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星夜見のプロテジェ〜加害者の彼と被害者の私は、星降る街で再会する〜  作者: wag


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19

「おや、グランドール大臣。

 綺麗な華をお連れですな」


「やあ君、久しいじゃないか」


シャンデリアの煌めき、緋色の絨毯に金の大階段。

首都の迎賓館で開かれた大規模なパーティーで、オーレリアはシャンパングラスを片手に優雅な気分に浸る。


「こちらはオーレリア先生。

 ベルウェンの占星術師だよ」


「初めまして、美しい方。

 どうぞ夜を楽しんで」


スマートな上流階級の男からの挨拶を受け、オーレリアは思わずため息を漏らす。


「オーレリア先生、気分が優れませんか」


グランドールに腰に手を添えられ、オーレリアは小鳥のように笑った。


「まさか。

 夢のように素敵な空間に酔ったのですわ」


今のオーレリアは、背中の大きく開いたスレンダーなドレスと高価なジュエリーを身に纏う「高い女」だ。

そんなオーレリアを自らの所有物のように連れ回し、自慢げに見せびらかすグランドールを軽蔑しないでもなかったが、そこはお互い利のある関係だからこそ許せた。


一通り挨拶を済ませると、「さて、諸君」とグランドールは手を叩き、声を張り上げた。


オーレリアを伴ったまま大階段の下までやってくると、グランドールは数段だけ登って観衆へ向き直った。


「今宵はお集まり頂き感謝する、

 同志諸君」


階段を上りきらないところにこの会のカジュアルさと、グランドールと客の近しさを感じさせる振る舞いだ。


「大国エウレクより親書が来た。

 新政権立志への祝詞を送った、その返事という形だ。

 本来議会のみに留める機密情報だが、

 諸君らには共有すべきだと考えた」


グランドールが胸元から取り出した羊皮紙をひらひらと振ると、喝采とともに拍手が沸き起こる。


それを抑揚に頷いて眺めたグランドールがこほん、と咳払いをし、内容を読み上げ始めると、紳士淑女たちは一層グランドールへ近づき、耳を傾けた。


「内容はこうだ。


『貴国の心遣いに感謝する。

 我が国はこれより乱れた内政を徹底的に立て直す。

 この冬は歴史ある貴国と並ぶに恥じぬよう、

 我が身を省みる時間とさせてもらいたい。


 雪解けと共に、外交の門を開けよう』

 

 …諸君、以上だ」


グランドールは親書をしまうと、集まった同志たちに手を広げて語る。


「諸君、大国は準備期間をくれたぞ。

 冬を使ってどの国より立派な使節団を整える。

 諸君、船を作ろう。 

 選りすぐりの工芸や紳士淑女を乗せた、

 我が国の随を集めた船を」


観客に合わせ、オーレリアは手を叩いた。


「造船所はベルウェンのトップドックを押さえた。

 職人だって全国から集うだろう。

 家具はどうする?照明は?

 内装のデザインは?


 …諸君、

 これぞという者があれば名を上げる好機だ。

 今から声を掛けておいてくれ」


そう言うと、グランドールはオーレリアに向かって手招きをする。誘われるがままにグランドールと同じ高さまで階段を登ったオーレリアを、客達は拍手で迎え入れた。


「こちらはオーレリア先生。

 ベルウェンを照らす星の妖精だ。

 必ずやこの使節団の羅針盤となってくださる」


やんや、とまた上がった喝采に、オーレリアはこの上なく満たされた。


ーーーーーー


「…ところで、グランドール大臣。

 予算は目処が立ちそうですか」


場は立食のパーティと移り変わり、客達は砕けた様子で飲食と音楽、そして会話を楽しんでいる。グランドールの元に現れた若い紳士は、恐る恐ると言った声色で訪ねた。


「ああ。黒手袋の予算縮小は難航しているが、

 もともとの外交費を多く割り振ってくれそうでな」


「それはそれは」


「それにな。人件費を抑えるいい流れが出来てる」


「流れ?」


「それも黒手袋だよ。

 新聞でうまく世論を誘導できたからな。 

 職を追われた黒手袋がわらわらいる。

 それらを安く雇えば良い。

 男は雑用や肉体労働。女は飯炊きだ」


「なるほど」


「オーレリア先生のお導きさ」


「はは、先生も悪いお方だ」


そう言って悪い顔で笑い合う貴人たち。若い男が立ち去ると、入れ替わりで壮年の夫婦がこちらへ歩いてくるのが見える。それを横目に、グランドールはオーレリアに耳打ちした。


「先生のご所望の品ですよ」


オーレリアは夫婦を見る。背の高い細身の紳士と、怜悧な美しさだが、気難しそうな顔立ちの淑女。オーレリアは思った、『似ている』と。


夫婦はグランドールのもとへ辿り着くと、


「グランドール大臣、お久しゅうございます」


と頭を下げた。


「こちらこそご無沙汰しておりますな、

 ケンドールご夫妻」


…ケンドール夫妻。首都に棲まう、ザックの両親だ。有数の富豪であり、古くから続く名門の血筋。いずれオーレリアが名乗るファミリーネーム。


「こちらはオーレリア先生。

 ベルウェンではご子息と懇意だとか」


「まあ!ザカライアと?!」


目を輝かせたのは夫人のほうだった。


「あの子ったら、全く便りも寄越さずに。

 まあまあ、嬉しいわ。

 これほど素晴らしいお嬢様と懇意なのね」


「初めてお目にかかります、オーレリアと申します。

 ご子息は我が塔でも筆頭の実力。

 いつも良くして頂いておりますわ」


「おお、頑張っているのか、あいつは」


父親であろう紳士も嬉しそうに目尻に皺を寄せた。


「あの子ったら、

 私たちの反対を振り切って山に登ったのよ。

 それからは何を送っても連絡はなしのつぶて。

 そろそろ良い人と身を固めて欲しいというのにね。

 …でも、ああ良かった、きっと呪いは解けたんだわ」


「呪い?」


「ああ、ごめんなさいね。

 ザカライアは昔、

 とある小娘に夢中になったことがあったの。


 とんでもない身分の小娘だったから、

 手を尽くして引き離すんだけれど、

 それをあの子ったら怒る怒る。

 

 結局引き離すことには成功したけれど、

 機嫌を損ねて家を出ちゃったのよ。


 まるで呪いのような小娘だったわ」


夢中に、とオーレリアは口の中で繰り返す。なぜかそのまばたきの裏に、白く流れる髪がよぎった。


「あなたのような立派なお嬢様に、

 うちのザカライアと一緒になってほしいものだ」


紳士はなぜかオーレリアではなくグランドールを見て頷く。



…いいのだ、今はまだ、オーレリア自身に価値はなくとも。今はまだ、「グランドール大臣お抱え占星術師」の価値だけで充分だ。


手繰り寄せたこの人脈を足がかりに、これからのし上がるのだから。




ーーーーーーーーー



「監禁?」


大部屋で仕事をしていた星読みたちは、ザックが出した言葉にぽかんと口を開ける。



…ジェーンを探し出してくれたザックは、何も言わずに塔から連れ出してくれた。


「あの部屋から出られなかった?」


「…はい」


「黒手袋を奪われた?」


「…は、い」


歩きながらごく短く、状況の確認をする。


『見られてしまった』


偶然とは言え、手袋なしで魔力錠を解錠するとこを見られてしまった。だが彼はそれについて何も問わない。


「今のは?」と問うた彼に答えられないジェーンを責めるでもなく、「行こう」と手を引いた。


義務枠の小部屋を通り過ぎ、ザックは迷うことなく大部屋に入っていく。そして躊躇うジェーンを引っ張り込むなり、


「ジェーンが第三塔の観測室に監禁されていた」


と声を張り上げたのだ。

途端にざわつく大部屋、容赦なく降り注ぐ視線に、ジェーンは思わず俯いた。

構わずザックは続ける。


「散々探し回って、

 第三塔の真下にこれが落ちてるのを見つけた」


そう言って彼の手が掲げたのは、ジェーンの黒手袋だ。


「それで第三塔の部屋全部開けて回ったら、

 最上階の観測室に閉じ込められてた」


またざわつく星読みたち。


「おいおい、いつからだよ」

「ひでぇことする」

「ジェーン、どうしてそんなことに?」


など口々に言葉が飛んでくる、その中。



「…自作自演じゃねえのか」



誰かがぽつりと零した呟きが、大部屋の中に冷たく響いた。


「…てめぇ、何て言った、ノーマン」


ザックが髪を逆立て怒りの視線を向けたのは、チェアに深くふんぞりがえったノーマンだった。


「だって、おかしくないか?

 なんで肌身離さず身につけた手袋を、

 奪われる事態になるんだって話だよ。

 難しいだろ、手袋脱がすの。


 だからさ、自分で部屋に入って鍵掛けて、

 窓から手袋落としたって考える方が自然だろ」


「てめぇふざけんな!!

 そんなことしてジェーンに何の得がある!!」


「そうやって可哀相な面してりゃ、

 お前みたいな正義漢に助けて貰える。

 うまく同情を買えりゃ職も安泰ってところか。

 

 そもそも何でお前、 

 ジェーンにそこまで肩入れするんだよ。

 らしくねえだろ。理由があんのか」


「ある!!」


間髪入れずに叫んだザックに、ジェーンは焦った。


『何を言おうというの』


まさか、この場で言うつもりか。自分とジェーンが遭った事故のことを。


「待って!!!!」


ジェーンはザックが口が開く前に大声を出し、その言葉を遮った。


「…ジェーン」


「ザックさん、もう、充分です。

 探しに来てくれて、ありがとう」


それだけ言うとジェーンは踵を返して駆け出し、自分の控え室でバッグを掴むと、そのまま塔を飛び出した。



ジェーンにはもう、耐えられそうになかったのだ。


自身を信じて貰えないことにも、

浅ましく同情を欲していると思われていることにも。


その上ザックとの過去の繋がりを掘り起こされ、

好奇の目に晒されることにも。


『それに…

 こんな形で坊ちゃまの過去の傷をえぐりたくない』

 


ゴンドラに揺られ星空から遠ざかりながら、定まっていく己の気持ちを確かめる。



…翌朝出勤してすぐ、


ジェーンは辞表を出したのだった。

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