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星夜見のプロテジェ〜加害者の彼と被害者の私は、星降る街で再会する〜  作者: wag


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9

「不味いな」


「あぁ、すこぶる不味い」


今日も大部屋にたむろしているノーマンとケヴィンは、各星読みたちに届いた郵便物を配布して回っているジェーンをちらちら見ながら小声で呟いた。


「なんだよあれ…」


いいのだ、ジェーンは何も責められるところはない。真面目に仕事をしているだけだ。問題は部屋の入り口で仁王立ちしている黒白頭のほう。


「見張りらしいぞ」


「誰の?彼女の?」


「多分こっち側の。

 彼女に手出しする奴がいないか見張ってるらしい」


「おーこわ。

 見ろよ、あの女史の顔」


見るとちょうどジェーンがオーレリアに郵便物を渡すところだ。ザックの手前大人しく受け取ってはいるが、その顔は苦渋に満ちていたし、何ならぼそっと何か一言呟いている。


「あれ『ありがとう』って言ってる訳ないよな」


「まぁ違うだろう」


ジェーンが働き出してからこの数日、ジェーンとザック、そしてオーレリアが大部屋に集まると、いつも星読みたちに得も言われぬ緊張感が走る。

今度もまたそこかしこで三人の様子を窺う視線が飛び交ったが、幸いオーレリアが塔での仕事に呼ばれ、そして郵便を配り終えたジェーンがザックと共に退室したことで、ふたりもようやく息をついた。


「どうなってんだ、ザックの奴」


「どうかしちまったんだよ。

 抜け駆けして彼女に仕事を頼もうもんなら、

 ザックがすかさずやってくるらしいぞ」


「そういや聞いたぞ。

 彼女の控え室に、まとめて欲しい観測データを

 勝手に置いた奴がいたらしい」


「げぇっ、勇者だな」


「どうなったと思う?

 ザックがこれでもかと丁寧にまとめて突き返したんだよ。

 ご丁寧に注釈付きでね。すげえ嫌味」


「番犬かよ、あいつ」


「寝癖も直すようになりやがって。

 おかげでオーレリア女史が爆発寸前だ」

 

「あとどれくらい保つと思う?」


「さあてね。小爆発くらいで留まって欲しいけど」


過去のオーレリアと女性職員の修羅場を何度か目撃しているふたりとしては、なるべく穏便に済んで欲しいというのが本音だ。


「ジェーン嬢が思ったより聡明で、

 よく気がつく良い子だってのも不味いよな」


「あれは女史としては気に食わないだろうなぁ」


そしてまた顔を合わせ、はぁ、と大きなため息をついた。



ーーーーーーーー


「通勤は慣れた?」


「ええ、もうすっかり」


現在ジェーンは自分の小部屋で、観測データのまとめ方についてザックに教わっている最中である。


勤務二日目の朝にデスクに観測データの山が積まれていたのには驚いたが、ザックがうまく対処してくれたらしい。だがいつかは出来るようにならないと、とお願いして、プチ授業をお願いしている訳だ。


「ジェーンは飲み込みが早いよ。

 これならすぐに俺の観測まとめもお願いできそう。

 それに字が綺麗だ。村の学校へ?」


「あら、光栄です。

 村の学校はほとんど行っていなくて。

 黒手袋の訓練所と図書館の往復だったんです」


「図書館」


「村にたまたま、首都で司書をしていた方がいらして。

 方々から蔵書を集めて、私設の図書館を作ったんです。

 結構ニッチな蔵書も多くて、

 そこを目当てに村を訪れる人もいるほどで。

 知る人ぞ知る村の名所なんです」


「へえ」


「その方が私に机をくれて、

 字の練習や分からない単語の調べ方を教えてくれました」


「そうなのか」


そんな昔話をしていると、小部屋をコンコンと叩く音がした。


「はい」


ジェーンが答えると、カチャリと扉を開けて小柄な若い女性の星読みが覗き込んでくる。


「こんにちは、ジェーンさん。

 お仕事をお願いしたいのだけれど。

 ザック、どうかしら?」


「レイチェル、どんな仕事?」


「来週の夜、大規模な観測をするの。

 ちょっと余裕がなさそうだから、

 雑用をお願いしたいのだけれど。

 頼むのはお願いした時に時間を読み上げて貰ったり、

 足りない用具を取りに行って貰ったり、

 そういうことを想定しているわ」


「なるほど」


ザックは顎に手を当てて考え込み、ちらりとジェーンを見る。


「引っ越し直後の夜勤は大変じゃない?

 もちろん夜勤翌日は休みにするけど」


「いいえ、昼間にお休みが頂けるなら、

 その時間に買い出しに行けるから好都合です」


「じゃいいか。

 レイチェル、受けるよ。

 来週のいつ?」


「水曜の夜よ」


「分かった。

 最初だし俺も行くけど、構わないかな?」


「もちろん。私の観測に不備があったら是非教えてね。

 ザックに見て貰えるなら私も嬉しいわ」


そう嬉しそうに言ったレイチェルと呼ばれた星読みは、「あ、そうそう」と付け足した。


「ザック、長官が呼んでるわよ。

 どうせジェーンのとこだろ、呼んでこいって。

 備品の購入希望どうするかって」


「あー!やべぇ、要望出すの忘れてた!

 すぐ行く!

 ごめんジェーン、少し待ってて」


「はい、ここでまとめの続きをしてます」


「くれぐれも勝手に仕事を受けないように!」


「はい、承知しております」



バタバタと長い手足を振り回してザックが出て行った後、レイチェルも「じゃ、よろしくね」と退室しようとする。


が、レイチェルは少し考えてジェーンの元に戻ってきた。

身をずいっと寄せて、ひそひそと小声で話す。


「あの、ね。ジェーンさん」


「はい、レイチェルさん」


「オーレリアと、ザックには気をつけてね」


「気をつける」


密やかに忠告に、ジェーンは目をぱちくりさせる。


「仕事をあらかた習ったら、

 早めにザックから離れた方がいいわ。

 じゃないとオーレリアが何て言うか」


「はあ」


「じゃ、グッドラック」


そう言い捨てて、レイチェルもパタパタと小走りで小部屋を去って行った。



一人残されたジェーンは肩をすくめる。


レイチェルの言いたいことは分かる。


初日に背後から自分を睨み付けていた金髪美人のオーレリアは、その後もまったく隠そうとしない敵意をバシバシぶつけてくる。

さっきも郵便を届けた際、小声で「思い上がらないことね」と訓戒を頂いた。


おおよそザック絡みで恨みを買ったのだろう。


今も昔も、彼は無邪気で、純真で、魅力的で。

そして恨めしいほど、鈍感だ。


「坊ちゃまは…変わらないわね」


彼には前科がある。

少なくとも、ジェーンにとっては「前科」と呼ぶくらいの咎が。



ーーーーーーーー



「…遅いわね」


ザックはなかなか戻ってこなかった。

課題として渡されていたデータはまとめ終わってしまい、何度か見直しも済ませてしまった。

あまり望ましくはことではあるが、今は彼の指示なしでは動けない。

手持ち無沙汰になってしまったジェーンは、ペンを弄びながら調子をつけて口ずさんだ。


「ポルフィリオ、ロサ、ノーマ。

 ベリジェリオ、オルフェ、ダ、ヴァルツドトーチ」


そのとき、ゴンゴン、となかなか力強いノックが響いたかと思うと、「お邪魔するわよ」とジェーンの返答お構いなしに誰かが押し入ってきた。


「お、オーレリア、さん」


ジェーンは思わず椅子から立ち上がる。

入ってきたのは口元に勝ち気な笑みをたたえた金髪美人、オーレリアであった。今日も隙なくメイクアップしている。


「ジェーン・カンタベリーさん」


「は、はい」


「忠告しておくわ。

 ザック様に構って頂いているからといって、

 調子に乗らないように」


「はい、オーレリアさん」


ジェーンが素直に頷くと、何が気に触ったのかオーレリアは眉間に深い皺を寄せた。そして得意げに続ける。


「あなたは知らないでしょうけれど、

 ザック様は本来あなたのような人とは、

 まったく住む世界が違うお方なのよ」


オーレリアは勝手にジェーンの前の椅子に座ると、歌うように語った。


「あなた、『老師』をご存じ?

 今はお休み中の、歴史上最も優れた天文学者。

 

 ザック様はそのプロテジェなの。

 老師がお取りになった5人のプロテジェ…

 私たちは彼らを『老師の五兄弟』と呼ぶわ。


 ザック様はその最年少にして、

 老師の叡智を余すところなく受け継ぐ希有な存在。


 上の四人のお兄様は老師と共に塔を出られたから、

 彼だけが現存する老師の語り部なの。 


 さらにはご実家は大変な名家でいらっしゃる」



『最後のは知ってます』とは口に出さぬまま、ジェーンは殊勝に頷き、元の椅子に腰掛ける。


「だからこそ、付き合う人間は選ばなくてはならない。

 あなたのような」


とここで言葉を切り、たっぷりとジェーンの黒手袋に侮蔑の視線を注ぐオーレリア。


「…あなたのような方と、

 長く交わってはいけないのよ」


「心得ております」


「そもそもですけれど。

 あなた方のような方がこの塔に出入りすること自体、

 私は我慢ならないのです」


オーレリアは細く整えた爪でカツン、と机を叩く。


「あなた方みたいな欠陥品が、

 それを盾に過分な恩恵を受けて大きい顔をするなど、

 厚かましいったらありゃしない。

 しまいにはその欠陥を武器にして、

 ザック様に近づこうとするなんて」


「ち、ちが」


「口答えするつもり?」


思わず否定したジェーンの言葉を、オーレリアはぴしゃりと退ける。


「さぞかし良い思いをしてきたんでしょうね、

 この手で」


そう言って、長い爪で汚物をつまむようにジェーンの黒手袋をつまみ上げた。


「黒手袋というだけで、

 こうも簡単にザック様のお傍に侍るなんて。

 私の努力なんて、微塵も分かりはしないんでしょうね」


そしてぺっ、とゴミを捨てるようにジェーンの手を撥ね除け、


「身の程を知っている、というなら。

 すぐにこの塔から消えなさい」



世界の隅っこで、欠陥品らしくうなだれて朽ちれば良い。



そう言い放ち、オーレリアはジェーンの目をまっすぐに睨み付けた。



『・・・すごい、敵意ね』


オーレリアの目論みに反し、ジェーンは冷静だった。

強い敵意を真正面からぶつけられ怯みはしたが、伊達に10年も黒手袋をやっていない。


すぐに心を立て直し、すっと頭を下げた。


「オーレリアさんの仰るとおりです。

 私たちは皆さんの善意で生かして頂いている。

 申し訳ございません」


大切なのは最初に譲歩すること。


「ですが、国のお膳立てあってのことと知っても、

 普通の生活を望むのはいけないことでしょうか」


その上で、柔らかく、しかし主張すること。


「この求人を得たのはたまたまで、

 そのように崇高な場所だとは知りませんでした。

 

 オーレリアさんの仰ることも分かりますが、

 私はせっかく得た就職のチャンスを、

 みすみす捨てることはしたくないのです」


そして自分の居場所は、しっかり踏ん張って守ること。



はっきりと言い切ったジェーンを、何か不可思議な物を見るように顔を歪めたオーレリアは、


「…忌々しい。汚らわしい。欠陥品が」


とまた吐き捨て、乱暴に立ち上がって扉を開け、足音荒く出て行った。




…なんとか切り抜けた緊張感あふれる局面に、ジェーンは心からほっとしてずるずると身体を椅子に沈み込ませる。



『欠陥品、欠陥品って。 

 ずいぶん言ってくれるわね。


 誰が私をその欠陥品にしたか、

 聞かせてやりたいわ』



そして、小さい頃と変わらず、こういう時には決して助けに現れないザックに、ジェーンは辟易したのだった。

明日から平日は1日1話、18時です。

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