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星夜見のプロテジェ〜加害者の彼と被害者の私は、星降る街で再会する〜  作者: wag


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4

「お前、観測サボるんじゃねえよ。

 たんまり予算もらってるんだから」


かつん、かつんとペンで机を叩く軽い音をさせながら苛立ちを隠さない上司の前に立ち、青年は誤魔化すように肩をすくめた。


「すみません、長官。

 ちょっと雲行きが怪しかったもんで」


「まぁ、確かにそうだが。

 お前は諦めが早ぇよ、夕食頃にはもう晴れてたろう」


ここはベルウェンの山頂に座する天文学研究所「星夜見の塔」、その実務責任者である長官の執務室である。


珍しく朝午前から出勤命令が出たと思ったら、呼び出されてお小言を頂戴した青年は、白い手袋を身につけた手で怠そうに前髪をいじる。


「まさか、五兄弟のうち塔に残ったのが、

 よりによってお前だけとは。

 いちばん怠惰で、いちばんいい加減な末っ子が!

 なあそうは思わんか、ザックよ」


ザック、それは今まさにあくびをしながら上司の説教を聞き流す青年の名である。右半分が黒、左半分が白という特徴的な髪色をしたひょろりと背の高い青年は、こう見えてれっきとした「星読み」、天文学者である。


「少しは反省したのか!」


「分かりましたよ、観測は今夜から本気出します」


「まったく、

 老師もなんでこんなのをプロテジェにしたんだか」


「さあ、その辺は俺もさっぱり」


「まぁいい、今日はこの後面接があるんだ。

 どこかの所長が放り出した仕事の穴埋めがな」


行っていい、とペンでびしりとドアのほうを指されたザックは、ひらひらと手を振りながら退室した。



ザックは強い朝の日差しにくらくらしながら、窓から見える一際目立つ建物を眺める。

彼らの研究施設の誇る、世界最大級の天体望遠鏡「ノーヴァ」。

その傍に建つ石造りの研究棟、そこに日夜たむろす数多の研究員達。



ーー「星夜見の塔」は、本日も通常営業である。



「おい、久々の『義務枠』だってよ」


研究者達の大部屋に戻ったザックは自分のデスクに掛ける。椅子にどっかりと座って足をデスクに乗せ、久々の朝出勤で眠い目を擦った。


「なぁザック。

 義務枠だぜ。いい奴が来ると良いな」


他所で行われていると思った雑談の矛先が急に自分に向き、閉じかけた目を薄く開けてザックは笑う。


「何をそんなに期待してるんだよ、ノーマン」


ザックの同僚天文学者のノーマンがやたら興奮している。


「いやー、『義務枠』好きなんだよ、俺。

 彼ら真面目な奴が多いだろ?

 色々頼んでも一生懸命やってくれるからさぁ」


「お前は色々頼みすぎなんだよ」


別の同僚、ケヴィンも話に参加する。


「なんだっけ?

 観測データの整理に参考書籍の調達、

 器具の準備と片付け、

 あと目覚ましと食事の調達だっけ?」


「あと眠気覚ましの珈琲も淹れて貰った」


「そんなんプロテジェの仕事だろ!!

 それか嫁さん!!」


ープロテジェ。それは「弟子」を意味する言葉である。

この星夜見の塔では新人研究員の多くは先輩研究員のプロテジェとなり、雑用を手伝いながら研究のイロハや知見を学ぶ。そうして一流になったら独立していくが、関係は密に続いていくことも多い。


「いやぁ、プロテジェだと見返りに教育しなきゃじゃん。

 その点『義務枠』はそれが要らないからさあ」


「駄目だ、こいつ」


ケヴィンに見限られたノーマンは一向に気にしない。


「でも長続きしないんだよなあ」


「まぁ、この天が回り続ける限り、

 昼も夜も稼働してるからな、この塔は」


この塔では星、月、太陽、その他惑星、天気、果ては占星術に至るまで、空に関わることはすべて研究対象となっている。そのためせっかく『義務枠』で入った者も昼に夜にと使い潰され、長続きしないのだ。


「誰も勤務時間をマネジメントしないんだ。

 そうなるのは当然」


ザックも目の下に隈を作って駆けずり回る黒手袋の男を見たことがある。

『うまく休めば良いのに』と他人事に流し見ていた。


「今回は女の子がいいなあ。

 それなら優しくできそう。

 可愛い子なら尚いい」


「救いようがないね」


「でもまぁ、推薦人からは期待できないね。

 首都の銀行員からだってんだから、

 きっと堅物の男だぜ」


大げさに嘆いてみせるノーマンを無視して、ザックは目を閉じた。


『首都の銀行員…まさかな』


もはやすり切れるほど思い返した記憶の中の、白く流れる髪が瞼に映る。


彼女は今、どうしているだろうか。


ザックは襲い来る眠気に抗うことなく、その意識を手放した。



ーーーーーーーー


「カンタベリー、さん、の、髪。

 珍しい色ですわね」


「ジェーンでいいわよ」


リーゼロッテのためにまずは役所にやってきた三人は、来客用のベンチに並んで腰掛けて呼び出しを待っている。


「ジェーン」


「そう。珍しいでしょ?真っ白なの」


「ええ。綺麗だわ」


「そう?おばあちゃんみたいじゃない?」


「いいえ、瞳が緑なのもいいわ。

 とっても神秘的。妖精かエルフみたい」


なぜかリーゼロッテから褒めちぎられ、ジェーンのおしりがむずむずしてくる。


そこに、「お待ちの方、どうぞ」と呼び出しがかかった。


お掛けください、と対応してくれたのは涼やかで知的な目元の、長髪を後ろでくくった若い男性だ。


「サイゴン、と申します。

 今回は『庇護を受ける者』の方の転居ですね」


「ああ。彼女を」


ヘンドリックがリーゼロッテを紹介する。サイゴン、と名乗った役所の職員は彼女を見ると、

「失礼ですが、黒手袋は?

 あとは証明書の提示を」


と聞く。

言われるがままに必要な書類をヘンドリックが出し、最後にリーゼロッテに目配せする。リーゼロッテは恥ずかしそうに、小さな小さな黒手袋をポケットから出し、書類の上に置いた。


「これは」


「事情がありまして、

 彼女は黒手袋を扱う訓練を受けていません。

 魔力はあるので訓練すれば起動できるでしょうが。

 それに手袋の更新も、この通りされていない」


「なるほど。 

 …では、住居は相応の設備のところをご紹介しましょう。

 あとは訓練所の枠の確保ですね」


「お願いします」


「ご年齢は…13歳、ですか。

 訓練所ではずっと年下の子らと過ごすことになるかも。

 問題ありませんか」


サイゴンはリーゼロッテを窺い見た。

リーゼロッテはきゅっと目尻を吊り上げ、


「問題ございません。

 わたくし、頑張りますわ」


と声を張った。


「よろしい。

 この街の訓練所は人気があります。

 恐らく最短で入れるとしても来月からでしょう」


「ほぼ丸々一月ありますね」


ジェーンがカレンダーを指さし言う。月が変わったばかりなのだ。


「それまでは何とか自活して頂くほかありません。

 こちらにご親戚などは?」


「おりません。

 あの、こちらの街にこういった施設はありますでしょうか」


リーゼロッテが差し出したのは、名刺のようなカードだ。


「昨日までわたくしがいた施設ですわ。

 訓練所に入ってわたくしが慣れるまで、

 こういった施設があればお世話になりたいの」


「…あるにはありますが。

 このカードの施設と同レベルのものはありませんよ」


「構いませんわ」


「ではいくつか見繕っておきましょう。

 で、そちらの方は転居は?」


そう言ってサイゴンはジェーンを見る。黒手袋をしているのはジェーンだけなので、きっと彼はジェーンも転居希望と見たのだろう。


「私はまだ。

 求人につられてこの街に来たのですが、

 採用されなかったら首都にとんぼ帰りです」


「おや。もしや『義務枠』ですか?」


「ええ。星夜見の塔の」


サイゴンはその言葉を聞き、軽く目を見開いた。


「あそこはハードですよ」


「大丈夫です、できる限りやります。

 採用して頂かなくては始まりませんけどね」


「きっと大丈夫です。

 何なら、面接官に役所のサイゴンの名を出すといい。

 サイゴンがよろしく言っていた、とね。

 面接はいつ?」


「あ、ありがとうございます。

 今日これからです」


「採用されたらまた来てください。

 転居手続きと住居の案内をしましょう」


「ええ、またお会いできたら嬉しいです」


サイゴンは終始スムーズな対応をしてくれ、最後には役所の外まで送り出してくれた。

エントランスでリーゼロッテに真新しい黒手袋を手渡し、


「ようこそベルウェンへ。

 頑張って、レディ・リーゼロッテ。

 この街は貴女を支援します」


との励ましを添えて。



ーーーーーーーーー




デスクの昼寝から目覚めたザックは、辺りが騒がしいのに気がついた。


見るとノーマンが何やら喚きながら小躍りしている。


「なんだぁ?」


「ザック、お前ようやく起きたか! 

 何時間寝たと思ってんだ!」


「寝不足なんだよ。

 で、お前は何を騒いでるんだ?」


よくぞ聞いてくれましたと、ノーマンは身を乗り出す。


「『義務枠』だよ!

 レディが来た!要望通りだ!」


「ああ、採用になったのか」


「あの子は俺がアシスタントにもらうぜ、

 長官に直談判しないと」


「言ってろ」


「白い髪の綺麗な子だったんだよ。

 長官室の前をうろうろしていたかいがあったぜ」


「は?」



白い髪の、女の子。


ザックの今日二度目のまさか、は今度は口から転がり出たのだった。

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