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星夜見のプロテジェ〜加害者の彼と被害者の私は、星降る街で再会する〜  作者: wag


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「わぁ…!すごいわ」


ジェーンは少し慣れたはずの職場に着くなり、感嘆の声を上げた。


本日は初めての夜勤務である。


夏は日が長い。

リーゼロッテと少し早めの夕食を摂ってから出勤しても、まだ日没までには間がある。


ゴンドラから見る、西の海に沈む夕日、東の海から追ってくる藍色の夜の帯の神秘的な光景。ジェーンはあまりの美しさに呆けてしまい、同乗していた職員から「良い反応だ」と笑われてしまった。


そして初めて夜に訪れた「星夜見の塔」は、昼間のそれとは全く別物だった。


いつもどこか気だるげに、どこか眠たそうに窓からの光を受けていた研究塔は、今たくさんの星読みたちが書籍や器具を抱えて早足で駆け回っている。階段を走るリフトも、昼間はたまに見るか、くらいのものだったのが、今は各階で軽く渋滞中だ。天井に映し出された夜空はいっそう輝いて見え、それをチラチラ見ながら「時間がない!もう昇ってきちまう!」と自分に喝を入れている星読みもいた。


ジェーンは駆け回る星読みたちの邪魔をせぬよう身体を薄くし避けながら、そおっと2階の自室へ入った。


ほっと胸をなで下ろし、


「これが『星夜見の塔』の本来の姿なんだわ」


と昼間とのギャップを思い、落ち着け、と静かな興奮を飲み下す。

すると同時にコンコン、とドアが叩かれ、レイチェルが顔を出した。心なしか彼女もいつもの優しい姿より活気と覇気があるように見え、ジェーンは軽く気を引き締めた。


「レイチェルさん、こんばんは。

 今日はよろしくお願いします」


「こちらこそよろしく。

 ザックはまだ?

 簡単に説明してしまいたいのだけれど」


「今日はまだお見かけしていません。

 私も先ほど到着したばかりで」


「そう、じゃあ彼には書き置きしておきましょうか」


そう言うと、レイチェルは小部屋に入り、ポケットから出した紙片に何か書き付けると、デスクに置いてジェーンを廊下に誘い出した。レイチェルは歩きながら、半歩後ろをついてくるジェーンにあれやこれやと説明する。


「運が良かったわ。

 ノーヴァは毎晩誰が使うか争奪戦なんだけど、

 こんなに良い観測日和になるなんて。

 ノーマンなんて悔しがってハンカチ噛んでたわ」


「良かったですね」


「今日はみんな凄いでしょう? 

 この塔はノーヴァ以外にも観測所がいくつもあるから、

 こんな良い夜はみんな大張り切りよ。


 雲の上に突き出た山に望遠鏡が作れたら良いのにね。

 ちょっと建築技術的に無理なのよ、まだ」


「皆さんの雰囲気の違いにはすごく驚きました。

 何だかその、夜のふくろうたちのようで」


その言葉にレイチェルは吹き出し、「ジェーンさん、言い得て妙よ」と笑った。




レイチェルと共に必要な道具を借りて回り、天体望遠鏡「ノーヴァ」へ移動する。


観音開きの大扉の隣、観測者が入るための小さな二重扉をくぐり、真っ暗な広い円筒状の建物に身を滑り込ませる。


「わぁ、すごい。何も見えませんね」


自分の手さえも見えない完全な闇に、ジェーンは思わず声を上げた。

広い空間に自分の声がほわりと響き、高山の夜の冷たい空気がジェーンの背中をなぞる。


「大丈夫…ちょっと待ってね」


ぽ、と灯った小さな赤い火がレイチェルの掌を照らす。それを大きな傘のついた、親指くらいの小さなランタンに移すと、手元をぼんやりと照らす光源となる。


「天体観測に光は大敵だからね。

 ごく小さく、ごく手元の必要な範囲だけ」


そう言って、ふたつ灯したランタンをジェーンに渡したレイチェルがまた闇に消えた。どこかからゴ、ゴ、ゴ、ゴと規則正しい何かが回転するような音が聞こえてきて、ジェーンの背後からすうっと白い光の気配が入り込む。


思わす振り向くと、


「う、わぁ」


そこには全開となったノーヴァのドーム、そして頭上にぽっかり空いた穴いっぱいに広がる満点の星空が広がっていた。


「はじめてでしょう?

 全開サービスよ」


星明かりではっきり顔が見えるようになったレイチェルはとても優しい顔をしていて、


『こんな星の下では、

 私たちなんてみんなちっぽけね』


とジェーンは感激のため息を吐いた。





「・・・時間を」


「20時15分。まもなく30秒です」


「了解」


観測に入ると、ドームはごく必要な分だけ、スリット状の隙間くらいまで閉じられてしまった。他の星の光すらノイズになるらしい。


レイチェルはノーヴァの金環に自身の魔力によってレンズを展開し、時間をかけてその厚みを調整した。金環はかすかにほの青く浮かんでいて、おかげで真っ暗闇に戻ったノーヴァの中でもどこにレンズが浮いているか見ることができた。


レイチェル自身は接眼レンズを絶えず覗きながら、角度を見たり、光の強弱を見たり、ジェーンには分からない何かを書き付けている。今のところ時間を聞かれるくらいで、困ったことにはなっていなかった。


レイチェルの指示を待ちながら、自身の黒い手袋を照らす赤い火を眺める。掌面に施された、金糸の魔法陣がちりりと照らされる。


「冷えてきたわね。 

 ジェーンさん、

 コンテナの中からブランケット取ってくれる?

 あなたもどうぞ」


「はい」


夏であっても山の夜は冷える。言われるがままに二人分のブランケットを取り、ランタンの灯りで邪魔しないように慎重にレイチェルに手渡す。


『…あれ』


そのときジェーンは、レイチェルの覗く接眼レンズ…ノーヴァ本体に、規則的な文様が刻まれているのに気付いた。


『これは』


この国の文字ではない。図形というには一貫性がない。だが帯のように続くその直線と曲線の組み合わせを、ジェーンの目は知っていた。


『ユベリオス文字だわ』


ユベリオス文字。それは古代の、失われた言語であった。人類の歴史の中、魔法学を大きく発展させたと言われる古代文明ユベリオス。遺跡から発掘された調度品からは多くのこの文字が見つかっているが、全貌の解明には未だ至っていない。


だが、ジェーンはこの文字の形をよく知っていた。


なぜなら、その文明から見つかった魔法陣が、現在の黒手袋にそのまま用いられているからだ。


解読に至っていない文字を元にした魔法陣だが、研究の中偶発的にその利用法が見いだされた。「その魔法陣を使うと回路が損傷した人物でも魔力が使える」と。だからジェーンにとっては、失われた文明の未知の言語でありながら、10年以上傍にあった身近な形なのである。


『これ…ユベリオス製なのかしら』


暗がりの中、レイチェルの邪魔をしないようにあちこち見て回ると、同様の文様がいくつか見つかった。が、今はお仕事中で、余計な口出しは許されない。大人しく席に戻り、寒さに身を縮めながらレイチェルの指示を待った。



…突如レイチェルが接眼レンズに目を当てたまま声を上げた。


「まずい、結露だ。

 ごめんジェーンさん。

 レンズに水を流して、すぐ蒸発させてくれる?」


山の寒さに、レンズに水滴がついてしまったらしい。その除去のためにレイチェルは水を欲した。だが。


『できない』


ジェーンは水を出す、火を出す、といった純粋な魔法は使えない。黒手袋を介して魔道具を起動するのが精一杯なのだ。


答えないジェーンに、レイチェルが焦れた声を出す。


「ジェーンさん?寝ちゃった?」


ジェーンは首を振り、絞り出すような声で答えた。


「…すみません、レイチェルさん。

 私、純粋な魔法は使えなくて」


レイチェルはしまった、という顔をして、


「…ごめん、そうだった。

 悔しい、今いいところなのに」


と軽く舌打ちをした。


『どうしよう…失望させてしまう』


舌打ちの音がジェーンの心を冷たく打つ。

何かで挽回できないか。布で拭く…そもそも届かないし、レンズに糸くずがついてしまうだろう。川の水を汲んできても、すぐに蒸発させられなければ邪魔になってしまう。


『どうすれば』



…そのとき。


「遅くなってごめん。

 結露?レイチェル」


暗闇の中に白い髪が揺れた。ジェーンの隣を通り過ぎ、ノーヴァの足元に立ったのはザックだ。


「そう。除去できる?」


「朝飯前」


そう言うとザックはレンズの上に少量の水を出してレンズ全体に滑らせ、そしてすぐさまそれを蒸発させた。


「どう?消えた?」


「ええ、助かったわザック」


ザックは手慣れた様子でジェーンの隣に椅子を持ってきて腰掛けた。暗闇に目が慣れたジェーンは、彼の水色の瞳がこちらを見ているのに気付く。ザックは嬉しそうに口角を上げ、「問題はない?」とジェーンに問いかけた。


「はい、あの、

 ありがとうございます」


そう答えながら、


ジェーンは温かかった心が急速に冷えていくのを感じていた。





ーーーーーーーーーー


昨夜夜通し観測を行ったジェーンは、明け方に家に辿り着いた。


『結露は私の準備不足よ。

 ごめんね、気にしないで』


レイチェルはそう申し訳なさそうに言い、助かったわ、と笑ってくれた。

それでも白い朝日でも晴らせない曇った表情で、ジェーンは布団に潜り込んだ。


午前中一杯は眠り、遅めのランチとお買い物のため、リーゼロッテと共に街に出た。

今はリーゼロッテがすっかり行きつけとなった本屋から出たところである。



「何か浮かない顔だけれど、

 お仕事場で何かあったの?」


リーゼロッテに言い当てられ、ジェーンは肩を竦めた。


「実は、ちょっとね。

 ミスって訳じゃないんだけど、


 魔法を求められた場面で何もできなくて。

 私は魔法が使えないからどうしようもないけれど、

 開き直れるほど無神経でもないしね」


足元に転がった小石を軽く蹴る。


「リーゼロッテ、今日は本は控えめなのね」


「店員のハリーが、

 来週面白いのが入るって教えてくれたんだもの。

 それまで我慢だわ。

 ジェーンこそ、何も買わなくてよかったの?」


「ええ、見たかった分野があったのだけれど、

 あまりいいのがなくて」



揺れる街路樹の濃い影を踏んで遊びながら、ジェーンは家に着いたら、手紙を書くことに決めた。


もう懐かしい、西の村へと。



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