10話
「今回のゲームのルールですが……ふむふむ、成程」
雫はしばらく目を閉じて独り言を呟いていたが、やがて「よし!」という言葉と共に立ち上がった。部屋の奥へと向かって歩いて行き、とある机の前で立ち止まる。
机の上には黒いネコのぬいぐるみがあった。そのネコは先程のコンピューター室でやったゲーム内のネコとどこか似ており、見ていると複雑な気持ちになる。
「皆様〜!ルールをご説明いたします!『このネコさんを改造して正しい姿にしてあげる』……それが、今から皆様がやることでございます」
「か、改造!?何か不穏だね〜」
「改造ってどうやったらいいのかしら?」
「正しい姿とはどういう意味だい?」
「おやまあ、そんなに一気に質問されては慌ててしまいます。落ち着いてください、ちゃんと説明いたしますから」
そう言いながらも口調は嬉しそうだ。コホンと咳払いをした後、机の上から何かを取る。それは一枚の紙だった。
雫は「ららら〜」と歌いながら紙を折り、紙飛行機を作る。それを愛華達の方に向けて軽い力で飛ばした。
紙飛行機はゆるゆるとした弧を描きつつも途中で落ちることなく、見事静斗の前まで飛んで来た。
パサッ
落ちた紙飛行機を静斗は拾い、丁寧に広げる。他の皆も、紙に書かれている内容を後ろから覗き込んだ。
「これは……謎かけかな?」
紙には子供の拙い字で文字が書かれていた。
『クロネコちゃんは みためとなかみが ちぐはぐなんだ! ただしいすがたに してあげて』
その下には一問、二問と問題が書かれている。全てで三問あるようだ。
静斗達が内容を読んだことを確認した雫は、待っていましたとばかりに口を開く。
「読みましたね!今から皆様にはその謎を解き、この部屋にある多数のぬいぐるみの中から正解を選んでもらいます。そして、そのぬいぐるみの体から必要とされている“部位”を取り、このネコさんと入れ替えてください。例えば、正解がそこのキリンさんのぬいぐるみ、必要部位が腕としましょう。まずはキリンさんとネコさんの腕を引きちぎる、もしくは切り落としてください。それから、キリンさんの腕を持って〜……ネコさんに縫い合わせる!といった具合でございますね」
雫はどこかから鋏を取り出し、ニコニコと笑っている。しかし、説明を聞いた愛華達は笑えない。誰も口にはしないが、今までよりも特に悪趣味なゲームだと、そう思っているからだ。
珍しく秋も嫌そうな顔をしている。
「キメラを作れ、ということだな。あのセンセイのように」
「おや、不満そうでございますね。ぬいぐるみとはいえ気が引けますか?可哀想でございますか?」
「……別に」
(秋の奴どうしたんだ?何か迷っている……?)
「皆、色々と思うこともあるだろうが、とにかくゲームを進めよう」
静斗は改めて紙を見て読み上げる。
第一問に書かれていた問題は『泥棒』だ。
『クロネコちゃんは ふわふわかわいいおてて でも そのては ほかのこのたいせつを よくもっていくよ あわないね おかしいね この“女”にあう ぴったりの おててに してあげてね』
「……うん、意味が分からないね。お手上げだ」
「諦めるのが早過ぎる!ですわ」
「う〜ん、クロネコは泥棒で、可愛い手は合わないってことか〜。……なら、可愛くない手にしたらいいんじゃね?」
奏は辺りのぬいぐるみを適当に持ち上げる。
(成程な)
愛華も真似をし、ひとまず近くのぬいぐるみ達に触れてみた。重さを比べたり、ひっくり返してみたりするが、どのぬいぐるみにも大きな差はないようだ。見た目で判断するのは難しいだろう。
そうしていると、奏がクマのぬいぐるみを持って来た。
「コイツは?クマの手って鋭い爪があって怖いだろ?」
「え〜クマ可愛いだろ。ぼくは違うと思う……というか、可愛くない動物なんている?」
「それ言ったら終わりだろ」
奏と耕野が揃って溜息をつく。こうなったら適当に……そう思っていると、水奈が1体のぬいぐるみを手に取った。ネズミのぬいぐるみだ。
水奈は自信満々にぬいぐるみを高く持ち上げる。
「これ、これが合っていると思う!」
「へ〜理由は?」
「勘!」
「だよな。お前はそうだよな」
「……でも、合っている気がするね。ほら、ネズミって何か……泥棒のイメージがないかい?」
「そうですわね……そう言われたらそんな気もするような……?」
「試してみればいい」
秋は水奈からぬいぐるみを取り、雫に近寄る。
「鋏を貸してくれ」
「もちろんでございます。はい、ど〜ぞ。頑張ってくださいね」
鋏を力強く握る。そして──
ザクッ
布を切り裂く。中からは赤い綿がぼとりぼとりと塊で落ちてくる。それは血塗れの臓器のようで、見ているだけで気分が悪くなってしまう。
秋はネズミの両腕を外すと、同じようにネコの両腕も鋏で切り取った。
「おい、終わったぞ」
「……あんた、よくやれるな」
「そういうルールだからな。だが、縫うのは誰かに任せたい。俺はあまり裁縫が得意ではないからな」
「オレも無理」
「当然、私もだ」
「すいも苦手!」
「ワ、ワタクシもその、今回は遠慮しておきますわ……」
皆の視線が耕野に集まる。
「……はあ〜……分かった」
耕野は秋の隣に行く。目の前には腕がないぬいぐるみが2体。無惨なその姿に耕野は思わず顔を歪める。
雫が小さな箱を耕野に差し出した。
「これをどうぞ。縫う為に必要な物が入っているでございますよ」
「ん、ありがと」
耕野は箱を開け、中から小さい針と赤い糸を取り出す。
「す〜、は〜……よし」
深呼吸をした後、ぬいぐるみに針を刺す。素早く、けれど丁寧に。耕野の集中力と手際のよさであっという間に縫い終わった。
ネコの新しい腕。それは見窄らしくボロボロで、高級感のある体と合っていない。だが、これで正解だったのだろう。何故なら、雫がとても喜んでいるから。
「わ〜!おめでとうございます!第一問目は大正解にございますよ!流石!最高!素敵!ボク、感激にございます!さあ、後二問。この調子でパーフェクトにクリアいたしましょう」
「うるさっ……ぼくはこの作業全然楽しくないし、苦痛。早くクリアしてここから出てやる」
「えー!それはそれで悲しいでございます〜!やっぱりゆっくりやりましょう?休憩しますか?疲れているでございますよね?」
「静斗、次の問題は何だった?」
耕野は雫を無視してゲームを続ける。静斗はそんな様子に苦笑しながら、次の問題を読み上げた。
「二問目は『嘘つき』だよ」
『クロネコちゃんは かわいいおかお かわいいおくち でも そのくちからでることばは うそばかり かおににあわない ぶさいくなこころ だめだよね ただしいすがたに してあげないと』
問題を聞き終わり、愛華は頭を捻った。
「嘘……嘘にまつわる動物って何かしら?」
「う〜ん、そうだね……嘘をつく……相手を騙す動物?」
「ああ、それなら──」
「もしかして──」
奏と耕野は同時に動き出す。そして、2人共別々の動物のぬいぐるみを持って来た。奏はキツネ、耕野はタヌキのぬいぐるみだ。2人はお互いが持っているぬいぐるみを見て、顔を歪めた。
「おいおい、相手を騙す、化かすならキツネだろ」
「タヌキだってそうじゃん」
「ふむ……水奈はどう思う?君の勘は何て言っているのかな?」
「それがね、分かんないの。何か、どっちからも嘘?のような、何かを隠してるような……そんな不思議な感じが……う〜ん……うん、ごめん!無理だ!今回はすい、役に立てそうにない」
一問目のように簡単には決まらない。奏と耕野は一旦ぬいぐるみを机に置く。並んでいる姿をじっと観察しても、当然どちらが正解かは分からない。
奏は溜息をつく。そして、雫の方をチラリと見た。
「なあ、少しくらいヒントくれない?」
「申し訳ございません。ボクも力になってあげたいのですが、それはできないのでございます」
「ふたなに怒られるから?」
「いえ、ふたな嬢のお叱りは正直怖くないのでございます。ボクは純粋に、皆様がここで死んでしまってもいい……むしろ、ここで死んでもらいたいと思っているのでございます」
当たり前のことを言うかのような口調で雫はそう言う。だが、そんなことを聞かされた奏や耕野達は大慌てだ。
「な、は!?あんた何を言ってるわけ!?」
「お前、菊園の言葉に感動してたじゃん!?」
「ええ、はい、その通りでございますよ。皆様が生還できるよう応援する気持ちに嘘はございません。ですが同時に、『一人は寂しいな〜誰かここにずっといてくれないかな〜話し相手がほしいな〜』とも思ってしまうのでございます。皆様が生還しても、死んでしまっても、ボクは嬉しく悲しいのでございます」
「やべぇ奴だなお前!」
「それ以上ぼくとお姉様に近付かないで!」
「おや悲しい」
雫の裏表のない発言に愛華も若干引く。この男のことが理解できない。問題の答えも分からない。これはもう秋に助けを求めるしかないだろう。
そう思い、秋の顔を見て気付いた。秋は困っているような、焦っているような複雑な表情をしていたのだ。愛華はそっと秋に近付く。
「どうしたんだよ、秋。変な顔をしてるぞ」
「……悩んでいる、ずっと。ここからの展開を考えると、ここは飛ばしてはいけないイベントなのかもしれない。だが……それは……」
「は?よく分かんねぇけど、センセイの時みたいな強制イベントってやつか?なら、仕方ねぇんじゃねえ?」
「しかし、そうしたらお前が──」
「とにかく!」
秋の言葉を遮るように耕野が大きな声を出す。
「縫うのはぼくやるんだから、ぼくが正解だと思う方でやらせてもらう!分かったな?」
「はいはい、それでいいよ」
「まあ、そうだね。やってみないと分からないこともあるだろう」
「うん!行動あるのみ〜だよね!」
(あっ、もう決まったのか)
愛華は耕野の方へ向かう。その背中を秋は申し訳なさそうに見つめていた。
「それじゃあ……えっと、この場合は口を変えればいいのかな」
「いや、可愛い“お顔”だろ?なら頭を全部変えればいいんじゃね?」
「確かに。なら……」
耕野は鋏を手に取り、少し震えながら鋏でぬいぐるみの首元を切る。そして、秋がやったように首を切り落として……と、考えていたが、耕野がそれ以上ぬいぐるみを切ることはなかった。いや、できなかった。何故なら、切った箇所から声が聞こえてきたからだ。
その声は甲高く、人間が話しているというよりも合成音声を流しているかのようだった。
『い……め……』
「な、何この声?音?」
『痛い!やめて!』
「!?」
そんな悲鳴と共に、ぬいぐるみの首元から小さなタヌキのぬいぐるみが出て来た。ぬいぐるみは怒っているが、その小ささに見た目の可愛らしさも相まって怖くはない。
耕野は安心したようにぬいぐるみを見る。
「何だよ、驚いたな」
『痛い!』
「ごめんごめん。う〜ん、どうしようかな」
『酷い!』
「……ねえ、耕野」
「ん?何だよ」
静斗はぬいぐるみが出て来た場所……耕野が鋏を入れた、大きいぬいぐるみの方を指差す。
「声、こっちからも聞こえないかい?」
『やめて!』
『酷い!』
『痛い!』
『痛い痛い痛い痛い痛いぃ!!』
絶叫のような声が辺りに響く。同時に、首元を切られたぬいぐるみがカタカタと動いた。そして、ぬいぐるみを内側から引き裂くように──沢山のぬいぐるみが溢れてくる。
どれも小さいタヌキのぬいぐるみ。だが、まるでカマキリの卵が孵化する時のように、何十、何百のぬいぐるみがずるずると抜け出していっているのだ。その様子は誰がどう見ても可愛いとは言えないだろう。
耕野が小さく悲鳴を上げて後退る。すると、小さいぬいぐるみ達は耕野の方へ一斉に視線を向けた。
『痛い』
『お前のせい?』
『酷い』
『許せない』
『同じ目に』
「な、何?ぼ、ぼくは……」
「耕野さん!」
「へ?」
愛華が耕野の手を引く。
ドンッ
何か重い物が落ちる音。音の正体はもちろん──
「ひっ……ぬいぐるみ達、が……」
先程まで耕野が立っていた場所。そこに群がるように小さいぬいぐるみ達が集まっていた。見た目よりも重いのか、床は若干凹んでいる。
ぬいぐるみ達は再度、耕野を……獲物を見る。
「逃げますわよ!耕野さん!狙われているのは貴方です!」
「え、あ……」
「あっ、待て!菊園!」
「奏さん!ワタクシは大丈夫!後はお願いしますわ!」
愛華はそう言い残すと、耕野の手を引いて部屋を出て行った。小さいぬいぐるみ達も耕野を追っていなくなる。
あまりにも急な出来事で、しばらく誰も動けない。そんな中、真っ先に動いたのは奏だった。
「っ……菊園!」
慌てて愛華達を追おうと扉に駆け寄る。……だが、出ることはできなかった。
「うわ!何だよこれ!?透明な壁みたいなのがあって出れねぇんだけど!」
「ふむふむ……先程の方々は逃げることもルールの一環としてオッケー。ですが貴方達は駄目、ということでございましょうか」
「はあ!?何だよそれ!」
「い、急がないとあいちゃんとこうちゃんが……」
「むむむ、ボクも助けてあげたいのでございますよ。この部屋以外で死なれてしまっては話し相手になれませんし」
「悪いが、今はその冗談に上手く返す余裕はないよ」
「本気でございますのに〜!」
皆がそうして騒ぐ中、秋はただ黙っていた。
(……伝えていないのにお前はゲーム通りの行動をするんだな、北井真。本当に凄い奴だ。……ならば俺も、やるべきことをやらねばな)
秋はギュッと胸元で拳を握った後、皆に対して「落ち着け!」と大きな声を出す。
「ルールのせいで出れないのならば、ゲームが終わば出れるのだろう?なら──最速で終わらせるまでだ」




