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「本当にいいの?」
ジェーンの問いかけに、リーゼロッテはひとつ、うん、と頷いた。
リーゼロッテの前には、大きな袋。袋の口からは、シルクのリボンが袖口についたブラウスがはみ出している。
「いいの。
どうせ今の私には相応しくないものだから。
それに私が選んで買ったものでもないし」
昨夜リーゼロッテは、「服を売ろうと思うの」と言い出した。
先日奪われた日傘のように、身につけた高価な服が誰かの悪感情を焚きつけるかも知れない。そう考えた彼女は、持っている高級メゾンの服を売り払うことにしたのだという。
「誰もクローゼットの中なんて見やしないわ。
何も手放すこと無いのよ」
ジェーンはそう言い募るが、リーゼロッテは首を横に振る。
「それに、補助金が減るかも知れないんでしょ?
少しでもお金になるものは売っておこうかなって」
「リーゼロッテ…」
「心配しないで、数着だけ残してあるの。
ほら、この袋」
そう言って見せたのは、もう一つの小さな袋。
中には数着のドレスが入っている。
「これらは最近作ったものだし、
少し大きいからあと数年着れるわ。
もしちゃんとした場所に行くことがあったら、
これを使えるようにとっておくの」
「そうなのね」
そしてリーゼロッテは、今着ている綺麗なドレスワンピースの裾をちょっとつまむ。
「…あと、このドレスの色。
紫陽花の花みたいな青紫。
この色、私、好きな色らしいのよね。
…ちょっと取っておくのもいいかなって」
「ええ、ええ。誰も咎めないわ」
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そうしてやってきた、街の古着屋で。
リーゼロッテの出した袋の中身を見るなり、店主の女性は顔を大いに歪めて怒鳴り散らした。
「この盗人!!
どこから盗んできた!!
浅ましい黒手袋どもめ!!」
カウンターの奥から長いハタキを持ち出した店主は、リーゼロッテに向かってそれを振り下ろす。ジェーンは思わず彼女をかばって抱え込み、背中を打つ痛みを堪えた。
「話を聞いてください!
盗品ではありません!」
「いいや、そんな訳はないね!!
黒手袋なんかに買える代物じゃ無いんだよ!!」
なおも背中を打ちつけながら、警察を呼ぶよ、と意気込む店主。
これは駄目かも知れない、と逃げ道を探したジェーンの腕の中で、リーゼロッテが身じろぎする。
と、
「お待ちなさい」
リーゼロッテははっきりと、店主に向かって告げた。そして立ち上がり、またハタキを構える店主に向かい、
「打ちなさい。
あなたが正しいと信じ切れるならば」
そう言い切った。
腹から出た、潔い声だった。13歳のパン屋の少女とは思えぬ凄み。それは長年培った、誰かの主であることに慣れた声色だった。
「な、なにさ、言ってみなさいよ。
言い訳があるなら、さ」
店主がたじろぐ。
立ち上がり、つかつかと店主に近寄ったリーゼロッテは、身分証明書を店主に突きつける。
「わたくしの名はリーゼロッテ。
この通り証明できますわ。必要なら魔力紋でも。
そしてこれらの服にはすべて、
襟の後ろに名が刺繍してあります」
店主は訝しみながらも襟を確認する。そこには確かに刺繍があったようだが、店主はまだ信じない。
「な、なんでこんなものがあるんだい。
オーダーメイドじゃあるまいし」
「全てオーダーメイドです。
私の身体にぴったり合わせてあります。
今着ているものだってそうですわ」
「お、おかしいじゃないか!
オーダーメイドで服が作れるほどのお嬢様が、
どうして服を売る必要があるんだい!」
店主は分が悪くなってきたことを察したのか、とにかく喚く。
リーゼロッテは一歩前に出た。
そしてまっすぐに店主を見つめて言う。
「家を出されたのよ、黒手袋だから。
そして道行く人が言うのよ、
黒手袋にその服は相応しくないと。
だから私はこの服を売って金に換え、
私にふさわしい服を買うの。
丁度いいわ、店主、選んで頂戴。
黒手袋はどんな服を着るべきかしら?
あなたは良く知っているんじゃない?
私たちがどうあるべきか」
さあ、私は何を着るべき?
そうリーゼロッテは店主に詰め寄った。
店主は唇を震わせ、
「あ……」
としか声を発しない。
彼女を横目にリーゼロッテはため息をついた。
「その服の価格は知っているから、
変な値を付けるなら別の店に行くわ。
私、少し服を選んでくる。
そちらの方は親切をしてくれないようだから」
そう言って店に並ぶ服の棚を物色しに向かった。
残されたジェーンと店主は何も言葉を発しない。
手に持ったワンピースを呆然と見つめたままの彼女に、ジェーンは言う。
「…リーゼロッテも私も、
突然の事故で黒手袋になりました。
明日あなたもそうなるとも知れない」
…結局、店主は服を買い取ってくれた。
価格はリーゼロッテが納得したので、まぁ悪くなかったのだろう。
リーゼロッテは店の中から古着を選び、予定通りそれを買った。
袋を抱えて店を出るその瞬間、リーゼロッテに差別意識を暴かれた店主は小さく呟いた。
「悪かった…悪かったよ」
ジェーンがリーゼロッテを見ると、彼女はにこりとお行儀良く綺麗に笑い、
「何と返したらお気に召すか分からないから、
お返事しないでおくわ」
と踵を返した。
…坂道を歩きながら、ジェーンは前を向いて歩くリーゼロッテを見る。
『この子は…なんて強いのかしら』
私だったら、彼女のように堂々と冤罪を晴らせなかったかもしれない。
…いや、むしろ、冤罪を晴らそうとすらせず、ただ絶望に震えるだけだったかもしれない。
「卑屈ね」とジェーンを表現した彼女の言葉が蘇る。
『見習わないと』
彼女のほうがよっぽど先生のようね。
そうジェーンは自嘲した。
ーーーーーーーーーーー
…リーゼロッテを見習わないと、とは思ったものの。
「さぁて、どうしたもんかしら」
現在のジェーンは塔のてっぺんの観測室。黒手袋を奪われ、両手は無防備な素肌のまま。魔力解錠の扉は固く閉ざされている。
絶賛、監禁中である。
…おかしいとは思ったのだ。
朝出勤したら『第三塔頂上観測室へ 至急』と書かれた用紙が複数の道具箱と一緒に置かれていて、至急ならばご自分で持って行けば…と思わなくもなかったが、まぁ他に急ぎの仕事もないので従った。
えっちらおっちら道具を抱えて階段を登っていると、
「え?…うわ、インク漏れだ」
箱のひとつから黒いインクが流れ出し、ジェーンの手袋と服を汚した。とりあえず応急処置でインク瓶の周りにハンカチを詰め、被害の拡大を防ぐため黒手袋を脱いで一番上の道具箱に突っ込み、観測室へ急ぐ。
あと少しで観測室…というところで、ジェーンの目の前に誰かが立ち塞がった。
「オーレリアさん…」
金の髪を結い上げたオーレリアが、何やら意味ありげな笑みを浮かべて腕を組みして立っていたのだ。
「ご苦労様、ジェーン・カンタベリー。
なぁに?その服、真っ黒じゃない。
あら、もしかして手袋も?
失礼、これは元から黒いわね」
道具箱から黒手袋をつまみ上げると、ほほ、と嘲るように笑うオーレリア。
「ほら、扉を開けてあげるわ。
お入んなさい」
そう言って、箱で両手が塞がったジェーンの背中を観測室の扉の中に押し込むと、ガチャンと凄い勢いで扉を閉めてしまったのだった。
解錠を、と思って慌てて道具箱を見るが、黒手袋はどこにもない。
「持って行った…?!」
黒手袋なしで魔力解錠はできない。
哀れジェーンは、塔のてっぺんの囚われの身となってしまったのだった。




