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「不気味だ」
ノーマンは深刻な顔で言い放った。
「俺もそう思う」
ケヴィンもそれに同調する。
状況はすこぶる悪いままだ。相変わらずザックはジェーンの番犬ごっこを続けているし、国の星巡りは未だ悪い方向へ進んでいる。
東の大国エウレクではクーデターが起き、新王権との関係構築を慎重に行いたい政府関係者も多く塔に書簡を出してきて、その対応に追われている。
にも関わらず、オーレリアの機嫌が良いのである。
「何かたくらんでいることには違いないが。
まさか、ザックが折れて女史をプロテジェに?」
「それこそまさかだ。
しかしザックあいつ、
どうかしちまったんじゃねえの。
自分の観測も夜にしながら、
ジェーンの出勤には必ず合わせてる」
「健気だねえ」
「しかし、あれじゃ身体が持たんぞ」
何が何だか分からん、と首をひねる二人の隣で、今日もジェーンとザックが皆から回収した仕事を持ち出していくのだった。
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「ずいぶん慣れたな。さすがジェーン」
ザックは向かいの椅子に座るジェーンを眺めながら、うっとりとそう言って寄越した。
…ジェーンは引きつる頬を宥めながら、ありがとうございます、とだけ返す。
「何か問題はない?
誰かにちょっかい出されたりは?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
…嘘である。
実はこのところ、オーレリアからの攻撃が激化していた。
リフトを使えないジェーンに大量の書籍を塔の最上階まで運ぶよう言いつけ、「できないわよね、ごめんなさい、結構よ」と大げさに謝って見せたり、「水盆の水を出して、川の水は不可」とかジェーンには到底無理な依頼をしてきたり。
小さいことだとすれ違う度に足を踏まれる。
すべてザックのいないところで、瞬発的に行われる嫌がらせであるが、嫌なものは嫌なのだ。
『しかしちょっと気味が悪いのよね』
以前あれほど、汚らわしい、近寄るなと嫌悪感を剥き出しにしていたオーレリアであったが、最近の嫌がらせはむしろ嬉々としている。
何かこう…強者の余裕があるのだ。
『まるで小鳥の雛を弄ぶカラスのようだわ』
ジェーンはオーレリアの勝ち気な微笑みを思い出し、身震いをする。
その様子を見てザックは訝しげに、
「本当?嘘ついてねぇ?」
とジェーンを覗き込むが、
『あなたにだけは言わない』
と心の中で悪態をついて笑って見せた。
ザックに言ったが最後、彼はきっとオーレリアに抗議しに行くだろう。告げ口をしたと思われても嫌だし、それで改善するとも思えない。むしろ悪化させるだけだ。
幼少の頃がそうだった。
ジェーンが怪我で魔力回路を損なったと知れば、
『俺がジェーンの傍にいる!
ずっと、ずっとだ!ジェーンの手足になる!
じゃないと可哀相じゃんか!』
と立場も考えずに言い放ち、名家の御曹司の将来が使用人の小娘に邪魔されては敵わないと、怪我も癒えぬ間に屋敷中から徹底的にいじめ抜かれた。
ザックはそれでも隙を見てジェーンに会いに来ては、
『白い髪も綺麗だ』
と褒めそやし、
『大人になったらジェーンと家を買う』
などと妄言を止めないため、周りの怒りは更に燃え上がってジェーンに牙を剥いた。ついに限界を迎えたジェーン母子は屋敷を逃げ出したのだ。
しかも彼は質が悪い。
「俺が守る」と言う割には脇が甘く、ジェーンがいじめられている現場には絶対に現れない。ジェーンの身辺の不穏な動きに気付くこともない。
『要するに、
可哀相な子を助ける騎士気取りなのよね』
それで立場が悪くなるのはジェーンなのに、だ。
まぁあの頃の彼はほんの子供だったから仕方がないとしても、ここしばらく一緒に仕事をしていて、彼の本質は変わっていないと感じた。相変わらず『可哀相な傷ついた子』に構うのが好きなのだ。
ジェーンはもう子供でもないし、
可哀相扱いされる謂われもないというのに。
「じゃ、
ジェーンは切りの良いところで帰んな。
明日は夜勤だな」
ふわーあ、と大きなあくびをしながら業務を片付けるザックの顔を見る。
目の下にくっきりと浮かぶ隈。
ジェーンの仕事に張り付きながら、他の時間で自分の仕事をしているという彼。
『…お互いにとって、良くないわ』
…それでもジェーンは知っているのだ。
ザックは自分の立場や周囲の思惑にすこぶる鈍感なだけで、
いつも心からジェーンを案じてくれていると。
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お疲れ様でした、と帰路についたジェーンの姿が見えなくなって、ザックは肩を落とした。
デスクに突っ伏し、髪をぐしゃぐしゃにかき回す。
「…うまく行かねぇなあ」
ジェーンが自分に対して何らかの警戒心を持っていることは、とうに気付いていた。
そしてそれは自分のせいだろうということも。
欲が出始めている。
再会する前は、彼女がどこかで生きている、その報せだけで生きる希望になるだろうと思っていたのに。
再会して彼女の息づかいを近くで感じて、
『彼女を助けなければ』、そういう使命感に駆られて。
そのうちそれは自分のやらかした過ちへの回帰になって、後悔と罪悪感でのたうち回って。
でも、その胸の痛みの奥底から別の感情が湧き上がってくるのにも気付いていた。それはまるで、甘い歓びのマグマのような。
傍にいたい。笑って欲しい。
彼女が困ったとき、手を差し伸べるのは自分でありたい。
性懲りも無く、彼女に手を伸ばしそうになる。
きっとその浅ましいザックの欲が、彼女に伝わっているんだろう。
『本当は、二度と会いたくなかったかもしれないのに』
ジェーンは優しい。
ザックへの嫌悪を、決して表には出さない。
ただ何でも無いように、お行儀良く笑う。
「…でも、どうしようもねぇんだ」
幼い頃からそうだった。
何か特別という訳でもないのに、彼女の緑の瞳に引力めいたものを感じてしまう。
そもそも使用人の、しかも簡単な下働きしかできない子供なんて、ザックの視界には入らないはずだったのだ。
だが、一人っきりで庭の木から落ちたどんぐりを籠の中に集める仕事をしていた彼女がふと顔を上げ、眩しそうに空を見上げたのを見た時。
ザックの目は彼女に吸い寄せられ、縫い止められてしまった。
…いくら叱られても、遠ざけられても、彼女を探す日々が始まった。
昼が駄目なら朝に。朝も駄目なら夜に。
大人の目を盗んで彼女を探し、連れ出し、話しかけた。
その度にジェーンは律儀についてきて、「坊ちゃま」とお行儀良く笑った。
…多分、端から見たら、到底仲の良い二人には見えなかっただろう。
ひたすらザックが追い回し、ジェーンがそれを受け入れていた。
彼女の目を少しでもこちらへ向けたくて、笑ってほしくて、仕方が無くて。
…そして、あの魔道具を持ち出した。
ザックとジェーン、ふたりの人生を変えてしまったあの事故を、起こした。
世間では魔道具の暴発事故と言われているが、本当は、ザックが過度な負荷をかけた、不適切使用が原因だったのだ。
今も首都にいる両親は、ジェーンのことを『呪い』と呼ぶ。
「ザカライアは呪いに囚われている」と。
上等だと、思った。
彼女が呪いならば、いっそ解くことを望まない。
家を出て、あの日彼女に見せたかった星空に最も近い場所に、ザックは登った。
あの夜に一生囚われよう。
二度と会えない彼女の残像に、星空を捧げよう。
そう思っていた、のに。
「…うまく、いかねぇなあ」
目の前に現れたジェーンは全く衰えぬ引力を持っていて、ザックはそれに抗えない。
繰り返してはいけないと思うのに、やっていることは子供の頃と同じだ。
…もうじき夜が来る。
自分は贖罪を、しなければならない。
「…とりあえず、論文書くか」
間違えない、と自分に言い聞かせ、ザックは塔へ登っていった。




