4話
「さて、次はどこに行くべきか……」
愛華の呪いを解いてしばらく経った後、静斗はそう呟いた。次への手がかりはないが、教室を順番に覗いていくのも時間がかかる。どこか行き先を決めておきたいと思うのは普通だろう。
耕野が悩みながら口を開く。
「今回みたいに幽霊が解呪の薬を持っている、と考えていいな?なら、幽霊がいそうな場所に行くのはどうだ?」
「わっ、こうちゃん頭いい!う〜ん、幽霊、幽霊……トイレはどうかな?トイレって怖い話が多くない?」
「お〜いいんじゃね?可能性はあると思うぜ」
そんな話し合いに愛華も加わろうとした時、秋が話しかけてきた。他の者に聞かれないよう、小声で。
「トイレを探索するのは時間の無駄だ。次の薬へのヒントがあるだけだからな。最短を目指すならコンピューター室だ」
「コンピューター室だな、分かった」
愛華は静斗達に声をかける。
「皆さん、提案なのですが、次はコンピューター室に向かいませんか?」
「お姉様が仰るなら!」
「速っ!耕野ってマジで菊園全肯定マシンだよな〜。でも、コンピューター室か……特に幽霊が出そうなイメージはないよな」
「は?文句があるのか?ぼくはお姉様の意見に反対する者には暴力も厭わないぞ」
「まあまあ、落ち着きなよ。……愛華、どうしてそっちが気になるんだい?」
「えっと、あ〜……ただの勘、ですわ」
無理だ。良い言い訳が思いつかなった。どれだけ人望があっても、こんな理由では愛華大好きマンの耕野しか来てくれないだろう。
愛華が自身の発言を後悔していると、水奈が抱き付いてきた。
「うんうん、いいと思う!勘ってさ、案外馬鹿にできないよね。すいもよく勘で動くから分かる!」
「水奈さん……」
「いや、勘なら勘でいいんだ。愛華は何でもよく考えて動くから、今回のことにも理由があると思っただけでね」
「何だよ、今日は頭を使ってんじゃん王子詐欺。はっきり言えよ〜本当は怖いから行きたくなかったって」
「は〜?いいよ、今から行こう。早速行こう。私に恐怖心なんてないこと、そして奏の方が幽霊を怖がるお子ちゃまだということを証明してやろうじゃないか」
煽り耐性が低過ぎる。静斗が肝試しを提案した時もきっとこんな流れだったのだろう。だが、今回はその単純さに救われた。
「次に向かうのはコンピューター室か。場所は俺が知っている。案内しよう」
「……へ〜凄いじゃん。宵月って何でそんなことも知ってんの?」
「秘密だ」
「ふ〜ん……まあ、いいぜ。行くか〜」
奏はニコニコ笑っているが、間違いなく秋のことを疑っている。最短を目指したばかりに、ただでさえ無い秋の信頼がマイナスになってしまった。
これ以上秋が怪しまれたらまずい。愛華は「早く行きましょう!」と皆を急かすのだった。
♢♢♢
コンピューター室は別棟にあるとのことで、秋の案内のもと通路を渡り、別棟への入り口まで来た。しかし、そこで問題が発生する。
「困ったな、別棟に繋がる扉に鍵がかかっている」
静斗は困ったように扉の前で立ち尽くす。
「宵月、鍵の場所は知らないのかい?」
「……」
秋は無言だ。きっと悩んでいるのだろう。鍵を知っていると言うかを。
(秋の奴、結構怪しまれてるもんな。これで鍵がどこにあるかも知ってたら、マジで黒幕扱いされかねない)
ここは愛華が何とか助ける場面……と分かっていても、こんなにも秋に注目が集まっている状態では、こっそり場所を聞くこともできない。
愛華が考えていると、秋が搾り出すように「その辺」と呟く。
「わ、分からないが、あっちを探したら……落ちているかも……しれない……」
そう言って、秋は自身から右側を指差す。表情は変わらず真顔だが、愛華には分かる。この男、だいぶ焦っている。
(コイツ……もしかして結構ポンコツか?)
「よ、宵月?えっと、それは……」
「行きましょう」
「え!?」
「このままここで手をこまねいていても仕方ありませんわ。行動あるのみ、行きますわよ」
「そ、そうかな?まあ、私も考えるより行動派だから構わないが……あっ、ちょっ」
愛華は静斗を無視してズンズンと進んで行く。考える余裕を与えてなるものか。秋が疑われるくらいなら、自分が心配された方がマシだ。
そんな愛華の覚悟を知る由もない静斗達は、混乱しながら愛華に付いて行った。
♢♢♢
通路から外れ、土の上を歩いて行く。雑草が生えているものの歩きやすく、辺りもよく見える。近くには花壇もあり、花こそもう植えられていないが、昔はここも綺麗な場所だったのだろうと想像できた。
静斗達は見落としがないよう、ゆっくりと歩いて行く。すると、途中で耕野が立ち止まった。
「あそこ、小屋がある!」
「本当だ〜飼育小屋かな?」
耕野達が見つめる方向には、確かに小屋があった。耕野は小走りに小屋に近付くと、何かに気付いたのか嬉しそうな声を上げた。
「鍵だ!中に落ちてる!」
「あら、本当ですわね」
愛華も小屋を覗く。飼育小屋のようだが、当然動物はおらずがらんとしている。床には耕野の言う通り鍵が落ちていた。
耕野は飼育小屋の入り口へ向かう。
「ここには鍵がかかってないな。よし……お姉様!ぼく、取って来ますね!」
「えっ、いいわよ。ワタクシが行くわ」
「いえ!そこで待っていてください」
喋りながら耕野は扉を開け、中に入って行く。そして鍵を拾った。鍵はだいぶ錆びついていたが、ここはゲームの世界だ。きっと使えるだろう。
「お姉様〜!今そちらに……わっ!?」
耕野は突然下を見て焦り始める。それと同時に鶏の鳴き声と、タッタッと走り回る音が聞こえてきた。
「な、何だ?何も見えないけど何かいるぞ」
声や音は移動し、入り口から何かが出てくる気配がした。そして──
ガチャン!
「え、え!?嘘嘘嘘!?扉が閉まった!?」
耕野は慌てて扉に駆け寄り、何とか開けようとドアノブを捻る。何度も何度も。けれど扉が開くことはない。鍵がかかっているようだ。
途方に暮れる耕野に対し、水奈が叫ぶ。
「こうちゃん!後ろ!」
「え?……ひっ……!?」
「見つかっちゃったー!」
耕野の背後にいたのは中学生くらいの少女だった。楽しそうにけらけらと笑っているが、その左半身は食い千切られたようになくなっている。至近距離でそんな幽霊を見た耕野は、驚きのあまり失神してしまった。
ドサッ
倒れた耕野を少女は指で突き、また面白そうに笑う。
「あはは、お姉ちゃん驚き過ぎ〜!」
「っ……触るな!」
愛華は飼育小屋の入り口に駆け寄り、扉を力いっぱい引っ張る。……開かない。古く脆そうな見た目だが、ふたなの呪いの力なのか無理矢理開けることはできないようだ。
「もう!落ち着いてよ!アタシに敵意はないよ!」
「……本当かしら」
「信じてよ!これでも同情しているんだよ、アタシ。お姉ちゃん達が昔のアタシと同じ状況だからさ」
そう言って、少女は自身の体を指差す。
「アタシもね、前に友達とここに来たの。それで、ふたなのお遊びで死んで、この学校の呪いの一部……ふたなの玩具としてずっと縛り付けられている」
少女の話を聞き、『もしかして自分もこうなるのでは?』と、そう思ってしまった愛華は僅かに肩を震わせる。
だが、直ぐにやる気に満ちた目に変わった。
「それはお可哀想に。ですが、ワタクシ達は誰一人欠けることなくここを出ます。貴方のようには決してなりません」
「あはは、いいね!それくらいじゃなきゃ、ここからは出られない。……じゃあ、ルール説明をしようか」
「!これも、ふたなのゲームの一環なのだね」
「うん。クリアできたら倒れているお姉ちゃんも助かるし、薬もゲットできるよ」
そうして少女は説明を始める。
「ルールはね、ちょー簡単!今、ここから3羽の鶏が逃げたから、追いかけて捕まえてこの小屋の中に戻すだけ」
「おいおい、捕まえてっていうけどさ〜、オレには鶏の姿なんて見えなかったぜ?」
「でも、鳴き声や足音は聞こえたでしょ?方法は何でも構わないから頑張って捕まえて。大丈夫!あの子達は驚いて逃げただけで、大人しい子達だから。捕まえさえすれば、暴れることはないよ。鶏を連れて来たらここを開けてあげる」
無茶を言う。見えない動物をどう捕まえろというのか……と、本来なら悩むのだろうが、こちらには秋がいる。鶏のいる場所、捕まえ方は把握していることだろう。
早速動き始めようとした時、少女が「ただ」と言葉を続けた。
「早く見つけないと、“センセイ”が来るから気を付けてね」
「センセイ?」
「うん。この学校に元々いた教師達も呪いによって閉じ込められているの。その中でもふたなの担任だった男……センセイは特に酷い呪いを受けていてね、今はふたなの言いなりなんだよ」
「ふむ、そのセンセイとやらが来たらどうなるんだい?」
「このお姉ちゃんが死ぬよ」
少女は耕野を指差しながら、当たり前のことを告げるようにそう言う。
「なっ!う、嘘ですわよね?」
「嘘じゃないよ。だってアタシはセンセイに殺されたから。ふたなの命令で、センセイはこの学校を巡回している。お姉ちゃん達を捕まえて殺す為に。こんな所で出れなくなっている人間なんて真っ先に殺すよ」
「君が扉を開けなければいいのではないかな?」
「残念だけど無理だよ。センセイもアタシもふたなの命令で動いている。これはね、お姉ちゃん達が鶏を先に見つけるか、センセイが獲物を先に見つけるかのゲームなんだ。……ごめんね」
「……そう」
愛華はポツリと呟き、顔を俯かせる。そして──高笑いした。
「おほほほ!それならそれで構いませんわ!やってやろうじゃありませんの!秋……さん!」
「はっ、はい」
「貴方はワタクシ達よりこの学校に詳しいようね。それが何故かは聞きません。今はその知識をワタクシ達に貸してくださいな」
「ちょっ、菊園?オレはそいつのこと──」
「では、ワタクシ達だけで探します?どこに何があるかも分からない、趣味の悪い玩具箱と化したこの学校を」
「そっ、それは……」
奏は押し黙る。この状況で一番頼りになるのは秋だと、耕野を助けるには秋が必要だと理解しているのだ。
愛華が秋に手を差し出す。
「貴方の持つこの学校の知識と、“勘”が頼りよ。手を貸して頂戴」
「……ふふっ、ははは。いや、流石だな」
秋は愛華の手を握る。
「力を貸そう。土井耕野を助けるぞ」




