1-2「優しい姉」
残る二ヶ月と三週間ちょっと。ぶっちゃけ異世界だと暦は異なってしまっている。
だけど、大体はそんな感じだと思う。
今日も朝は億劫だった。早朝から勉強して追放に備えないとダメだからだ。
「これじゃあ身が持たないかも……」
取り敢えず俺は書物室に向かう。そこで偶然にも姉貴が立ち塞がった。
「おはよう。アイルじゃないの? こんな朝っぱらからどこに行くのよ?」
「み、ミシア姉さまぁ……⁉︎ 今から書物室で自主勉強です。出来るだけ勉強はしておこうと思いまして……」
「そう。偉いじゃない。けど、うちでは貴方を必要としていないわ。だから、私から提案しに来た」
「な、何でしょう?」
いきなり周囲を注意深く見渡すして人がいないかチェックするミシア姉さま。
すると、ミシア姉さまが提案して来た。それは俺を驚愕させる。
「すぐ貴方は家から追い出されるわ。すでに決定事項よ。それだけ事前に伝えておこうと思って呼んでみたの。とにかく鍛錬と勉強はやっておきなさい」
「えっ⁉︎ もしかして追放されちゃうの⁉︎」
「しー! 周囲は知らない話なんだから他言無用よ?」
こっそりミシア姉さまが教えてくれた。何故、ミシア姉さまは忠告しに来たのか疑問を抱く。
そしてミシア姉さまから優しい一言をかけてもらった。
「それと私は味方だから安心しなさい。いつでも相談に乗ってあげる。貴方は誰よりも努力して輝いていたわ。きっと、追い出して良いはずの人間じゃなかったのよ」
「それって本当ですか?」
「うん」
ミシア姉さまは無表情ながら申し出て来た。これは何かしらミシア姉さまを惹きつける理由があったんだろう。これまで努力したことは強く繋がっているみたいだ。
「取り敢えず私はいくね? もし、何かあったら報告しなさい。私なら助けてあげるから」
「ありがとうございます。でも、俺なんか気にしなくて良いですよ? 心配させて申し訳ないです」
それだけ返事しておいた。ミシア姉さまは俺であっても優しく接して来るんだと分かった気がする。
けど、追放は逃れられないみたいだ。それなら努力は積み上げておいて正解だった。
「それじゃあ失礼するわ」
「本当にありがとうございました!」
「良いの。私はお父さまが嫌い。でも、尊敬しているのは確かよ。だから、反対しないように努めて来た。それを今になって後悔しているの」
ミシア姉さまの本音を聞いて感心する。ミシア姉さまから話が聞けて分かったんだ。
ミシア姉さまなら分かってくれるんだと。それだけが希望だった。
そして書物室を訪れる。そそに待ち伏せていた少女がニヤニヤと立ち尽くしていた。
「うわっ⁉︎ シャリア⁉︎」
「おはようございます。もしかしてミシア姉さまと密談していらっしゃったみたいですね? 大丈夫ですよ。もちろん内密にしますから!」
怪しげな笑顔は一段と輝いていた。シャリアとしては好機を見通せる力で待ち伏せは容易い。
もはや、シャリアを出し抜くことは出来なかった。
「それじゃあ今日も頂きますね?」
「なっ⁉︎ 俺は勉強が––––」
いつもみたいに体は動かなかった。金縛りみたいな現象を引き起こす魔法で、体が動かけなくされてしまって困る。
今からシャリアの餌食として少しだけ時間が取られていった。
きっと、抗えない屈辱をシャリアには分かってもらえないだろう。だが、少しだけシャリアと交わす口付けは特別な味わいにも思えて来ていた。
それから鍛錬の時間。俺はミシア姉さまと合同で鍛錬を行なっていた。
「剣術は単純すぎる。相手より素早く切り込んでいけば大抵は討ち取れる。だが、本当の強敵と対峙した時、それは通用しないでしょう」
ミシア姉さまが剣術の極意を説明していく。それは非常に分かりにくかった。けど、どこか役立つポイントがあるはずだと考えて聞き続ける。
とにかく剣術を磨き上げ、今後は冒険者として生きるために活かす。それを目標に突き進んでいこうと集中した。
「まずは私が相手するわ。だから、全力でかかって来なさい」
「よろしくお願いします!」
ミシア姉さまと一戦を交わしていく。相手が誇る実力は相当なものだった。これを機に学んでいきたいが、どれほど相手していけるか心配である。
「始め!」
合図が出た瞬間、一気に斬り込んでいく。素早い斬り込みだったが、鋭い反応速度で対応されてしまう。
俺が放った一撃を容易くいなしてから軽く腹に向かって蹴り上げる。凄まじい痛みが腹部を襲う。
「ぐぇっ⁉︎」
「お、ちょっとやり過ぎたかも」
「ぐはっ⁉︎ ゲホッゲホッ⁉︎」
開始早々だった。もはや、脚力が桁違い過ぎて腹部がやられてしまう。
これは致命的かも知れない。それだけ急所に的中していた。
腹部を押さえながら蹲るっているとミシア姉さまが治癒してくれる。
温かい光が当てられた腹部は痛みを和らげていった。あれだけ苦しかったのに完全回復してしまう。
「これで大丈夫。ちょっとやり過ぎたかも知れないわ。ごめんなさい。でも、あそこは一撃で相手に膝をつかせると良いんだよ?」
「は、はい……」
「まだまだ貴方は伸び代がある。だから、諦めないでね?」
いつもミシア姉さまは優しく対応してくれている。そんな行動からは凄い温もりを感じた。それだけミシア姉さまが丁寧だったんだ。
自然とミシア姉さまを見入ってしまう。これは『恋』だと自覚していた。
「どうかした?」
「え、いやっ、何でもないです……!」
「全く。今の色目使いは改めなさい。私たちは関係を持たないの。それに貴方と過ごせる時間も僅かなんだよ。少しぐらい嫌悪する方が良いと思う」
ミシア姉さまは未来を考慮して助言してくれている。けど、それが出来れば苦労しなかったはずだ。
こんな優しい人を忘れられるものなら、俺は悪意に染まってしまえるだろう。簡単に人を殺める心持ちが抱けたかも知れなかった。
––––ミシア姉さまと離れたくない。
心に強く抱いた気持ちは安易に吐き出せるものじゃなかった。だからこそ、辛くて仕方ない時間を過ごしていかなければならない。
「ごめんなさい。こんなにも落ちこぼれた弟で……。俺は追放されるほどの出来損ないだ」
「自分を責めないことよ。気持ちを強く持ちなさい。己を高めるのは『自信』だからね?」
「で、でもぉ……」
すると、ミシア姉さまが立ち上がる。上から見下ろして来たミシア姉から頭に手を乗せられた。
「よしよし。貴方の方が私より立派だから好きなんだよ? この気持ちは嘘じゃない。貴方には未来を信じて欲しい。それぢけで私は頑張れるからさ」
「み、ミシア姉さま……?」
「もっと高望みして良いんだよ? 家を出たら、貴方は自由だからね? 貴方が思うままに生きていけば良い。誰も文句は言わない」
劣ってしまった俺を励ましてくれる声が上から耳に入って来る。これは心が癒やされていくような感じを抱けた。それを俺は受け入れても良いのか不安だったんだ。
けど、最後にミシア姉さまは優しく抱き寄せて来た。包み込まれるように抱き寄せたミシア姉が軽く背中を叩く。
そうやって温かみを感じていた。すると、そこに酷く鋭い棘のある言葉が浴びせられる。
「おい、ミシアぁ! 何してんだよ? 出来損ないを抱き締めるとは良い度胸だな?」
「––––ん?」
「ビルスじゃないの。来たのね?」
「何やら不自然な光景を目の当たりにしたんだが、どう言うことなんだ? 説明しろ!」
ビルス兄さまが怒鳴りつけて来る。その瞬間、俺なんかが示されて良い温もりじゃなかったんだと思ってしまった。
酷く後悔の念を抱く。しかし、それを振り払うかのようにミシア姉さまは返事した。
「––––黙れ。私にも及ばぬ劣等騎士如きが怒鳴らないでくれる? 耳障りだわ」
「なっ⁉︎ み、ミシア⁉︎ 貴様ぁ!」
黙って立ち上がったミシア姉さまは構える。抜刀する姿勢を取り、大きくビルスに挑んでいった。
「構えなさい? ここで決着をつけるわ!」
「はぁ? 良い度胸じゃねぇか!」
両者は好きなタイミングで抜刀できる体勢で構えていた。そこで両者が互いの隙を見極める。
「来いよ? 貴様なら斬れって捨てても良いぜ」
「悪いけど、殺されたくなければ失せなさい」
「んだとぉぉぉおおお‼︎」
一斉に二人が斬り込んでいく。見事にミシア姉さまを圧倒するスピードでビルス兄さまは切り抜けていった。
ただ、ビルス兄さまが時間差で血を噴き出す。
「悪いけど、早くても隙だらけよ」
「ぐっ⁉︎ 畜生ぉ⁉︎」
「これでも何か文句ある? 敗者に言い分はなかったはずだけど?」
「くそっ⁉︎ ミシアめぇ……!」
素早く斬り込んで来た相手をミシア姉さまは捌いてみせた。
今ので少しだけ理解した。一方的に攻める速度が大きく勝ち筋を決めるんじゃない。相手から上手く隙を突いていくことが勝機みたいだ。
つまり、単純に速度より見極める眼が勝機を見出すんだろう。それを踏まえてミシア姉さまは凄く視力が良い。
「さっさと消えなさい。貴方を見ていたくはないわ」
「お、覚えていろよ!」
尻尾を巻いてビルス兄さまは逃げていく。その後ろ姿は何とも情けなかった。
「あ、ありがとうございます。けど、これを知られたらミシア姉さまも同じように追放されてしまうんじゃないですか?」
「大丈夫。一応、副団長候補に入ったの。後はルーク兄さまが告げ口しなければ問題ない」
「それじゃあ危険ですね……」
俺が落ち込んでいるとミシア姉さまは再び寄って来る。細く美しい腕を伸ばして俺と対面した。
「私も自由に羽ばたきたい。こんな狭い世界で生き続けるのなら、いっそ死んでしまいたい。だから、貴方の味方でいたかったのよ」
「み、ミシア姉さま……?」
虚な瞳は悲しそうだった。そんな悲壮感を漂わせるミシア姉さまが哀れだと思えてしまう。
もし、ミシア姉さまを救えるなら尽くしたい。けど、実現は難しいことぐらい分かっていた。
それに追放が分かっている時点でどうにならない。これは変えようのない現実なんだ。




