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「おや、グランドール大臣。
綺麗な華をお連れですな」
「やあ君、久しいじゃないか」
シャンデリアの煌めき、緋色の絨毯に金の大階段。
首都の迎賓館で開かれた大規模なパーティーで、オーレリアはシャンパングラスを片手に優雅な気分に浸る。
「こちらはオーレリア先生。
ベルウェンの占星術師だよ」
「初めまして、美しい方。
どうぞ夜を楽しんで」
スマートな上流階級の男からの挨拶を受け、オーレリアは思わずため息を漏らす。
「オーレリア先生、気分が優れませんか」
グランドールに腰に手を添えられ、オーレリアは小鳥のように笑った。
「まさか。
夢のように素敵な空間に酔ったのですわ」
今のオーレリアは、背中の大きく開いたスレンダーなドレスと高価なジュエリーを身に纏う「高い女」だ。
そんなオーレリアを自らの所有物のように連れ回し、自慢げに見せびらかすグランドールを軽蔑しないでもなかったが、そこはお互い利のある関係だからこそ許せた。
一通り挨拶を済ませると、「さて、諸君」とグランドールは手を叩き、声を張り上げた。
オーレリアを伴ったまま大階段の下までやってくると、グランドールは数段だけ登って観衆へ向き直った。
「今宵はお集まり頂き感謝する、
同志諸君」
階段を上りきらないところにこの会のカジュアルさと、グランドールと客の近しさを感じさせる振る舞いだ。
「大国エウレクより親書が来た。
新政権立志への祝詞を送った、その返事という形だ。
本来議会のみに留める機密情報だが、
諸君らには共有すべきだと考えた」
グランドールが胸元から取り出した羊皮紙をひらひらと振ると、喝采とともに拍手が沸き起こる。
それを抑揚に頷いて眺めたグランドールがこほん、と咳払いをし、内容を読み上げ始めると、紳士淑女たちは一層グランドールへ近づき、耳を傾けた。
「内容はこうだ。
『貴国の心遣いに感謝する。
我が国はこれより乱れた内政を徹底的に立て直す。
この冬は歴史ある貴国と並ぶに恥じぬよう、
我が身を省みる時間とさせてもらいたい。
雪解けと共に、外交の門を開けよう』
…諸君、以上だ」
グランドールは親書をしまうと、集まった同志たちに手を広げて語る。
「諸君、大国は準備期間をくれたぞ。
冬を使ってどの国より立派な使節団を整える。
諸君、船を作ろう。
選りすぐりの工芸や紳士淑女を乗せた、
我が国の随を集めた船を」
観客に合わせ、オーレリアは手を叩いた。
「造船所はベルウェンのトップドックを押さえた。
職人だって全国から集うだろう。
家具はどうする?照明は?
内装のデザインは?
…諸君、
これぞという者があれば名を上げる好機だ。
今から声を掛けておいてくれ」
そう言うと、グランドールはオーレリアに向かって手招きをする。誘われるがままにグランドールと同じ高さまで階段を登ったオーレリアを、客達は拍手で迎え入れた。
「こちらはオーレリア先生。
ベルウェンを照らす星の妖精だ。
必ずやこの使節団の羅針盤となってくださる」
やんや、とまた上がった喝采に、オーレリアはこの上なく満たされた。
ーーーーーー
「…ところで、グランドール大臣。
予算は目処が立ちそうですか」
場は立食のパーティと移り変わり、客達は砕けた様子で飲食と音楽、そして会話を楽しんでいる。グランドールの元に現れた若い紳士は、恐る恐ると言った声色で訪ねた。
「ああ。黒手袋の予算縮小は難航しているが、
もともとの外交費を多く割り振ってくれそうでな」
「それはそれは」
「それにな。人件費を抑えるいい流れが出来てる」
「流れ?」
「それも黒手袋だよ。
新聞でうまく世論を誘導できたからな。
職を追われた黒手袋がわらわらいる。
それらを安く雇えば良い。
男は雑用や肉体労働。女は飯炊きだ」
「なるほど」
「オーレリア先生のお導きさ」
「はは、先生も悪いお方だ」
そう言って悪い顔で笑い合う貴人たち。若い男が立ち去ると、入れ替わりで壮年の夫婦がこちらへ歩いてくるのが見える。それを横目に、グランドールはオーレリアに耳打ちした。
「先生のご所望の品ですよ」
オーレリアは夫婦を見る。背の高い細身の紳士と、怜悧な美しさだが、気難しそうな顔立ちの淑女。オーレリアは思った、『似ている』と。
夫婦はグランドールのもとへ辿り着くと、
「グランドール大臣、お久しゅうございます」
と頭を下げた。
「こちらこそご無沙汰しておりますな、
ケンドールご夫妻」
…ケンドール夫妻。首都に棲まう、ザックの両親だ。有数の富豪であり、古くから続く名門の血筋。いずれオーレリアが名乗るファミリーネーム。
「こちらはオーレリア先生。
ベルウェンではご子息と懇意だとか」
「まあ!ザカライアと?!」
目を輝かせたのは夫人のほうだった。
「あの子ったら、全く便りも寄越さずに。
まあまあ、嬉しいわ。
これほど素晴らしいお嬢様と懇意なのね」
「初めてお目にかかります、オーレリアと申します。
ご子息は我が塔でも筆頭の実力。
いつも良くして頂いておりますわ」
「おお、頑張っているのか、あいつは」
父親であろう紳士も嬉しそうに目尻に皺を寄せた。
「あの子ったら、
私たちの反対を振り切って山に登ったのよ。
それからは何を送っても連絡はなしのつぶて。
そろそろ良い人と身を固めて欲しいというのにね。
…でも、ああ良かった、きっと呪いは解けたんだわ」
「呪い?」
「ああ、ごめんなさいね。
ザカライアは昔、
とある小娘に夢中になったことがあったの。
とんでもない身分の小娘だったから、
手を尽くして引き離すんだけれど、
それをあの子ったら怒る怒る。
結局引き離すことには成功したけれど、
機嫌を損ねて家を出ちゃったのよ。
まるで呪いのような小娘だったわ」
夢中に、とオーレリアは口の中で繰り返す。なぜかそのまばたきの裏に、白く流れる髪がよぎった。
「あなたのような立派なお嬢様に、
うちのザカライアと一緒になってほしいものだ」
紳士はなぜかオーレリアではなくグランドールを見て頷く。
…いいのだ、今はまだ、オーレリア自身に価値はなくとも。今はまだ、「グランドール大臣お抱え占星術師」の価値だけで充分だ。
手繰り寄せたこの人脈を足がかりに、これからのし上がるのだから。
ーーーーーーーーー
「監禁?」
大部屋で仕事をしていた星読みたちは、ザックが出した言葉にぽかんと口を開ける。
…ジェーンを探し出してくれたザックは、何も言わずに塔から連れ出してくれた。
「あの部屋から出られなかった?」
「…はい」
「黒手袋を奪われた?」
「…は、い」
歩きながらごく短く、状況の確認をする。
『見られてしまった』
偶然とは言え、手袋なしで魔力錠を解錠するとこを見られてしまった。だが彼はそれについて何も問わない。
「今のは?」と問うた彼に答えられないジェーンを責めるでもなく、「行こう」と手を引いた。
義務枠の小部屋を通り過ぎ、ザックは迷うことなく大部屋に入っていく。そして躊躇うジェーンを引っ張り込むなり、
「ジェーンが第三塔の観測室に監禁されていた」
と声を張り上げたのだ。
途端にざわつく大部屋、容赦なく降り注ぐ視線に、ジェーンは思わず俯いた。
構わずザックは続ける。
「散々探し回って、
第三塔の真下にこれが落ちてるのを見つけた」
そう言って彼の手が掲げたのは、ジェーンの黒手袋だ。
「それで第三塔の部屋全部開けて回ったら、
最上階の観測室に閉じ込められてた」
またざわつく星読みたち。
「おいおい、いつからだよ」
「ひでぇことする」
「ジェーン、どうしてそんなことに?」
など口々に言葉が飛んでくる、その中。
「…自作自演じゃねえのか」
誰かがぽつりと零した呟きが、大部屋の中に冷たく響いた。
「…てめぇ、何て言った、ノーマン」
ザックが髪を逆立て怒りの視線を向けたのは、チェアに深くふんぞりがえったノーマンだった。
「だって、おかしくないか?
なんで肌身離さず身につけた手袋を、
奪われる事態になるんだって話だよ。
難しいだろ、手袋脱がすの。
だからさ、自分で部屋に入って鍵掛けて、
窓から手袋落としたって考える方が自然だろ」
「てめぇふざけんな!!
そんなことしてジェーンに何の得がある!!」
「そうやって可哀相な面してりゃ、
お前みたいな正義漢に助けて貰える。
うまく同情を買えりゃ職も安泰ってところか。
そもそも何でお前、
ジェーンにそこまで肩入れするんだよ。
らしくねえだろ。理由があんのか」
「ある!!」
間髪入れずに叫んだザックに、ジェーンは焦った。
『何を言おうというの』
まさか、この場で言うつもりか。自分とジェーンが遭った事故のことを。
「待って!!!!」
ジェーンはザックが口が開く前に大声を出し、その言葉を遮った。
「…ジェーン」
「ザックさん、もう、充分です。
探しに来てくれて、ありがとう」
それだけ言うとジェーンは踵を返して駆け出し、自分の控え室でバッグを掴むと、そのまま塔を飛び出した。
ジェーンにはもう、耐えられそうになかったのだ。
自身を信じて貰えないことにも、
浅ましく同情を欲していると思われていることにも。
その上ザックとの過去の繋がりを掘り起こされ、
好奇の目に晒されることにも。
『それに…
こんな形で坊ちゃまの過去の傷をえぐりたくない』
ゴンドラに揺られ星空から遠ざかりながら、定まっていく己の気持ちを確かめる。
…翌朝出勤してすぐ、
ジェーンは辞表を出したのだった。




