9話
ルナが去ってから数分後。愛華達は部屋から出て、秋達と合流する方法を考えていた。すると、階段の方から大きい声が聞こえてきた。
「お姉様ー!どこですか、お姉……お姉様!」
「わわっ」
耕野は愛華に気付くと、走って抱き付いてくる。
「お姉様!ぐすっ、無事でよかったぁ……」
「耕野さん……心配かけてごめんなさい」
「私もいるのだけれどね」
「菊園!静斗!大丈夫か!?」
「奏……私を心配してくれるのは君だけだよ」
「はあ?」
そうこうしていると水奈と秋も追い付いてきた。抱き合っている愛華と耕野を見つけた水奈は、「すいも〜!」と交ざりに行く。
秋はその様子を眺めながら静斗の隣に並ぶ。
「白露静斗も菊園愛華も怪我はないようだな。安心した」
「宵月達も無事でよかったよ」
「無事ではあるが、大変でもあった。特にそこの陽岡奏はセンセイがお前達の方に行ったと気付いた瞬間、直ぐにお前達を追いかけようと慌て過ぎて──」
「あー!あー!そういう話は別にいいじゃん!」
奏の大きな声に驚き、愛華達も集まって来た。
「どうしましたの?そんなに騒いで」
「な、何でもない!あっ、そうだ!実はオレ達、2人に話しておきたいことがあるんだ!な?そうだよなお前ら」
「ああ、そうだな。俺達が逃げた先、3階で初めて見る幽霊に出会ったんだ」
わざわざ“初めて”と言ったのは、秋がゲームをしていた時も見たことがなかったからだろう。秋はどこかわくわくとしており、子供のように目を輝かせている。逆に、奏と耕野は嫌そうにしていた。
「ソイツに道を塞がれたせいで直ぐに助けに来られなかったんだよな〜」
「本当に最悪だった……ぼくは早くお姉様を助けに行きたかったのに……」
「まあまあ2人共、おかげで化物の正体が知れたじゃん!」
「ああ、それなら私達も知っているよ。あれがセンセイなのだろう?」
「あれ?えー!何で知ってるの〜!?」
「実は、ワタクシ達もとある方と出会ったのですわ」
自称霊能力少女、ルナのことを伝える。もちろん、協力を持ちかけられたことも。秋は当然知っているので驚いていないが、他の者達は驚いたり困惑したりしている。
「ええ……何ですかその怪しい人……」
「へ〜こんな場所で、しかも一緒に来た奴らが全員死んだのに凄い余裕だな」
「もー!そうちゃんってば疑ってばっかり〜!疑われるって悲しいんだよ〜……ねっ、あきちゃん」
「いや、俺は別に悲しんでいないが」
「あきちゃんは強いね〜。……でも、その子の説明を聞いたのなら、センセイといじめっ子のことは全部知っているか」
「いじめっ子?それは知りませんわね」
愛華が首を傾げる。ルナはそんなことは言っていなかったが……。
「あれ、そうなの?んっと、すい達が聞いた幽霊ちゃんが言うにはね、センセイっていうのは4人の人間を混ぜて作られているらしいんだ。で、その混ぜられている人っていうのが担任の先生と、いじめっ子3人」
「成程、だから複数の声が重なって聞こえていたのだね。……しかし、“混ぜる”か……」
続きは口にしないが、おそらく悪趣味だと思っているのだろう。そして、それと同時に自業自得だとも感じている。
静斗が複雑な表情をしているのを見た奏は、「まあ」と独り言のように呟く。
「どちらが悪かと決めるのは部外者のオレ達じゃねぇし。難しいことは考えずにいこうぜ。特に静斗、お前は頭で考えるより行動派、だろ?」
そんなことを言いながらウィンクをする奏に、静斗の表情も和らいだ。
「そうだね。『4人も混ざっているのなら残機が4つあるのかな』とか『4人分の耐久力ならどれだけ殴れば勝てるのかな』とか、やる前から難しく考えてもよくない。まずは行動だね」
「……お前さ〜、オレの気遣いを返せよ〜」
忘れていた。静斗は脳筋だった。この話を聞いてその感想が出るとは……いや、この状況ではそんな性格の方が悩まずに動けていいのかもしれない。
こうして情報共有を済ませた愛華達は、ルナが言っていた男性の霊に会うべく『家庭科室』に向かうことにした。
♢♢♢
センセイがいない今のうちにと、愛華達は急いで3階までやって来た。家庭科室は一番奥の部屋だ。早足で向かい、扉を開ける。
(一体、どんな奴が中にいるんだ?)
そんな風に考え身構えていたが、部屋の中に幽霊はおらず、特に異常もない。ルナに騙されたのだろうか?
「人間か」
「!」
男性の声が聞こえたと同時に、愛華達の目の前に緑の靄が現れる。靄は一点に集まっていき、1人の男性へと姿を変えた。
漆黒の長い髪に、光のない深緑の瞳。そして、芸術品のように美しい顔。そのどれもが愛華達の目を惹いて離さない。
(何だ、コイツは……)
男性は1人の1人の顔を見回していき、楽しそうに瞳を歪める。何を考えているのか読めず恐ろしい。
静斗が皆を守るように前に出る。男性を警戒しながら口を開こうとした、次の瞬間──
「わ〜!!久しぶりのお客様でございますね!超ハッピーでございます!いらっしゃいませ〜!」
男性が嬉しそうに叫んだ。
(……何だコイツ)
♢♢♢
「ようこそいらっしゃいました。ボクは雪乃雫。気軽に雫君、雫さん、しーずんとお呼びください」
「ふむ、ではしーずんさんと」
「わあ!早速あだ名で呼んでいただけるとは!ふふふ、とてもとっても嬉しいでございます。あっ、皆様のことは何とお呼びすればよろしいでございますか?このような場所とはいえ、せっかくの出会いですから!お名前を聞き、言葉を交わせ、仲良くなりたいでございます」
「わ、分かったから落ち着いてください」
ルナの言っていた『お喋りな方』という評価は間違っていなかったようだ。口を開けばこちらが止めるまで永遠と喋り続けている。
「おっと失礼。つい長くなってしまいました。喋り過ぎてしまうのはボクの悪い癖でございますね。生前もそれで周囲の方々から浮いておりまして、友人ができたことがないのが悩みだったのでございますよ」
(まずい!また長々と喋り出した!話を変えないと……)
「あ、えっと、雫さんはどういう経緯で幽霊になったのかしら?」
「おやおやおや!ボクに興味が?もちろんお答えしますよ。ふふふ、ボクはこの学校の教師……ではなく、何年も前に趣味で遊びに来た部外者でございます」
「遊びに……ワタクシ達みたいに肝試しですか?」
「いえいえ!遊びに、です!ボクは大のホラー好きでして、色々な心霊スポットに行ってはそこの空気を楽しむのが大好きなのでございます。あっ、ボクは許可取りをせずに行っていましたが、皆様が行く時は必ず許可を取ってから行ってくださいね!ボクのように死んでしまってからでは遅いですから!って、既にこの状況に陥っている皆様に言う話ではないでございますね!あっははは!」
雫はそこまで喋ると何かを思い出したように「あっ」と呟く。
「申し訳ございません。皆様が来られたらゲームをするよう申しつかっていたのを失念しておりました」
「へ〜お前が今回のゲームの担当だったんだな」
「はい!ゲームの内容はまだ確認をしておりませんので、どのようなゲームになるのかわくわくドキドキ楽しみでございます」
「え?」
秋以外の全員が驚いた顔で雫を見る。耕野が不思議そうに口を開いた。
「ゲームってあんた達が自分で決めているわけじゃないのか?」
「ええ、違いますよ。ボク達は“学校”の意思の元に動いているに過ぎません」
学校?尚のこと分からない。幽霊達が決めていないと言うのなら、指示を出しているのは七外ふたなではないのか?
そんな愛華達の疑問に気付いたようで、雫は更に喋り続ける。
「皆様、もしかして七外ふたなが全ての元凶だとお思いでしたか?それは間違いにございます。七外ふたながこの学校を呪ったのではない、この学校が七外ふたなを呪い、利用しているのでございます」
「んえ……どういうこと……学校が呪う?」
雫は目を伏せると、説明をする……というよりも独り言を呟くように静かに、どこか一方的に言葉を紡ぐ。
「いじめ、僻み、嫌悪、そういった悪感情はやがて“呪い”に変わります。普通であれば、この呪いは自然と消えていくものです。ですが、この学校では何故か残り続けた。そして、長い年月をかけて大きな呪いの塊となってしまったのでございます。……しかも最悪なことに、呪いは体を欲した。自身を更に強固にする為に」
そこまで話して雫はパッと笑った。
「と、ここまでがボクが手に入れた情報でございます。ボクは生前のふたな嬢のことは詳しく知りませんが、余程空っぽだったのでしょうね。いや、不運な人生に耐える為、空っぽになるしかなかったのか。……どちらにせよ、もう彼女を救える者はおりません」
「……」
愛華は考え込むように黙る。しばらくして「だけど」と呟いた。
「確かに、ふたなを救うことは無理だと思うけれど、ふたなのことを知って胸を痛めることはできますわ。だって、最初に会った幽霊が言っていましたもの。『ふたなのことを知ってくれてありがとう』と。本当の彼女を知って、ふたなを“悪霊”ではなく、“不幸な人生を生きた子供”だと理解して供養することが、少しは救いになるのではないかしら」
「……」
愛華は真っ直ぐに雫を見る。暗い夜空の中で輝く星のように、キラキラとした力強い瞳を向けて。
予想外だったのか、雫は目を見開いて固まっていたが、やがて大きな声で笑い出す。
「ふふ、あはははは!いや素晴らしい!そうですね、そうでございますね!ボク、貴方のような方は大変好ましく思いますよ。やはり生者はこうでなくては!あはは!」
あまりに雫が笑うため、愛華は若干困惑してしまう。
「え、ええ?……いや、本当に意味があるかは分かんね……分からないですけれど」
「それでも!やらないよりやった方がいいに決まっているでございます!……うーん、であればそうですね、ここのゲームが終わったら次は図書室に行ってください。そこで本当のふたな嬢について詳しく知れると思いますよ」
それだけ告げると、雫はパンッと手を叩く。すると、辺りに沢山のぬいぐるみが現れた。大きさはどれも同じで、イヌやネコなど動物の姿をしていて可愛らしい。
雫は鼻唄を歌いながら愛華達から離れ、適当な机の上に腰掛ける。
「では、そろそろゲームを始めましょう」




