6話
飼育小屋から出た愛華達は本来の目的であるコンピューター室を目指し、別棟の入り口まで戻って来た。
耕野は錆びた鍵を取り出すと、慎重に鍵穴に差し込んだ。
「えい」
ガチャ
「やった!開いた!」
耕野は嬉しそうに愛華に駆け寄る。愛華は耕野を撫でた後、扉を開き、中へ入る。
別棟の中も本館同様、辺りが見渡せる程度に明るかった。これなら先程の幽霊が言っていた“センセイ”が現れても、急に暗闇から襲われるという心配はなさそうだ。
「コンピューター室だったな。付いてこい」
秋は先頭に立ち、歩き始める。廊下を歩き、階段を上り、やっと着いた場所は2階の奥にある部屋だった。
「ふむ、ここが……中にどんな危険があるか分からないからね、気を引き締めて行こう」
「だな。今度は気絶すんなよ〜耕野」
「うるさい。あんたが怖くて震えて泣いて蹲っても絶対に助けないからな」
「いいです〜男に助けてもらいたくないです〜」
騒がしい奏達を無視して愛華は部屋の中に足を踏み入れる。そこは廊下よりも暗く、何かがいるわけでもないのに不気味な雰囲気が漂っていた。
机の上には沢山のパソコンが並んでいる。しかし、画面はどれも真っ黒だ。
「ん〜……パッと見た感じ、特に変わった物はないね」
「ええ。ですが油断はできませんわ。また幽霊が突然現れる可能性が──」
愛華が言い終わる前に誰かの声が聞こえてくる。
『こっ……す……』
「え?誰か何か言いましたか?」
「いえ、ぼくは何も」
『あの』
「すいも何も言ってないよ」
「あら、気のせいかしら……」
『こ……こっちです!』
そんな言葉とともに1台のパソコンの画面がつく。愛華達が近付いて見てみると、そこには中学生くらいの大人しそうな少女が映っていた。
少女は服の袖で顔を隠しながら、びくびくと怯えて愛華達を見る。
『ひっ、あ、あの……ゲーム……薬……』
「おや、君が今回のルール説明をしてくれる幽霊だね。よろしく頼むよ」
『は、はい。えっと、今からこのパソコンでゲームをプレイして、も、もらいます。クリアできたら薬をあげます』
「マジ?オレ、ゲームって結構得意だぜ〜!ジャンルは?」
『だ、脱出ゲーム……です』
「オッケオッケ!任せて!」
奏は椅子に座り、画面の前で伸びをする。やる気満々だ。
そんな奏の顔を少女はじっと見つめた後、何かを呟く。
「え?ごめん、何て言った?」
『可哀想だな、って……あっ、ごめんなさいごめんなさい!こんなこと言われて不快ですよね今直ぐ消えますぅぅ!』
言葉通り、少女はパッと姿を消した。代わりに画面に映ったのは『教室からの脱出』と、『始める』という文字だった。
「な、何だよ可哀想って……まあ、いっか。取り敢えず始めるぞ?」
「ええ、お願いしますわ」
「任せろ〜」
奏はカーソルを動かし、『始める』をクリックする。すると映像が切り替わり、暗いBGMとともに教室内のイラストが表示された。どうやら一人称視点のゲームのようだ。
「えっと、カーソルを動かして気になる所を調べたり、左右に視線を向けたりできるわけね。はいはい成程」
少し見ただけで直ぐに操作を理解したようで、奏は目に付いた物を片っ端からクリックしていく。
それは机の中を調べた時のこと。明るい音楽が流れ、何かが出て来た。アイテムを見つけたのだ。
「何だい、これ。……赤いスイッチ?」
「っぽいな。クリックで押せるから、やってみるか」
皆の返事を待たずに奏はスイッチを押す。すると──
『陽岡奏?え〜誰だっけ?うちのクラスにいた?』
『あれだよ、あの暗い奴』
「……え?」
奏は振り返り、辺りをキョロキョロと見渡す。
「お、お前達何か言った?」
「?いえ、何も言っていませんわ」
「私も」
「すいも何も言ってないよ〜」
「ぼくもだ」
秋も首を左右に振る。全員に否定され、奏は首を傾げながらパソコンに向き直った。
「おかしいな、何か聞こえたような……う〜ん、気のせいか」
そう自身を納得させ、ゲームを続ける。
先程謎のスイッチを押したからか、ゲーム内の教卓の上に箱が用意されていた。箱には鎖が巻かれ、錠前が2つ付いてる。
「おっ、これは鍵を探すんだな。なあ、宵月〜どう思う?」
「……陽岡奏、何故俺に聞く?」
「べっつに〜?聞いただけだし」
「……」
秋は無言だ。こんなに疑われていては、答えまで導くどころかアドバイスすらできないだろう。
そこから少し時間がかかったが、秋以外で意見を出し合って2つのアイテムを見つけることができた。赤い箱と黒い箱だ。
「ん〜取り敢えず赤い方でいい?」
「ええ、お願いしますわ」
「はいよ」
赤い箱をクリックすると蓋が開く。中には数枚の紙が入っていた。一番上の紙には『下の写真から要らない子を選ぼう』と書かれている。
奏がクリックすると、2枚目の紙に移動する。それはどこかのクラスの集合写真だった。沢山の子供達が笑顔で写っている。
「普通の写真だね。“要らない子”とはどういう意味だろう」
「さあな〜……ん?おい、ここを見てみろ」
「これは……ふたな、かしら?」
子供達が並んでいる右上に、無表情のふたなが写っていた。相変わらずのボロボロな姿で、皆が正面を向いている中、1人だけ子供達に視線を向けている。周囲からは浮いている……というより、ふたなのせいで心霊写真のようだ。
「要らない子……まさか」
奏がふたなをクリックする。すると、『正解』という文字が表示された。そして、またあの声が聞こえてくる。
『あっ、おいお前……あの〜名前なんだっけ?』
『ひ、陽岡……です』
『あーそれそれ。悪いけど当番代わってくんね?俺ってほら、忙しいから』
『え?お、俺も今日は用事が……』
『え?無理なの?それって何の用事?』
『えっと、あの……』
『と・に・か・く!頼んだからからな』
『あっ、待って!』
「……」
「?どうしたんだい、奏。顔色が悪いよ」
「だっ、大丈夫。次にいくぞ〜」
パソコンの画面は既に2枚目を映していた。今度は3人の少女が笑っている写真だ。
愛華は間違い探しでもするかのように、隅から隅まで真剣にその写真を見る。そして気付いた。
「ここ!3人の陰に隠れるようにふたながいますわ!」
「お、おお。本当だな」
奏は頷きつつも、クリックをしようとしない。愛華や水奈が不思議そうに「奏さん?」「どったの?」と声をかけてやっとマウスを動かした。
「な、何でもない。進めるぞ」
そう言ってクリックをする。これも合っていたようで『正解』の文字が表示された。もちろん、それだけでは終わらない。
「う……ぐっ」
『おい〇〇、お前昨日当番サボって帰ってたろ〜』
『サボってねぇよ。ほら、あの……クラスの端にいる根暗。アイツが自分から代わるって言ったんだ』
『そうなのか?俺も今度もやってもらおうかな』
『いいと思うぜ。どうせアイツなんかいるのかいないのかも分からない……いや、むしろこの世界にいる必要のないモブみたいな奴なんだ。いいように使わないと損だぞ』
『ははっ、言い過ぎ〜。でも確かにそうだな』
奏は耳を押さえる。これ以上何も聞きたくないと拒絶するように。その姿を見て心配になった静斗が声をかける。
「なあ、本当に大丈夫なのかい?一旦休憩しても……」
「……」
「あの、奏さん?苦しいならワタクシが代わりますわよ?」
「え!?な、なら、ぼくがやります!お姉様の手を煩わせたりしません!」
「すいも!すいもやる!」
「……いや」
奏は顔を上げた。普段と変わらない、軽薄な笑みを浮かべている。
「大丈夫だって!もう、お前ら心配し過ぎ〜。ほら、次が多分最後だぜ!パソコンの画面を見、よ……」
画面を見た奏は固まる。そこに写っていたのは写真ではなくイラストだった。3人の少年が並んで描かれており、端の2人は笑っているが真ん中の少年だけは泣いている。
「あら、何かしら?」
「ふたな……は、いないようだね。これはどうするのが正解だろう」
「……」
奏はスッとマウスを握る。そしてクリックしたのは──泣いている少年だった。
画面に『正解』の文字が表示される。そして──
『あ、あの……』
『あん?何?』
『そ、それ俺の、です。テスト始まる前に返してもらえると……』
『ん?ああ、この消しゴム?いや、俺のだし』
『え、えっと、名前、書いてあるはずだから……』
『は?何、俺が盗んでるって言いてぇの?もし名前書いてなかったらどうすんだよ』
『そ、それは……あの……』
『声ちっさ。ハキハキ喋れねぇの?もういいわ。お前がどっか行かねぇなら俺が移動する』
『あっ、持って行っちゃった……どうしよう』
『〇〇〜お前今日の朝さ、後ろの席の奴、えっと……陽岡だっけ?アイツに何か絡まれてなかった?』
『見てたなら助けろよ〜。俺マジで困ってたんだぜ?何か、俺が消しゴム盗んだって言ってきてさ〜……まあ、実際にこれ俺のじゃないけど。アイツの机の上に落ちてたから拾っただけ』
『マジ?あっはは!やば〜お前盗ってんじゃん』
『え〜別によくねぇ?ははは』
『……』
「……う……奏!」
「っ!えっと、あ……耕野か。どうしたんだよ?」
「どうしたって……あんた今、結構酷い顔をしているぞ。そんなにしんどいなら休めよ」
「そうですわね、流石に心配ですわ」
「……何で俺なんかの心配をするんだよ」
「え?ごめんなさい、よく聞こえませんでしたわ。もう一度言って──」
愛華が奏の顔を覗き込もうとすると、それを防ぐように手で隠される。
「あはは、オレは平気だって!菊園はゲームなんか全然やったことないじゃん。オレに任せてくれよ」
奏はスッと手を下ろす。笑ってはいるものの、顔色はまだよくない。無理をしていることは誰の目にも明らかだろう。
「奏、私がやってもいいんだよ?」
「代わりません〜。女子にいい所を見せるのはオレだぜ!」
そう言ってゲームに戻る奏を、愛華は困惑しながら見つめる。すると、小声で秋が声をかけてきた。
「“何で”って顔だな」
「……そりゃそうだろ。アイツに何が起きているのか分からないけど、普通じゃないのは見て分かる。無理せずアタシ達に代わればいいだろ」
「アイツはな、お前達“友人”に辛い思いをさせたくないんだ。守りたいんだよ」
「……何だよ、それ」
愛華には──真には友達がいなかった。信頼をされたことも、守ってもらったこともない。こういう時、どんな行動をするのが正解なのか分からないのだ。
秋は愛華の気持ちに気付いていないのか、そのまま話を続ける。
「展開が全て分かっていても辛いな。俺のことを疑っているからか、俺にも代わろうともしないし。いや、代わられても困るんだが」
「何でだよ。代わってやればいいじゃん」
「無理だ。メタ的に言うと、これは奏のイベントなんだ。これを奏が乗り切ってくれないとバッドエンドになる」
「バッドエンド……それって、どうなるんだ?」
「死ぬ」
「は!?」
愛華は驚いて秋を見る。
「このゲームはキャラが死んでも進むようになっている。だが、1人でも死ぬとバッドエンド扱いになり、トゥルーエンドどころかノーマルエンドも迎えられない」
「そんな……」
だが、秋の言葉を否定できない。何故なら先程の飼育小屋の件があったからだ。あれは上手くいっただけ。もし鶏を捕まえるのに手間取っていたら耕野はセンセイに捕まり、間違いなく死んでいた。
愛華は縋るような思いで秋に問いかける。
「なあ、アタシに何ができることはないのかよ?アタシだって何か力になりたいんだ」
「ない。お前にも、俺にも。奏を救えるのは主人公、静斗だけだ」
秋は淡々とそう告げる。突き放すかのようなその冷たさは、まるでゲーム画面を前に攻略本を読み上げているかのようだ。
「……そうかよ」
(コイツ、このゲームを知っているからかアタシ達のことを“キャラ”としか見てないよな。感情があると理解してはいるけど、いまいち実感していないというか。……アタシは、目の前のコイツらのことをそんな簡単に割り切れねぇよ)
少し間を置いて、愛華は口を開く。
「おい、秋。お前は助けてくれているし、文句は言わねぇよ。攻略についても従う」
「どうした急に……まあ、そうしてもらえるとありがたいが」
「けどよ」
「?」
「だからといってやりたいことは我慢しねぇ。アタシはアタシの正しいと思うことをやらせてもらうぜ」
「は、どういう……あっ、ちょっ」
呼び止めようとする秋を無視し、愛華は皆の会話に混ざりに行く。
愛華はじっと奏の顔を見つめる。相変わらず辛そうだ。
(絶対に死なせない。コイツも、他の奴らも)




