7話
奏は既にゲームを進めていた。画面には教卓の上にある箱が映し出されている。
「おっ、見てくれよ、箱の鍵が外れているぜ」
「わっ!本当だ〜!」
その言葉通り、2つあった錠前は1つになっていた。赤い箱にあった紙の指示に従ったからだろう。となると、もう1つの錠前を外す為には──
「んじゃあ、黒い箱を開けるか」
「……いいのだね?」
「それしかないだろ〜?」
奏は残ったアイテム、黒い箱をクリックする。蓋はゆっくりと開いていき、中に入っている物が段々と見え始めた。それは……3体のぬいぐるみだった。
黒いネコ、キツネ、ネズミの可愛らしいぬいぐるみが箱の中にちょこんと座っている。
ネコのぬいぐるみが立ち上がり、可愛らしい声で喋り出す。
『えーん、みんなぁ聞いてぇ。私の好きなイヌくんに、ウサギちゃんが色目使ってたのぉ』
すると、キツネとネズミのぬいぐるみも立ち上がる。
『えー!酷いね!ネコちゃんがイヌくんのこと好きなのはウサギも知っているはずなのに!性格わるーい』
『ほら、ウサギって結構いい子ぶってるじゃん?あれ、絶対男子にモテたいからだよ。「健気に頑張る私を見て〜」って。本当に嫌な子』
『やっぱり貴方達もそう思う?私、間違ってないよね?』
ネコが顔をこちらに向けた。画面越しに確実に愛華達を見ている。
『ねえ、そこの貴方達。私に協力してくれない?この教室内のどこかにウサギがいるはずよ。見つけてここまで連れて来て。……このままじゃ私の恋も叶わないし、イヌくんも騙されたまま。可哀想な私のこと、助けてくれるよね?』
(はあ?何言ってんだコイツ……でも、やらなきゃゲームが進まないか。奏に──)
「って奏!……さん!?どうしましたの?今日で一番顔色が悪いですわ」
「……あ……うん、へ、いき」
口ではそう言っているが、顔面蒼白で今にも倒れてしまいそうだ。
しかし、そんな状態でも奏はゲームを進める。自分の意思で……というよりも、もはや何かに取り憑かれているかのように。
奏はクリックをして画面を変えていく。その動きは何回かして止まった。ある机の上に、ぬいぐるみが置かれていることに気付いたのだ。
先程までは確かになかったぬいぐるみ。それは雪のように真っ白で、ふわふわと可愛らしいウサギだった。
ウサギはこちらに気付いたのか、『あら?』と呟いた。
『お客さん、かしら。こんちには』
「おや、このぬいぐるみは穏やかで優しそうだ」
「目もキラキラで綺麗だね〜!」
「……ふん、だからアイツらに狙われたんだろうな。ぼくも昔、可愛いって理由で女子にやっかまれて大変だったから分かる」
「耕野さん……」
「あっ、もちろんもう過去のことなんて気にしていませんよ!大事なのはお姉様のいる今!ですから!ね!え、えっと、奏!これからどうす
──」
『きゃあ!痛い!やめて!』
奏は愛華達を無視してゲームを進めている。嫌がるウサギを持ち上げ、移動させる。
「はぁ……はっ……」
奏の口からは荒い呼吸音が漏れ、汗がダラダラと流れる。その目からは正気を感じられず、まるで“そうする以外の選択肢がない”と何かに脅迫されているかのようだった。
そうして、ウサギは抵抗も虚しく黒い箱の中へと入れらた。ネコが嬉しそうな声を上げる。
『わあ!ありがとう!これでイヌくんを助けられる!』
『ありがとう!』
『ありがとう!』
『『『私達の為にありがとう!!』』』
ウサギ以外のぬいぐるみ達は感謝の言葉を述べながら……ウサギを蹴った。殴って、引っ張って、暴言を吐いた。ウサギが許しを乞うても、腕が取れても、綿が出ても。ネコ達は自分達を正義と謳いながら思い付く限りの暴力を振るっていった。
その残虐な行為は1分も経たずに終わった。だが、それでも愛華には何時間にも感じる程の悪夢のような光景であった。
ネコが落ちている綿に手を突っ込み、何かを取り出す。鍵だ。
『これ、あげる。私は要らないけど、貴方達には必要でしょう?』
『ウサギが隠してたんだー』
『最低〜』
画面端に鍵が表示される。アイテムを手に入れたということだろう。愛華は思わず目を瞑る。後味は悪いがこれはゲーム、そう自身に言い聞かせ、改めて目を開いた。
だが、これを“ただのゲーム”で終わられせることができない者がいた。
「は、はっ……はぁ……」
奏は割れるように痛む頭を押さえる。……けれども痛みも苦しみも増すばかりだった。更に追い討ちをかけるように、奏の脳内に映像が流れてくる。
……………
『うっ……うう……』
どこかの学校の裏庭で、中学生くらいの少年が地面に這いつくばって泣いていた。辺りには教科書やノートが散らばっており、そのノートには『陽岡奏』と書かれている。
『うわっ、泣いてる〜』
『お前さあ、泣いたら許されると思ってんのか?』
そう話しかけてくるのは、奏と同じく中学生くらいの少年2人。
『問題でーす。何でお前は殴られているでしょーか?』
『わ、分かんない……俺、何もして──』
『まともに答えられないなら黙れ』
『がっ……』
起き上がろうとしたところを少年に蹴られ、奏は地面に倒れる。痛い。立ち上がれない。
そんな奏の頭を少年は踏み付ける。
『お前、××に付き纏っただろ』
『××さ、ん?』
『おいおい、知らないふりかよ。長い茶髪の女子。俺の幼馴染だ』
『え、で、でも俺、女子に話しかけてすら……あっ、もしかして昨日ハンカチを拾って渡した子?』
『はっ、わざとらしいな。今日も話しかけてただろ』
『違っ、あれは××さんから話しかけられたんだ!昨日急いでてお礼できなかったからって、改めてお礼を言われただけで……』
奏を踏み付けている足の力が増す。
『下手な言い訳すんなよ!アイツは男が苦手で、俺以外の男子に自分から話しかけるなんてことはしない!俺がアイツを守ってやらないといけないんだよ!』
興奮気味にそう叫ぶと、少年はポケットから何かを取り出した。釘だ。どこかから拾ってきたのか、赤茶色に錆びている。
少年は釘をぎゅっと強く持ち、もう1人に『押さえてろ』と指示を出す。
キョロキョロと辺りを見渡し、手頃な大きさの石を拾ってくる。そして、怯える奏の右手を掴んだ。
『……まあ、だからさ、お前に釘を刺しておかないとなって思ったんだよ。文字通り』
『え、じ、冗談だよね?そんなことしないよね?』
『いや、これくらいしないとお前理解しないじゃん』
釘の先端が奏の手に当たる。本気だ。そう理解した奏は泣きながら懇願する。
『ごめん!ごめんなさい!俺が悪かったです!もう絶対に××さんに近付きません!何でもするから許して!』
『言ったな?じゃあ、服脱いで土下座しろ。録画するから』
『へ?』
『聞こえなかったか?全裸土下座だよ。お前の情けない姿をアイツに見せるんだ。分かったら早くしろ』
奏を押さえていた少年が離れる。……今なら逃げ出せるかもしれない。今、走り出せば──
『は、はい』
……今の奏に、逃げることを考えられる程の心の余裕はなかったようだ。思考を停止し、痛みが少ない方を選ぶので精一杯だったのだろう。
そうして、奏は自身の制服に手を伸ばす。
……………
「奏?どうしたんだい?」
急に動かなくなった奏を心配し、静斗は声をかける。しかし、奏からの返事はない。不安に思い肩に触れようすると、奏がその手を振り払った。
「触るな!俺に近寄るな!」
「なっ……そ、奏?」
「お前達だって俺を馬鹿にしているんだろ!?俺みたいな暗い奴、ウザいんだろ!」
奏は勢いよく立ち上がる。ガタッと大きい音を立てて椅子が倒れた。
「はっ、はっ……ち、違う……違う……俺は頑張った。あの頃の俺とは違う。この姿なら、この“オレ”なら、もうあんな目に遭わないはずなんだ……」
自分に言い聞かせるように、奏はぶつぶつと呟き続ける。愛華達のことなんて目に入っていないようだ。
「だ、大丈夫、大丈夫……大丈夫じゃないと駄目なんだ。俺は、俺は……」
「そ、奏さん、どうしたのですか?何か悩んでいるのなら、ワタクシが聞きますわよ?」
愛華はそう言いながら近付こうとしたが、奏の涙交じりの「うるさい!来るな!」という拒絶の言葉に足が止まる。
「特別な奴に俺みたいな空気の気持ちなんか分かるもんか!誰も俺を見ない!誰も俺に気付かない!なのに変な誤解だけされて、いじめられて……俺はただっ!普通に──」
「っ……陽岡奏!」
一歩。先程出せなかった一歩を、愛華は踏み出す。
奏の両頬に手を添え、自身の方を向かせる。
「ワタクシは貴方を見ているわ」
愛華はじっと奏の瞳を見る。涙が溢れ、不安や恐怖で揺れている瞳を。
「貴方を見ない馬鹿も、貴方をいじめる分からずやのことも、全部全部考える必要はありません」
奏は黙って愛華の言葉を聞く。静斗にしたように手を振り払うことはしない。
「ワタクシは貴方を見ているわ。貴方の仲間想いな優しさも、慎重で、よく考えているところも。だから──」
「……お前が知っているオレは、本当の俺じゃないかもよ?」
自嘲気味に奏は笑う。愛華から……愛華が語る“陽岡奏”から目を逸らしながら。そして、震える声で語り出す。
「仲間想いなんじゃなくて、お前達に嫌われてまた独りになるのが怖いから優しくしているだけ。それに、臆病で人を信じられないから慎重なんだ。まだまだ隠してることも多い。分かったか?俺は──」
「なら教えなさい。本当の貴方のことを」
奏の言葉に被せるように力強く、真っ直ぐにそう伝える。
予想外の言葉だったのか、奏は驚いたように愛華を見た。
「え、っと……」
「貴方のことをちゃんと知って、本当の奏さんと友達になりたい」
「……俺、面倒くさい男だよ?」
「ははっ、どんとこい!……ですわ!」
流石に恥ずかしくなったのか、照れたように笑う愛華。つられて奏も笑う。今日見た中で一番楽しそうな笑みだ。
「あはは、今日の菊園はカッケェね」
「そ、そそそ、そんなことありませんわ!」
「え〜そうかな」
(やべぇ!つい熱くなっちまった。アタシのことバレたか!?)
「と、とにかく!これから先、過去の記憶で苦しくなったらワタクシのことを考えなさい」
「ん〜……そうだな。その他の奴らのことを考えるより、菊園のことを考えている方がいいかも」
「ええ、そうでしょうそうでしょう」
失敗を誤魔化すように何度も頷く愛華。そんな愛華を見つめる奏の顔は何故だか赤く、表情も今までとは違う。まるで、愛おしいものを見ているような──
「奏。もう話しかけてもいいかな?」
「そうちゃーん!落ち着いてよかったよぉ〜!」
「ぼくも、結構心配……した」
「お前ら……あの、ごめん。さっきは取り乱して。八つ当たりしちまったけど、俺、本当にお前らのこと大切で……こんな俺だけど、嫌いにならないで……ほしいです」
静斗と耕野、水奈の3人は真顔で顔を見合わせる。そして直ぐ、にや〜とした笑みを浮かべた。
「あ〜……これは俺、やっちゃったか」
「え〜奏ってばぼく達のこと大好きじゃ〜ん」
「すい嬉しいー!すいもね、そうちゃんのこと大好きだよ!」
「もちろん私もだよ。奏が私のことを大好きなようにね」
「くそっ!やっぱり調子に乗りやがった!俺は別に好きなんて言ってません〜!」
「照れんなよ」
「可愛い〜」
「言い訳すると余計に恥ずかしくならないかい?」
静斗達が奏を囲い、わいわいと盛り上がる。奏も口では嫌がっているが、表情は楽しそうだ。
そんな光景を愛華が微笑ましく眺めていると、秋が声をかけてきた。
「なあ、愛華。その……お前と話していた時の奏、顔が赤くなかったか?」
「そうか?普通だろ」
「いや、あれは絶対に惚れて──」
「おい、菊園ー!耕野が呼んでんぞ〜」
「へ、あ、はーい。分かりましたわ〜」
愛華は耕野の方へ向かう。入れ替わりで奏が秋の前に来た。
秋は呆れたように奏を見る。
「俺が信用できないのは分かるが、そこまであからさまにしなくてもよいのではないか」
「まあ、確かにお前のことは疑ってるよ」
奏はそうハッキリと口にする。もう取り繕う必要がないと思っているのだろう。
「でも、それだけじゃねぇ」
グッと、顔を秋に近付ける。他の人達に……愛華に聞かれないように。
「お前、菊園と仲良いじゃん。いつから親しくしてたか知らねぇけど……絶対に負けないからな」
それだけ告げると、奏も皆の元へ戻って行った。残された秋は、しばらくの間ぽかんと口を開けて固まる。
少しして、ポツリと呟いた。
「ガ、ガチ惚れじゃないか……」




