第3話「初交戦」
あれから俺はミシア姉さまから修行を面倒見てもらっていた。
最近はスキルを使った戦闘術まで教えてもらっている。スキル使用が勝機を見出す鍵だと、ミシア姉さまは教えてくれた。
「貴方のスキル『学習脳』は戦闘訓練には相応しいスキルかも。やっぱり、学習能力を底上げしてくれるから戦闘術も学習しやすいんじゃないの?」
「確かに言われてみれば心当たりがあります。いつも勉強や戦闘訓練で教わったことは頭に入っているんです。つまり、このスキルが影響しているかも知れませんね?」
初めてスキル詳細を確認した。俺の場合だと、お父様からスキル確認を禁じられていたんだ。
まさかミシア姉さまが許可をもらって来るとは思わなかった。
まぁ、ミシア姉さまは信頼されている存在でもある。それを可能とするのは容易いかも知れないな。
灼熱の太陽が俺たちを照りつけていた。容赦ない日光に当たりながら修行内容を聞く。
「貴方は戦闘を通して学習すれば伸びる。だけど、貴方は私たちと大きく肉体ステータスが乏しいわ。だから、トレーニングは不可欠なの。今日はトレーニング中心で進めるね?」
追放まで残り僅かを切っていた。もう三日ほどで追放が言い渡される予定だ。
最近は使用人も態度が変わって来た。これは追放前の予兆なんだろう。
こんな人生になるとは予感してなかった。けど、シャリアとミシア姉さまは優しく接しくれている。その温もりが伝わって来るからこそ、俺はやって来れたのかも知れなかった。
最近は“天命の声”を聞く機会が増えている。基本は自室で過ごす時間帯がチャンスだった。
今回も再び『天命の声』を発動する。
『今度は何が聞きたいですか?』
「確認だけど、追放まで残る日数は“三日”で間違いないですよね?」
『はい。貴方は三日後に追放されます』
実際、追放宣言はミシア姉さまからも伺っている。それも追放される日付まで一致していた。だから、そこは間違いなく追放が行われるんだろう。
「旅立つ前に伝えておいた方が良い話ってないですか? ここを離れる前に伝えておくべき一言が知りたいです」
『貴方が思ったことを伝えれば問題ありません。そこまで難しく考える必要はないでしょう』
即座に女神は返答する。思っていることで良いなら深く考える必要もなかった。
けど、ミシア姉さまとシャリアだけは感謝を伝えたい。それでなきゃ人生は上手く送れるはずがないんだ。人として最低限は尽くしていこうと思う。
後はこれ以上に知りたいことはなかった。なので、今回は『天命の声』を閉じる。
「ありがとうございます。それでは失礼しました」
『いつでも聞きに来なさい』
そうやってスキルを閉じて現実世界に意識が戻る。
気づけばベッドの上で寝ていた。それと目覚めが良くてスッキリしている。
俺が持つ隠しスキル発動後は目が覚醒状態に陥るみたいだ。それは日頃から実感していたことだった。
とにかく部屋から抜け出し、真っ先に書物室を目指す。これから勉強しなくちゃいけないんだ。
相変わらず書物室は静寂で包まれている。ここほど使われにくい場所はなかった。基本的に出入りする人間は限定されているから血筋以外が使うことはない。
広い空間に並べられた幾つもの本棚。そこに保管されている貴重な本を六歳から読み漁って来た。そんな場所を離れていく日が迫りつつある。
「早くしないと時間が過ぎるな。急がなきゃ」
俺は慌てて本棚から一冊を手に取る。今は魔術取得を目指して『魔術書』に挑戦していた。
俺が取得しておきたい魔術は『紅蓮炎槍』と『冷却』など、これらを考えている最中だ。
取得方法は記憶してあった。残る問題は魔力量のみ。これが揃えば魔術を取得可能となるはずだった。
ミシア姉さまは騎士だから魔術より剣術を重視している。ただ、戦闘において技を備えていた方が有利だった。緊急事態を脱する手段として活用されることが多い。
それと誰かに凝視されながらだと集中しにくかった。普段から呑気で自由奔放な使用人、アルメス・エメラルドが正面でにんまり笑顔を向けて来る。
「あのさ? 早く仕事してくださいよ? アルメスさんは雇用されているですからね?」
「分かってるけど、どうしても向かないんだよ。君みたいな告口しない子供を眺めるのも悪くない」
いつも口実を使って隙あらばサボっている使用人はアルメス一人しかいない。
正直、告口と言っても出来損ないと罵られた人物から報告されて嬉しい訳がなかった。それならいっそ放置しておくのが良いだろう。
普通ならメイド服を着せて労働させるのが一般貴族だと学んだ。しかし、うちは財産が豊富でも貴族と言う部類にない。別にそれが理由でメイド服じゃないみたいだけど。
「ふふーん! アイル様は偉いねぇ。この時間帯はフリータイムでしょ? それでも勉強に励んでる。それは実に感心するよ。さすがアイル様!」
「別に大したことじゃないけど……」
かなり過大評価していると思った。彼女は称賛すれば良いとか思っているかも知れない。だが、意外とアルメスは清掃は完璧に仕上げる一面を目撃した時もあった。
どっちみち俺は関係ない。アルメスを庇いたいとか思ってなかったからだ。いつか去っていく結末を知りもしないアルメスなど、特に興味がなかったんだろう。
ふと、視線を向けた先にアルメスがニコニコ顔で眺めていた。これだと緊張しちゃって集中できない。
「はぁ……」
少しだけ考えて決断した。ここは出直そうと言う答えに行き着く。もはや、打つ手段がなかった。
「そろそろ失礼します。残りは自室でやらせて頂きますので」
「ええ〜! もう少しぐらい良いじゃん! 残って勉強しててよぉ!」
「ダメです。知らないと思いますが、俺は忙しいんですよ。ちょっとは放っておいてください」
「ちぇっ……」
アルメスは悲しそうな表情を見せる。それは何か事情を抱え込んでいる様子が窺えた。
「どうした? 私の顔にゴミでもついてる?」
「え、い、いやっ⁉︎ 何でもないです!」
咄嗟に誤魔化してから否定した。いきなり声かけられて驚愕してしまう。
それ以上は言われないように早く立ち去って行こうと瞬間に怒鳴り始めた。
「どうせ私が可哀想だとか思ってるんだろ! そんな風に見下すのも大概にしながれ!」
「は、はぁ……?」
突然、アルメスが怒り出した。それとアルメスは涙目を浮かべて睨みつけて来る。これには事情がありそうだ。
「ご、ごめんなさい……。本当に悪かったです」
「うっ……うぅ……」
俺は焦った。アルメスが怒り出すとは思ってなかったんだ。これでは最後は見送ってもらえなそうだった。
最後くらいはアルメスにも見届けて欲し気持ちがある。少しでも多くの人たちが見守ってくれる最後は胸を張れる気がした。けど、それを壊してしまったのは自分だ。
体が震え始める。何だか内心がモヤモヤして来た。
アルメスと見つめ合っていた。彼女の瞳は何かを訴えているみたいだ。それを俺は悟ってあげられない。
次の瞬間、書物室に誰かが怒鳴り込んで来た。
「アルメスぅ! どこに行ったんだぁぁぁ!」
扉が強く開かれた。もはや、壊れてしまっても可笑しくない勢いである。
いきなり入って来た人物は記憶になかった。敵の襲撃かも知れないと身構える。
「だ、誰だ! アルメスに何の用なんだよ!」
「あぁ? お前はイレヴェルト家の出来損ないじゃないか。アルメスを庇っているみたいだな?」
「アルメスが悲しんでいたのはお前のせいなんだな! アルメスに手は出させない!」
つい勢いでセリフみたいな一言を吐いてしまった。これでは交戦を余儀なくされる場合がある。
ただ、本当に交戦するのであれば、全力で挑んでいく必要があった。
(想定外の時代になっちまった。ここで敗北したらアルメスは連れて行かれる。ならば、逃げ道を作るぐらいはしてやらないと!)
素早く剣を抜いた。常に携帯していた一般の鉄剣である。本来なら魔原石で生成されるはずが、出来損ない故に持たせてくれなかった。
こんな非常事態に鉄剣は凄く厳しい。もし、可能ならミシア姉さまが助けてくれたら良かったかも知れなかった。
だが、覚悟は決まっている。すでに交戦すると決めて行動しようと威嚇した。
「来いやぁ!」
「良い度胸だ。それなら遠慮はせんぞ?」
相手も身構え、即座に踏み込んで来る。すぐ間合いを詰め、拳を振るう体勢が出来上がっていた。
「これは見破れるかな?」
「なっ⁉︎」
瞬時に相手が複数の同一人物を作り上げる。これは一瞬で分散する魔術だった。
急過ぎて相手から攻撃を避ける術がない。これだと確実に攻撃が的中すると想定した。
一回目の攻撃は仕方なく鉄剣で受け切る。けど、凄まじい威力に怯んでしまい、次が行動できなかった。
「最初に受け止めたのは良い判断だ! だがな、俺を舐めてんじゃねぇよ!」
拳は炎を纏う。これは想定とは異なった事態だった。
でも、諦められない。これだけは譲れなかったんだ。
振り上げた拳を振るった。拳が腹部を直撃して俺は吹っ飛ばされる。
「ぶはっ⁉︎」
炎が及んで服が破れる。炎は肌に触れ、火傷を負わせた。
俺が机に向かって吹っ飛んでいく。愛用していた机が押し潰されて壊れた。
そのまま意識は薄く保たれる。そんな中で相手が笑いながら最後に言い放った。
「これが実力差だよ。これで懲りたなら次は弁えろ」
意識を失われそうだった。けれど、決して気絶できる状況じゃない。
「ぐっ……ぐはっ……!」
体を動かそうと力むが無理だった。相当のダメージを負ってしまっていたんだ。
腹部は直に炎を受け、かなり出血している。全身が痛すぎて苦痛は問題ではなかった。
「それじゃあ引き上げしようじゃないか。アルメスは連れて行くからな?」
「あ、アイル様ぁ……!」
最後はアルメスが呼びかけるが、当然ながら返事は出来なかった。
こうして俺は敗北に終わる。静かに意識が失われ、最終的にアルメスを救えなかった。




