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「・・・と言うわけで、
誰か『義務枠』の案内役をやってくれ」
星読みたちが集う定例ミーティングの場で、実務長官メーガンが切り出した。
とたんにざわつく室内。
「どんな方ですか」だの「経歴は、最終学歴は」だの次々に質問が挙がる。ノーマンのように義務枠を使いたがる星読みは他にもいるようで、まるで競りのようなギラついた目をした者がちらほらいた。
「若い女性だよ。
学歴はないがしっかりしてる。感じの良い人だ」
『若い女性』に反応して幾人かは高揚し、幾人かは落胆している。ノーマンあたりはそわそわと、果たしていつ手を挙げようかと周りを窺っている。
「業務もある中多少の負担になるだろうが。
すまんが誰か……
な、お、お前」
メーガンの視線が、集まる星読みたちの中頃、高く挙がった白手袋の手に向く。
「ザックお前、冗談はよせ」
「冗談じゃないですよ。
俺がします、その案内役」
誰よりも早く手を挙げたのは、今日も黒と白の髪を寝癖に跳ねさせたザックだった。
「嘘だろザック」
同僚に先を越されたノーマンが顎を落とさんばかりに大きく口を開けて嘆いている。
「すみません皆さん、譲ってください」
周りをずいっと見回して静かに圧をかけたザックに、それ以上物を言う者はいない。
「…分かった、じゃあザックはこの後執務室へ」
その一言で解散となり、珍しく真面目な顔をして長官の後について消えていったザックを誰もが信じられないといった顔で見送っていた。
「……おい、どうなってんだ。
どうしちまったんだ、ザックは」
「分からん。
が、あのモードに入ったザックに逆らえる奴はいないだろ」
普段大半が怠惰な様子しか見せないザックのただならぬ様子に、ノーマンとケヴィンはすかさず集まって首をひねる。
「あぁ~、面倒くさいことになりそうだ」
「まったくだ。見てみろよ、
オーレリア女史のあの顔」
二人が盗み見たのは、ある一人の女性の星読みの顔だ。
化粧で濃く縁取られた目と唇を呆けたように開けて、ザックが消えていったドアを穴が開くほど見つめている。
「せっかくの義務枠、
辞めさせられちゃ困るんだけどなぁ…」
「もう手遅れだ。
ザックに近づいた女性職員は皆女史に追い出される。
一人残らずだ」
「女史ももう諦めればいいのにな。
ザックはプロテジェを取らないんだから」
「まぁ野心家の女史としては諦める訳にはいかないだろ。
なんせザックは現状唯一の『老師のプロテジェ』だ。
実績は実質ナンバーワンだからな」
「しかもどうにかして色恋に持ち込めば、
名門ケンドール家の血筋も獲得に近づくってもんだ」
「まぁ女史もなまじっか優秀で美人だからな。
理想を引き下げるのも悔しいんだろ。
断られ続けるのもプライドが許さないからって、
ザックの周りを攻撃しまくって牽制するのは、
本当どうかと思うけど」
「あぁー、
せっかく可愛い義務枠が来たのに。
優しく可愛く起こしてもらおうと思ったんだが」
「だからそれはお前が可愛い嫁さんを貰えばいい話」
顔を再度見合わせた二人は、
はあ。
と二人同時に特大のため息をついた。
ーーーーーーーーーー
「いったいどういう風の吹き回しだ」
執務室に入ったザックが扉を閉めるのを確かめた長官は、すぐさまザックに問いただす。
「深い意味はありませんよ。
これまでの義務枠があまりに長続きしないので。
皆好き勝手働かせすぎなんですよ。
誰かがマネジメントしないと」
「それが本当なら殊勝なことだな。
うちは義務枠が長続きしないから、
それ用の補助金も雀の涙なんだ」
「で、いつからです?」
「1週間後だ。
これから転居や住居の手続きをするらしい。
そうだ、役所ではサイゴンが担当したらしいぞ」
「サイゴンさんが…そうですか」
「まぁお前がやる気を出してくれるのはいいが、
せっかくの義務枠だ。
オーレリアに気をつけろよ」
その名前に眉を顰めたザックは、顔を逸らしごく小さく舌打ちする。
「お前の周りを潰そうとするのは分かってるだろ。
あれの執念もなかなかのもんだ。
もうお前の女房気取りだぞ」
「それこそ冗談じゃないですよ」
「とにかく、近づけるなよ」
「善処します」
ほら、履歴書。と手渡された書類を手に、ザックは執務室を後にした。
歩きながらすぐにそれを捲り、目を皿のようにして隅々まで読む。
「やっぱりヘンドリックの推薦だ」
年齢、黒手袋になった時期、全て合致する。
だが。
「ジェーン・カンタベリー…
名字が違う」
ザックはふと足を止めた。
『別人か。
それとももう…誰かと結婚したか』
記憶の中の大きな緑の瞳が揺れる。
胸の奥のほうで、少年の自分がショックを受けて立ちすくむ。
ふ、と口の端から自嘲めいた吐息が漏れた。
「サイゴンさんが会ったと言ってたな。
聞いてみるか」
大きなフードを被り、ザックは久しぶりに山を下りることに決めた。
ーーーーーーーーーー
「お久しぶりです、ヘンドリックさん」
「ああお久しぶり、ザカライア坊ちゃん」
海側エリアに建つホテルのロビーで、ザックは旧知の人物と会っている。
「坊ちゃんはやめてください。
ザカライアでもない。
ここではザックと」
「すまないすまない。
で、よくこのホテルが分かったな」
「役所のサイゴンさんに聞きました」
「彼か。知り合いか?今回とても良くしてくれた。
世話になったよ」
「まぁそれはいいんです。
もしかして彼女ですか、あなたが連れてきたのは」
真剣な目をして前のめりで問い詰める、余裕のないザックの様子に、思わずヘンドリックは笑った。
「あぁ、そうだ。
君がずっと待っていた、ジェーン・タンストール。
彼女だよ」
自分から聞いておいて、その言葉を聞いたザックはしばらく口を開けて呆けてしまっている。
「君に頼まれたことをしたまでだ。
『もしジェーンが銀行に金を下ろしに来たら、
何でも良いから世間話をしてくれ。
どこに住んでいて、何をしているか。
顔色を見るだけでもいい。
小さなことでも教えて欲しい』
…そうだったよな」
「だからって、連れてくることないでしょう」
「彼女が言ったんだ、職を探しているとね。
で、たまたま別口から求人を得ていたから、
紹介したまで」
「彼女は俺がここにいることは?」
「知らないさ。
もしかしたら忘れているかも」
ぐ、とザックの胸に言葉の刃が刺さる。
そうだ、もう10年以上経っている。
忘れられていても仕方がない。
自分はまだ、こんなに囚われているというのに。
「ジェーンと一緒に遭った事故で、
君は髪色が変わった。
それに背も伸びたし、顔つきだって大人になった。
ザックとだけ名乗られても、気付かないかもしれない」
ザックは自分の白髪の前髪をつまむ。
ジェーンと自分は、幼い頃大きな事故に遭った。
その影響で、自分の髪は半分の側に白髪しか生えなくなった。
でもそれは、
「ジェーンだって、髪が白くなった」
「ああ、そうだな」
事故の被害がより大きかったジェーンは、すぐさま髪の色素が抜けてしまった。綺麗な栗色の髪が好きだったのに、真っ白になってしまった。
『…でも、白い髪のほうがもっと好きだった。
俺と揃いなのも嬉しいと思ってる』
またザックの心の中の少年が騒ぎ立てる。
気付いて欲しい、会いたい、と。
「カンタベリー、というのは」
「あぁ、母君が再婚したらしい。
彼女にとっては名字が変わったのは良かったろう」
再婚、母君が。
あからさまにほっとしてしまった吐息を隠すように、珈琲を一口含む。
「いずれにせよ、
彼女は独立の一歩を踏み出そうとしている。
どうかよろしく頼むよ」
「…えぇ、ヘンドリックさん。
俺ができる限りサポートします」
「言っておくが、彼女は普通のお嬢さんだぞ。
絶世の美女でも悲劇の主人公でもない。
…過度に美化するのはやめろよ」
痛い指摘にザックは苦い珈琲を無理して飲み干し、
「心得てます」
とだけ告げた。




