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「ここが第一候補です」
本日はサイゴンに連れられ、リーゼロッテとジェーン、二人の住居を探しに来た。
『庇護を受ける者』用の住宅は公的に作られ、管理・斡旋もおおよそ役所が行っていることが多い。そのため職員のサイゴン自ら内見に連れ出してくれているのだ。
「どう?外観は」
「わたくし、本当にわからないの。
ジェーンが見立ててくださる?」
困惑しながらも相変わらずちょっと尊大なお願いをするリーゼロッテに、ジェーンは笑ってしまう。
最初に連れてこられたのは「海」と「山」の丁度中間ほど、ケーブルカーの停留所近くにある、坂道の中に建つメゾネットだ。両隣数件は同じ形状の建物が並び、ここが「黒手袋」用に作られた区画だということが分かる。
「綺麗ですね。もしかして新築ですか?」
「できたのは昨年なんですが、未入居です」
「すごい!」
大通りから横道に入ったところにある家を眺める。
坂道の傾斜をならした場所に建てられた、赤茶色の煉瓦の細長い建物。窓を数えるとなんと三階建てだ。植物の蔦のような装飾のアイアンワークの門を押してくぐり、サイゴンは鍵穴に鍵を差して回す。
「このとおり、物理の鍵式です」
「助かります」
中を案内しながらサイゴンは流暢に仕組みについて説明した。
「1階は水回りとダイニング・リビング。
お手洗いは手動水洗ですが水の補充は必要です。
あと汚物タンクの中身は黒手袋で転送か、
もしくは都度業者に連絡ください。
キッチンの水道は川の水を配管を使って引いています。
このコックをひねると・・・このように水が出ます」
「すごいわ」
この世界では、魔力がある人は皆、必要な分だけ水を自分で作る。そうして魔力で作り、生活に使用して汚れた水は下水を通って一カ所に集められ、また魔力を使った熱で焼却・蒸発させることで世界の水分量のバランスを取っている。その熱のエネルギーを使って色々な機械を動かしてもいる。
だが「庇護を受ける者」は簡単に水を作れない者も多い。
そのためこうして、川の水を利用することがあるのだ。
ジェーンが住んでいた村では、配管を使った水道など整備されていなかったから、ジェーンは大きな瓶に水を汲み料理や洗い物に使っていた。
「2階に2室、3階に1室、それぞれ部屋があります。
階段が広いので、家具の運搬も問題ないでしょう」
確かに幅の広いしっかりした階段を登り、三階の部屋にやってきた。
「眺望は…こうです。
ご覧なさい、ちょっとした自慢なんです」
木枠を押してサイゴンが開けた窓の外からは、明るい港町の光景が一望できた。
「わあ、すごい」
「反対側の窓は、ほら」
今度は反対側の窓を開けると、
「凄い、『夜の街』も見える!」
「そうなんです、いいでしょう?」
山肌に張り付く夜の街を見上げることもできるという、どう見ても好条件の家だった。
「リーゼロッテ、ここがいいわ!
ここでいい?」
「え、えぇ。
でも、本当にいいの?ジェーン」
…実は、ジェーンはしばらくの間、リーゼロッテと一緒に住むことに決めたのである。
面接に行った日、ホテルで大人しく待っていたリーゼロッテが帰ってきたジェーンたちを見るなり、必死でいからせた肩をほっとさせる様子を見て、放っておけないと思ってしまった。たった数時間ではあったが、リーゼロッテにとっては途方もない孤独だったようだ。
何よりジェーン自身、リーゼロッテのことをちょっと可愛いと思いはじめていた。
新たな生活を始めるのに、それを共にしてくれる人が傍にいるというのは、案外嬉しいものである。
「決めるのは最後まで家を見てからになさい。
さ、また1階まで下りますよ」
お兄さんのようにたしなめるサイゴンに連れられやってきたのは、家の裏口。
「ここを開けると、共用の庭です」
「共用?」
「このあたり一帯の、です。
お察しの通り、この辺は行政が作った黒手袋用の区画。
集合住宅なんですよ」
バタン、と扉を開けるとそこには、言うとおり、よく手入れされた芝の庭が広がっていた。どうやらこのブロックは、四角い土地の端にぐるりと家が建ち並び、その中央にこの庭がある作りのようだ。その辺りを見るとちらほら洗濯物が出ていたりする。
「小川だわ!なんて水量!」
そしてその庭の真ん中を、街の傾斜を滑りたっぷりの水が流れる、綺麗な小川が突っ切っていた。敷地は上下二層に別れていて、ジェーン達のいる海向きの家が低い方、一段高い土地に山向きの家が立っていて、上下の敷地を石造りの階段が渡している。
「それだけではないんです。こちらへ」
サイゴンが連れてきたのは川の途中、上の土地から階段を下りてすぐに作られた簡易な東屋だ。見て、と言われるがままのぞき込むと、川に接して大きな穴が掘られ、中にすり鉢状の大きな樽が設置されていた。
「ここをこうする」
サイゴンは板で出来た水門を手で引っ張り上げる。と、速い水流を保ったまま川の水が樽に水が流れ込み、ぐるぐると渦を巻き始めた。
「これは?」
「こうです」
サイゴンは自らの胸ポケットからハンカチを樽に投げ入れた。すると激しい水流にもまれ、ハンカチは木の葉のように激しく翻弄される。樽の板は隙間が空いていて、勝手に排水されまた川に合流していき、溢れることもない。
「も、もしかして!」
「そうです、自然の洗濯機です」
また器用に樽からハンカチを引っ張り上げたサイゴンは慣れた手つきで水気を絞り、パンパンとはたいて皺を伸ばす。
「いいでしょう?」
「最高だわ!」
ジェーンは大興奮である。
「さあ、これで全部だ。
ここに決めますか?」
「ええ、お願いします!」
「よろしい、食料品店は歩いて3分、
ケーブルカー乗り場は大通りに出てすぐです。
すぐに手続きを」
こんなに良い物件を紹介してもらえるなんて。
おろおろジェーンを見上げるリーゼロッテに、
「最高よ、私が保障するわ」
と耳打ちし、必要な手続きをサイゴンに委任して今日は解散となった。
「ホテルまで送らなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫です、自分でやってみます」
「それは頼もしい。
では数日後にまた役所でお待ちしています。
その際に鍵と周辺地図をお渡ししますよ」
「何から何までありがとうございます」
なんのなんの、と去って行くサイゴンを見送り、ジェーンはリーゼロッテと共にケーブルカーに乗りホテルまで帰ってきた。
最初おそるおそるといった様子で手すりを必死で掴んでいたリーゼロッテだが、下りる頃には目を輝かせて、風を楽しんでいたようだった。
「ヘンドリックさんはどうしているかしら」
とホテルのロビーを見渡すと、丁度誰かとお茶をしている彼を見つけた。大きなフードを被った誰かと話している。
「ヘンドリックさんですわね?あれ」
「ええ、今はお邪魔しない方がよさそう。
行きましょ」
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「それではお二方、お元気で」
「ええ、本当にありがとう。
道中お気を付けて」
そしてあっという間に、ヘンドリックの休暇が終わりを迎え、首都に帰る日がやってきた。
まだホテル棲まいの二人は揃って彼の見送りに出ている。
朝早くのロビーには他に誰もおらず、フロントの紳士が愛想よく会釈してくれるくらいだ。
「どうしましょう、不安だわ」
「大丈夫だ、リーゼロッテ。
ここ数日の君はよく頑張っている。
これなら安心だよ」
リーゼロッテは黒手袋の起動こそできないものの、一人で水を汲んだり、現金で買い物をしてみたり、様々なことに果敢にチャレンジした。
その様子をヘンドリックは目を細めて微笑ましくみていたものだ。
「ヘンドリックさん、
どう御礼を言ったら良いか」
「カンタベリーさん、こちらこそ。
リーゼロッテを頼みます。
お仕事も今日からでしょう?
どうぞお体に気をつけて頑張って」
「ありがとう、銀行宛にお手紙を書いても?」
「ああ、歓迎するよ」
そして固く握手し、駅へ向かって歩き出すヘンドリックを見送る。
リーゼロッテは不安そうに、彼の背中がすっかり見えなくなるまで身じろぎもせず見つめ続けていた。
「・・・リーゼロッテ、中に入りましょう。
私も今日から仕事だけど、週末には引っ越しだわ。
荷物の整理をしないとね」
「・・・ええ」
うっすらと滲んだ涙を隠すように、リーゼロッテは力強く微笑んだ。




