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ローテーブルを挟んでソファに腰掛けた、疲れた表情の壮年の男性。ジェーンを値踏みするように一瞥したあと、しわがれた声を出す。
「実は現在、所長が出奔して留守の状態でしてな。
面接を担当します、実務長官のメーガンです」
「出奔、それはまた。
ご苦労お察し致します。
推薦人の首都銀行副支店長、
ヘンドリック・マーベリックです。
こちらがジェーン・カンタベリー嬢」
「ジェーン・カンタベリーと申します」
…ヘンドリックに連れられて訪れた星夜見の塔は、これまでジェーンが見たどの建物よりもロマンチックな場所だった。
まず、リーゼロッテにはホテルで休んでいて貰い、ベルウェン市街にやってきた。
細かい砂利を踏みしめて敷かれた滑らかで幅の広い道路を、馬車だけでなく魔導自動車や自転車、徒歩で多くの人が行き交っている。
街灯には風見鶏やくるくる回る風車のような風速計、はためくフラッグが付けられていて、風を見ているんだなぁ、と港ならではの風情をを感じた。
明るく開放的な港町、そんな言葉が似合う場所。
夏の日の光を燦々と浴び、街全体が発光しているようだ。
「カンタベリーさん、
ベルウェンの異名をご存じですか」
ヘンドリックは歩きながらジェーンに問いかける。
「『昼と夜の街』でしょうか」
「そうです。その由来は?」
「そこまでは」
「よろしい。
今歩いているのが『昼の街』海側エリア。
面した湾を利用した漁業と交易が盛んなエリアだ。
シーフードならフィッシャーマンズワーフがいい」
「なるほど」
カニならあの店、エビならあの料理、とあれこれレクチャーを受けながら、どんどんと二人の足は港から遠ざかり、山のほうに向かう。
「坂道が多いんですね」
「そうです、
この街は港から急速に山を駆け上ります。
足腰が強くなりますよ。
でも今日はケーブルカーに乗りましょう。
無料ですから安心して」
ヘンドリックが指すほうを見ると、どんどん急勾配になる道の真ん中を、地面を走る魔導ケーブルカーが力強く上っていく。車体は窓も壁もない、屋根の下には柱と手すりだけのむきだしの形になっていて、客の多くはステップから身を乗り出すように立ち乗りしている。停留所もあるようだがどこで飛び乗ってもいいようだ。
「飛び乗れますか」
「もちろん」
背後、坂道の下からやってくる車両に狙いをすまし、ジェーンはワンピースの裾を軽くつまんだ。
あっという間にふたりの真後ろに追いついた車体の、ほんの傍まで小走りで駆け寄ると、最初にヘンドリックが車両に飛び乗って手すりを掴む。
「カンタベリーさん!」
そう言って差し出された手を掴み、ジェーンはケーブルカーに飛び乗った。引き上げられるまま手すりを掴むと、スピードを緩めることなくどんどんジェーンの身体を運んでいく。急勾配の坂道を風を切って上る爽快な気分だった。
「…お疲れ様でした。
ベルウェンに来たからにはこれに乗らないとね」
ケーブルカーの風を終点まで楽しみ下りた先は、先ほどまでと違い石畳の立派な道だった。
ヘンドリックも晴れやかな顔で声を弾ませる。
「ずいぶん高いところまで来ましたね」
来た坂道を見下ろすと、港が遠く小さく見える。
「ええ。
ここからが『夜の街』山側エリアです」
あれを、と言ってヘンドリックの視線を追うと、彼は山の頂上を見上げていた。
高い高い山の頂には、高い木は見当たらない。
風にそよぐ草原の中に、なにやら巨大な円柱に丸いアイスクリームが乗ったような建物が天を突くように生えていた。
そしてその隣には、いくつもの塔がぎゅっと寄り集まるように建っている。
「あれがあなたが向かう『星夜見の塔』。
そしてここからが、『夜の街』です」
ケーブルカーから下りる人々が向かう方向を、ヘンドリックは指した。
石畳の道は徐々に細くなり、山の斜面を蛇のように這っている。
その両脇には、鋭い三角屋根の煉瓦造りの家々。
山の高低差によりまるで山の木々のように見えるその煉瓦の街は、今はどこか静かに眠っているように見える。
「私たちはこっち」
と案内されたのは、ケーブルカー降り場からほど近い場所だ。
看板には「星夜見の塔 職員用ゴンドラ」とある。
「今度はゴンドラですか」
「なにぶん頂上まで行かなければいけませんから」
ヘンドリックは慣れた様子で職員に話しかけ、面接目的であることなどを伝え使用許可を申し出ている。あっさりと許可は下り、今度は太い架線に吊り下げられたゴンドラに乗りこんだ。
ゆっくりと滑るように登り出したゴンドラ。
幸い他に乗客はおらず、気兼ねなく会話することができた。
「国立天文学研究所、通称星夜見の塔。
天に関わることならなんでもござれの、
総合研究所です。
研究者たちは「星読み」と呼ばれ、
それぞれ好き勝手に研究してる。
研究オタクたちの巣窟ですよ」
「大きな施設なんですね」
「ええ。
ここには世界最大級の天体望遠鏡があります。
それを扱える技量の者しか就職できないので、
研究者としては憧れの場所なのですが。
いかんせん学者というのは変人が多い」
わざとらしく呆れたように肩をすくめるヘンドリックに、ジェーンも思わず笑ってしまう。
「つい先日もやらかしましてね。
稀代の変わり者と言われた所長と国が喧嘩して、
所長が職務を放り出してしまったらしい」
「それは大丈夫なんでしょうか・・・」
さあてね、と首をかしげるヘンドリック。
「行方知れずだそうなんですよ、その所長。
だがまぁ何とかなるでしょう」
半ば強引に会話を切られてしまい、ジェーンは一気に不安になる。
『もしかして、とんでもない場所に来ちゃったかも』
「ところで、街が見えますか」
ゴンドラの窓からは、先ほどまで見上げていた煉瓦造りの街が足元に見えている。
「これが『夜の街』。
ここらの店は占星術の店が多いんです。
「星読み」の中には占星術に詳しい者も多くてね。
塔を辞した者、副業としてやる者、いろいろだ。
色とりどりのランタンやステンドグラスが灯り、
目当ての占星術師のところに観光客が集まる。
彼らの腹を満たすための飲食店も主に夜の営業だ」
「だから夜の街、なんですね」
「そう。まさしくあの塔を中心に回っている街です」
…そしていよいよ到着した「星夜見の塔」。
ジェーンは面接の緊張から、大きく息を吸って、吐いた。
間近で見上げるとより大きく見え、石造りの壁がどっしりと堅牢に連なっていた。屋根の青緑色の瓦はどこか可愛らしい。
はめ込み窓には透明度の高いガラス、星見のための小さな開け口が別についている。
「中へ」
扉をくぐった中は、まるで異世界だった。
らせん階段に無造作に置かれた天球儀や望遠鏡、ドアには星座を模したモールがつり下がってゆらゆら揺れて、天井には昼なのに夜空が映し出されている。あれは絵画ではなく魔道具による映写だ。
階段の手すりを魔導式の運搬リフトが大量の書物を乗せて登っていく。
時折どこからか帚星のような光が走り、ドアの中に滑り込む。
観測窓の下で眠りこける研究者がいて、何やらハーブを焚きしめてその煙を色とりどりの石に浴びせている研究者もいる。
多くの人の息づかいがするが、騒がしくはない。
誰もジェーンを見ず、どこか怠惰に、静かにまどろんでいる。
『なんて…ロマンチックなのかしら』
見る人が見れば、この上なく整理されていないだらしない研究所に見えるだろうが、ジェーンの目にはそれがロマンに溢れているように見えたのだ。
「なんて素敵な場所なのかしら」
「この惨状を見てそう言える貴女こそ素敵な人だ、
カンタベリーさん」
呆れるように言い放つヘンドリック。
そうして階段を上った先の執務室で、ついに面接と相成ったのだ。
「カンタベリーさん、
黒手袋は問題なく扱えますか」
「はい」
「どんな制限が?」
「そうですね。
まず、道具なしでの純粋な魔法は使えません。
あと、簡単な魔道具の起動は大丈夫なんですが、
大型や長く動くものは難しいです。
例えばさっき見た階段を上るリフトとか、
魔導自動車とか」
「なるほど。
…事故による回路損傷、ですね。
念のためこちらの器械の起動を」
面接の中、長官から差し出されたのは半球状の魔道具。
示された場所に手を置き、黒手袋を介して起動すると。
「わぁ、星空だわ。
プラネタリウムですね」
まだ明るい中でもはっきりと見える、高輝度の星空が天井に映し出された。
「よくご存じだ。
どこかでこれを?」
気まずそうに身じろぎするヘンドリックの気配がする。
「実は、小さい頃に見たことが」
「そうでしたか」
ヘンドリックが気まずそうにするのも分かる。
ジェーンが遭った事故には、そのプラネタリウムが関係していたからだ。
当時の新聞を読んでいた者なら皆知っている。
「ひとまず、もし貴女がここで働いてくれるなら、
私たちは歓迎しましょう。
前任たちは研究者の依頼を個々に受けて動いていました。
あなたも好きになさるとよろしい」
「え、と、仰いましても。
何をどうしたら良いやら」
「ああ、その辺はまず案内役を付けますよ。
いつから勤務可能ですか?」
ジェーンはヘンドリックを窺い見る。
「これから転入手続きと転居がありますから。
1週間は見てください」
答えられないジェーンの代わりに、ヘンドリックが答えてくれた。
「では1週間後。
朝にここに来てください。
始業時間は特にありませんが、私は9時にはいます。
ゴンドラの乗車証を渡しておきます。
期日を遅らせたければ連絡をください」
「あ、ありがとうございます。
あ、そうでした、
役所のサイゴンさんが長官様によろしくと」
思い出したジェーンが告げると、途端に長官は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「様、は要りませんよ。長官、で。
サイゴンもすっかり役人が板についてきたようで」
長官が小さく発した「…あのやろう」という言葉は、聞かなかったことにした。
あれよあれよという間に採用が決まり、乗車証を受け取って帰路に就く。
山を滑り降りる、まだ日が高いうちのゴンドラには、やっぱり誰も乗っていない。
「…私はずいぶん、あなたに無神経なことを」
ヘンドリックが目を伏せて呟いた。
「プラネタリウムのことですか。
…気にしないでください。私星は好きなんです」
「ですが、悪い思い出が蘇ったりしませんか」
その言葉に呼び起されるように、ジェーンの脳裏に遠い夜の残像が過ぎる。
電撃の痺れと、繋いでいた手の焼け付くにおい。
弾き飛ばされていった、水色の目の男の子。
彼はどうしているだろうか。
もうきっと、二度と会うことはないのだろうけれど。
「…しませんでした。
意外と大丈夫みたいです」
にこ、と歯を見せて笑ったジェーンに、ヘンドリックは頬を緩めて微笑んだ。
本日はここまで。明日、明後日は1日2話更新します。11時、18時です。
どうぞよろしくお願いいたします。




