3話
全員で辺りを見回していると、靴箱の上から「こっちよ」という声が聞こえてきた。
見ると、ボロボロの制服を着た血色の悪い少女が座っていた。その顔を見て、愛華は目を見開く。
(コイツ……アタシに首を絞めさせたガキ!)
驚きは段々と怒りに変わっていく。少女を何とか靴箱の上から下せないかと考えていると、少女の方から下りて来た。
少女はクスクスと笑う。
「ね、私のことを知っているかしら?」
「……七外ふたな」
そう答えたのは秋だった。
「昔、この学校でいじめられて自殺した子供。そしてこの学校を呪い、廃校に追いやった悪霊」
「あら、ふふふ。知っていたのね。物知りね」
少女……ふたなはニコニコと笑う。面白い玩具を見つけたかのように、嬉しそうに。
「呪いで“壊れた”学校。そんな所に来たのだもの、お兄さんもお姉さんも呪われる覚悟があって来たのでしょう?」
「なっ、違う!」
静斗が慌てて反論する。
「私達は噂に詳しくなかったんだ。しかし、遊び半分で来たことはよくなかった。本当に申し訳ないと思っているよ」
「ふ〜ん、そう。反省しているのね。う〜ん、逃すつもりはなかったのだけれど……数年ぶりのお客様だもの、優しくしてあげないとね。チャンスをあげようかしら」
少女がパチンッと指を鳴らす。すると、全員の右手の甲が赤く光った。それも焼けるような痛みともに。愛華は思わず右手を押さえた。
「ぐっ……」
数秒間痛みに耐えていると、やがて光が収まり、痛みもなくなった。
何があったのかと手の甲を見ると、そこには花の形をした赤い痣ができていた。
「その痣は呪いよ。私の呪い」
「呪い!?そんな〜!何とかならないの?」
「ふふ、なるわよ。この学校の色々な場所に呪いを解く薬を置いておくわ。頑張って見つけてちょうだい。……まあ、もちろん簡単には手に入れられないけれどね。じゃあ、私はこれで。頑張ってね、お兄さん、お姉さん」
それだけ言うと、ふたなは霧のように消えてしまう。
残された愛華達はしばらく立ち尽くしていた。まず何から始めていいのか分からなかったからだ。
そんな中、唯一こうなると分かっていた秋だけが冷静に口を開く。
「おい、時間を無駄にするな。動くぞ」
「ちょっちょっ、何でお前はそんなに落ち着いてんだよ!?」
「肝試しに来たんだ、幽霊に呪われたくらいで慌ててどうする」
「い、意味分かんない!ぼく達、呪いで死ぬかもしれないんだぞ!」
「別に、七外ふたなは呪いで死ぬとは言っていないだろう」
「えっ、じゃあさじゃあさ、痣が残ってても生きられる、かな?」
希望に縋るように水奈が言うと、秋は「そうだな」と返した。
「アイツの玩具としてずっと“生かされる”ことはあるかもな」
「ひ、ひえ……あいちゃ〜ん」
「わわっ、急に抱き付く……えっと、抱き付かないでくださいですわ」
秋に悪意がないことは分かっているが、わざわざ怖がらせるようなことを言うべきではないだろう。……いや、もしかしたら“宵月秋”というキャラクターがゲーム中に言った言葉を真似しているのかもしれない。
皆、わいわいとその場で騒いでおり、誰も行動しようとしない。愛華はチラリと秋を見た。真顔だが、心なしか困っているように見える。トゥルーエンドの為に皆を置いていけないようだ。
(ボロが出そうだからあんまり喋りたくないけど……アタシがやるしかない)
「あの、ここで話を続けていても解決しませんし、ひとまず動かない?」
「そ、そうですね。お姉様がそう言うのなら」
「流石、愛華は冷静だね。私も落ち着かなければ」
「お、おほほ。そう、かしら〜?」
(アタシと秋、同じようなことを言ったのにこの差かよ……これ、アタシも結構頑張らないとヤバいかも)
こうして愛華達は歩き始める。まだどこに行くかは決まっていないが、少し前進だろう。
皆が話しているのを見ながら、愛華は一番後ろから付いていく。すると、秋が話しかけてきた。
「すまない。助かった」
「お前な〜もっと言い方変えろよ。せっかくこれからの展開を全部知ってんのに、誰も言うこと聞かなきゃ意味ねぇじゃん」
「無理だ。俺はこういうキャラだからな。それに、俺とお前では人望に天と地の差がある。言い方を変えたところで何も変わらない」
「それ、言ってて悲しくならねぇ?」
愛華は溜息をつきつつ、「それで?」と呟く。
「これからどうしたらいいんだ?」
「そうだな……本来なら探索をしながら情報を拾い、最初のステージへと進むんだ。だが、それでは時間がかかるからな。スキップしよう。まずは2-2の教室へ向かってくれ」
「分かった、待ってろ。……皆さん、聞いてください。次に向かう場所ですが──」
愛華が提案をすると、皆は快く承諾してくれる。本当に秋とは大きな違いだ。
警戒しながら目的の教室まで移動する。幸い、ふたなが現れることも、別の何かに襲われることもなかった。
2-2の教室。扉は最初から開いており、教室内は廊下からもよく見れた。
机や椅子は乱雑に放置され、もうここは学びの場でないことが伝わってくる。また、当然だが中に人の気配はない。静斗が先頭に立ち、ゆっくり入って行く。
「特に変わった物はないね」
「ま、まだ決めるには早いですわ。よく探しましょう」
「そうですね、お姉様。よーし!お姉様にかかった呪いを解く為にも頑張るぞ!」
耕野がごそごそと近くの机を探り出す。それに合わせ、水奈も「やるぞー!」と辺りを調べ出した。しかし、そんな2人に比べ、奏はやる気があまりなさそうだ。
「闇雲に探しても無いと思うんだよなぁ……ここは無駄に体力を使わず──」
「あなた、考えている。偉い」
「!?」
奏は慌てて声の主を探す。すると、「ここだよ」と言って教卓の下から少年が出てきた。
少年は普通の小学生……ではなく、首と体が離れていた。手で頭を大事そうに抱えて持っている。
「でも、大丈夫。ここで使うのは、体じゃ、ない。頭。ちゃんと知っているかの、確認」
少年が喋りながら黒板に近付くと、チョークが宙に浮いた。チョークはひとりでに動き、黒板に文字を書いていく。
『七外ふたなクイズ』
「7問、クイズを出す。全問正解なら、薬、あげる。間違いなら、死ぬ」
「なっ、待っておくれよ。間違えたら死ぬというのは流石に横暴ではないだろうか」
「ここは、ふたなの、城。自分達から来て、文句はなし。僕みたいに、なりたくなければ、頑張れ」
少年はそれ以上無駄な会話はしたくないようで、早速問題を出す。
「第一問、七外ふたな、は、何歳でしょ、う」
「……どうしようか、全く分からない。愛華は?」
「ワ、ワタクシも分かりませんわ」
「すい達、ここのことも、ふたちゃんのことも詳しくないもんね。幽霊が出るって噂が流行ってるくらいしか……」
「アイツの見た目から考えるしかねぇんじゃね?えっと、小学校低学年くらい?か?」
そうして考えている他のメンバーを無視し、秋が答える。
「8歳だ」
「ピンポーン。正解」
「!凄いな、宵月。よく知っていたね」
「……ここに来る途中の掲示板に書いてあっただけだ」
「よく、見ている、ね。じゃあ、次の問題は?」
少年は秋を試すかのように問題を出す。
「七外ふたな、を、いじめていた、のは何人?」
「3人。同級生の女子だ」
「担任、や、大人達はあの子を、助けた?」
「否、だな。面倒事を避けるように七外ふたなを避けていた」
「同じ、クラスの、子達は?」
「教師達と同じだ。見て見ぬふりをしていた」
「じゃあ、あの子の両親は?」
「父親は暴力、母親は家に帰ってこない」
次から次へと出される質問に、秋は難なく答えていく。愛華達はその様子をただ見ているだけだった。
少年は少し無言になった後、6問目を出す。
「七外ふたな、は、そんな目に遭わないといけない程、悪い子だった?」
「違う。七外ふたなは聖人のように優しい子だった……と、ここに来るまでに落ちていたノートに書いてあった」
「うん、正解」
流石、このゲームの大ファンと言うだけはある。間違えたら即死のクイズをここまで全問正解だ。
愛華達の見守る中、最後の問題が出される。
「最後、七外ふたな、は、どうやって自殺したでしょう、か」
「飛び降りだ。学校の屋上からの」
「正解」
少年は遠い目をする。ここにはいない誰かを見つめるように。
「彼女、は、同級生からの酷いいじめに、親からの暴力に、全てに、 耐えられなくなって、死んだ。この世の全部を、呪い、ながら」
「……それはどうだろうな」
「?どういう、意味?」
「いや、何でもない。それより、お前もふたなに殺されたのだろう?恨んでいないのか?」
「恨みは、ないよ。元々僕は、あの子を助けたかった。でも、勇気が出なかった。だから、自分から、呪われにいった、の」
少年の表情は人形のように固まって動かないが、その声からは少しだけ悲しみを感じる。後悔をしているのだろう。呪われにいったことではなく、ふたなを助けられなかったことを。
しかし、少年は愛華達に何かを願うことはしない。ただ淡々と与えられた仕事をこなす。
「全問正解、だから、これ、あげる。呪いを解く薬」
ズボンのポケットから小瓶を取り出し、秋に渡してきた。小瓶の中には青く輝く液体が入っていた。
「これ、手の甲にかけて。そうしたら、痣、消えるから」
「ああ、ありがとう」
「うん。こっちも、ありがとう。ふたなのこと、知ってくれて。あの子のこと、忘れ去られるの、は、嫌。……じゃあね、次、も頑張って」
そう言って少年は煙のように消えていった。
秋は愛華達の方を向く。そして、「ん」と言って小瓶を愛華に渡した。
「へ……え!?」
「何を驚いているんだ」
「だ、だってこれは貴方が手に入れた薬でしょう?」
「構わない。本来これを手に入れるのは俺じゃないからな。こっちの都合で出番を奪って申し訳ないくらいだ」
「?」
秋は静斗の方を見る。静斗は意味が分からないようで、首を傾げた。だが、秋もそれ以上の説明はしない。愛華に視線を向け、早く使えと目で訴えかけてくる。
「え、えっと……誰が使います?」
「俺はお前に渡したんだ、菊園愛華。お前が使え」
「え、は!?それは流石に悪いだろ……ですわ」
「私も愛華に使ってほしいな」
静斗は即座にそう言う。優しく、王子様のように美しい笑みを浮かべて。
「他の皆もよければ、だけれど」
「ぼ、ぼくも!ぼくもお姉様に使ってほしい!」
「すいもいいよ!どうせ全員分手に入れるもん!」
「オレもオッケー!こういうのはレディーファーストだからな。菊園と長中のどっちかが先に使うべき!」
「あ、ありがとうございます……」
(……こんなに好意を向けられたこと、今までなかったから何か……変な気持ち……)
恥ずかしくて落ち着かない気持ちを誤魔化すように小瓶の蓋を開ける。自分が使うことへの申し訳なさはあるが、ここで譲り合いをするのも時間の無駄だ。愛華は瓶の中の液体を右手の甲にかける。
痛みを感じることはなく、痣は直ぐに薄くなり消えていった。愛華は安心して息を吐く。
ひとまず呪いに怯えることはなくなった。だが、これで終わりではない。愛華は皆の顔を見つめ、今一度覚悟を決める。
(最初は自分の為だけだったけど、秋のことも、コイツらのことも助けてやりてぇ。絶対に誰も死なせない)
「皆さん、本当にありがとうございます。皆さんの分の薬も絶対に見つけてや……見つけてみせますわ。さあ、次に行きましょう!」




