょーよ」
微妙な雰囲気になりかけていたのをピーニャが上手いタイミングで切り替える。
「ところで前から気になってたんすけど、ルナさんってなんでわざわざこっちの浴場くるんすか?」
「そちらのお湯の方が澄んでいますもの」
「そーなんすか? 毎日入ってるけど全然わからないっすね。まあ、そもそもそっちのお風呂を知らないから比較できないっすけど」
「こちらでは体に良いとされているものがいくつも入ってますわ。ただ、その分一つ一つの主張が強くて湯全体としての調和が取れていない状態ですわね」
「過ぎたるは及ばざるが如しってことっすか。さすが風呂姫っす。…………あっ」
一瞬遅れて自分の失言に気付く。
しかし風呂姫とはまた酷いあだ名を……。
「はあ……。なんですの、その呼び名は」
「いや別に他意はないというか、なんというか……。ごめんっす」
庶民と貴族の埋められない壁。それは時に羨望であり、時に僻みでもある。
「そんなこと一々気にしていませんわ。あなたたちがそれで日頃の鬱憤を晴らせるというのであれば、それを受け入れるのが貴族の務めですもの」
「はー。器がでかくて格好いいっすねー。惚れちゃいそうっす」
「残念ですが、エイトさん以外は眼中にありませんので」
「一瞬で振られたっす」
「あの、ルナさんは領主はどうあるべきだと思いますか?」
「ナギサも村長の娘だもんな」
「はい。ですから将来のために聞いておきたくて」
「どうある“べき”かなんて他人に聞くものではありませんわ。あなたも将来人の上に立つというのであれば、常日頃から自分で考えなさい」
まあ、そうだよな。長が他人の言われるがままに行動していたら、ついてくる人たちは不安になってくるよな。
「じゃあ質問を変えて。ルナはどういう領主になるつもりなんだ?」
「民の声を聴くこと。領主になるというのは民の生活の安寧に対して、責任と義務を負うということですわ。ならば、豊かな生活のため領地を発展させるのは当然のこととして、さらに民の望みを実現するために尽力いたしますわ。領地が豊かであることと民が幸福であることは同じではありませんもの」
心に突き刺さる。そうだ。どれだけ世界が便利な物で溢れようとも、心までは埋められない。俺のように社会から爪弾きにされる者が必ず出てくる。ルナはきっとそんな存在すら救おうとしているのだ。
「ルナさんはすごいや。私には思いつかないことばっかり……」
「今は見えなくても、たゆまず学んでいけば、自分なりの答えが見つかるはずですわ。それに、わたくし自身もこれが絶対に正しいとは思っていませんわ」
「そうですよね……! 頑張らなきゃ……!」
ナギサが決意を新たにする。
「やー。難しくてよくわからなかったっすけど、要は庶民とも仲良くしたいってことっすかね?」
「え、ええ……。まあそういうことでもありますわね……」
「じゃっ、ウチら友達として、これからも仲良くしてくださいっすね!」
「友達……。初めてですわ、そう言われたのは」
ルナが少し嬉しそうに顔を赤らめる。
「今まで貴族にも友達がいなかったのか?」
「いえ、彼女らとはそんなものではありませんわ。所詮家同士のお付き合い……。情勢が悪くなれば簡単に縁も無くなる程度の仲ですわ」
大変なんだな、貴族同士の交流ってのも。
「さて、それではわたくしはお暇いたしますわ。入浴に向かいますので」
「じゃあまたお話しましょうっす」
「ええ。また」
「正直、ルナのことを少し誤解していたよ。見直した」
「それはなによりですわ。ああ、そうそう、よろしければエイトさんもお風呂に一緒に来られます? この時間なら誰もいらっしゃいませんことですし」
「ちょっ、ルナさん!? 何言ってるんですか!?」
ナギサが慌ててリアクションする。
普通ならぜひ!とふたつ返事で答えるところだが、この状況ではそんなわけにはいかないようだ。
「遠慮しておきます」
「それは残念。次はご一緒してくださいね」
そう言い残してルナは立ち去る。
「いやー、この時間から入浴とかほんと風呂好きっすね」
こうしてルナは嵐のように過ぎ去っていった。
やれやれ、これからめんどくさいことになりそうだ。
「これから面白いことになりそうっすね!」
ピーニャだけはこの状況を楽しんでやがるな。




