13
「良かったわね、
こんなに早く訓練所に入れるなんて」
トマトのピザから伸びるチーズを器用に口に入れながら、ジェーンは言った。
「どうしましょう。
まったく心の整理がつかないまま、
入所前日になってしまったわ」
先日のサイゴンの呼び出しは、訓練所入所前倒しの報せであった。
どういう訳か大幅に前倒しになった入所の日程に、リーゼロッテが目を白黒させている間に、「はい、ここに名前書いて」「はい、ご武運を」とあっという間に手続きを終えてしまったらしい。
それからというもの、購入した黒手袋関連の教本を読み返したり、そわそわと落ち着きのないリーゼロッテであったが、ついに前日である。
昼勤務であったジェーンが帰宅してから、門出祝いとして中庭にテーブルセットを出して少し早い夕食を摂っている。ピザは手袋を外して食べる必要があるため、店ではなかなか食べられないのだ。
「大丈夫よ、あなたとても賢いもの」
チン、とリンゴジュースの入ったグラスをリーゼロッテのものに軽くぶつけ、一気にあおる。リーゼロッテも一口ごくんと飲んだかと思うと、
「ジェーン、お願いがあるの」
と、口をきゅっと結んで真剣な顔をしてジェーンに詰め寄るのだった。
ーーーーーーーーー
「凄いわねぇ…」
夕食の片付けもそこそこに二人が訪れたのは、ベルウェン山側エリア、通称『夜の街』である。
昼間の数倍はいようかという観光客の人いきれ。煉瓦造りの三角屋根を飾るステンドグラスやカラフルなランタン。煙り立つ香の筋。全てが昼間のそれとは違っていて、日が落ちているにも関わらず、今からが一日の始まりであるように人々がしゃんと背を伸ばしていた。
『占いをやってみたいの。
今後の私の運勢を』
そう言い募ったリーゼロッテのお願いを聞き、ピザを詰め込んで急いでケーブルカーでやって来た。
「さぁ、どこのお店にしましょうか」
「さっぱり分からないわ、人気とかあるのかしら」
「私も分からないわ…」
ひとまず細い路地にひしめき合う観光客の流れに乗りながら、石畳を上っていく。小さな店もあるし、大きなお店の中に複数ブースがあって寄り合い店舗のようになっているところもある。看板に在籍の占星術師の名が書かれており、それを見て客はどの店に入るか決めているようだ。
「あ、あれ、塔の人だわ」
連日の郵便物配りで、塔に在籍している星読みの名は大分覚えてきたジェーン。現役の星読みが副業として占星術で客を取っているということは知っていたが、実際に見ると「おお、これが」と感慨深い。
夜の街はとにかく人が多い。また夜間の治安維持のため通行時に魔力解錠が必要な路地があって、そこで渋滞が起きているようだった。
何となく解錠待ちの列に並んでいると、前の紳士が二人に申し出る。
「綺麗な黒手袋のお嬢さん方。
この先は解錠が必要だからお困りでしょう。
どれ、一緒に解錠して差し上げましょう」
リーゼロッテはジェーンを見、「いえ」と言いかけたが、ジェーンはそれを遮り、
「ええ、ありがとうございます。
とても助かります」
と頭を下げた。
気を良くした紳士は大げさな身振りで解錠し、ドアを開けてレディーファーストの礼儀を取る。ジェーンはそれを少し遠慮するように何度も頭を下げ、「親切に感謝致します」と繰り返した。
紳士が雑踏の中に消えていったのを確認し、リーゼロッテが憤慨する。
「何で『自分でできます』って言わないんですの?
あれじゃ施しを受けたみたい」
ジェーンはふ、と笑うと、
「施し…確かにね。
リーゼロッテだから言っておくけど、
世の中には変な人がいるのよ。
私たちみたいに不自由を抱える人に、
ああいう親切をして、
施したつもりで気を良くする人がね。
特にしつこく親切にしようする人には要注意。
厚意を受け取らないと怒り出すことがあるから。
俺様の親切を受け取らないなんて、
調子に乗りやがって、ってね」
げえ、とあまり上品でない声を出したリーゼロッテは言う。
「覚えておきますわ。
でも前から思っていたけれど、
ジェーンって少しだけ卑屈よね」
ジェーンは言葉を濁し、石畳の階段を踏みしめる足に力を入れた。
…しばらく登ると、なんとあのレイチェルの名が出ていた。
「この人も塔の人よ。
優しい女性の星読みなの」
「本当?それならこの人にお願いしようかしら」
ちょうど前の客が出たタイミングで、ふたりはそおっと店内に入る。
レイチェルは塔での優しそうな雰囲気そのまま、さらにオレンジ色の花を模したランプを店の至るところに飾り付け、クリーム色のローブで昼間より柔らかな雰囲気だった。
前の客の片付けをしているレイチェルに、
「レイチェルさん。
こんばんは、ジェーンです」
と声を掛ける。
ぱっと顔を上げたレイチェルは破顔し、
「ジェーンさん!今日は昼勤?
いらっしゃい、そちらは?」
と嬉しそうに声を上げた。
「こちらは同居人のリーゼロッテ。
この子を占ってくれませんか?」
「お安いご用よ!どうぞ掛けて」
そう言っててきぱきと必要事項を聞き出し、そして占いに入ったレイチェルは唸った。
「…すごい星。
見たこと無いわ、こんなの。
参考に保管しておきたいくらい」
卓に置かれた用紙をしげしげと見ながら、言葉を選んでリーゼロッテに告げる。
「あのね。
あなたの星回り、すごく…苦労が多いの。
産まれてから今まで、
ほとんどずっとの期間が何かに阻まれてる感じ。
詳しくは聞かないけど、大変だったんじゃない?
でも安心して。この先ずっとじゃない。
もう少しの期間正念場はあるけど、
それをくぐり抜けたらきっと、
世界が変わったように上手くいくようになるわ」
大丈夫よ。あなたは大丈夫。
レイチェルは繰り返し、そうリーゼロッテに言い聞かせた。
リーゼロッテは何度も頷き、噛みしめるように「だいじょうぶ」と口ずさんだ。
ーーーーーーー
帰宅して早々に身支度を調えて寝室に向かったリーゼロッテを見送り、ジェーンは中庭にデーブルセットを出したままなことに気がついた。
そっとドアを開けて出た中庭では涼しい風が芝を撫で、さらさらとその音が心地よい。
片付ける前に椅子に腰掛けぼんやりしたジェーンは、夜の街での出来事を思い出した。
『ジェーンって少し卑屈よね』
『大丈夫、あなたは大丈夫』
夜空を流れる雲を目で追いながら、ジェーンは小さく呟く。
「私も、占ってもらえば良かった」
そのまま大きく両手を上げて伸びをし、吸った息を一気に吐いた。
「私みたいなのにも、星の導きってあるのかしら」
独り言のつもりで吐き出した問いに、
「あるさ」
とどこからか答えが返る。
視線を空から戻して見回すと、闇の中から星揺が現れた。
「あ…」
気恥ずかしさに言葉を濁すと、星揺は向かいの椅子に腰掛ける。
「見てやろう。
道具も何も使わない邪道だが」
そう言って、ジェーンの心を見透かすようなまっすぐな視線をくれた。
「え、あ、お願いしてもいいのかしら」
「もちろん。
産まれた年と月日、時間、場所。
言えるかい」
「はい」
必要な情報をジェーンが告げると、星揺はうんうんと数度頷いた後、「おもしろいね」と呟いた。
「あんたの星は面白い。
知力、胆力に優れる星。
情熱や攻撃性は薄めだね。
そんなことはいい、ただの性格診断だ。
…あんたの星に寄り添うように、
同期し続ける星回りがある」
「同期、ですか」
「あぁ。
まるで背中合わせの鏡像みたいに、
だがぴったり息を合わせるように、
同じ速度で巡る星回りを持つ者がいる」
「ちょっと、意味がよく…」
「平たく言おう。
あんたの運命共同体がこの空のどこかにいる」
「運命、共同体」
「良くも悪くも、引き合うように導かれる誰か。
…おもしろいね。
出会ったらどうなるかは私にも分からないよ。
吉と出るのか、凶と出るのか。
だが覚えておいで、あんたは一人じゃない。
魂の片割れがあんたを待ってる」
それだけ言うと、星揺は席を立った。
「あ、あの、ありがとうございます」
星揺にそう声を掛けると、彼女は振り向き、
「いいや、面白いもんを見せて貰った。
よくお眠り。そして良い明日を」
にかりと笑ってそう言い、また闇に消えていった。




