2話
廃校の前に立っていると、隣から耕野が話しかけてきた。
「お姉様?ぼっーとされていますが大丈夫ですか?」
「……ああ」
「??えっと」
耕野は愛華の様子がおかしいことに気付いたようだ。しかし、うまく言語化できずに困っている。
そんな中、背後から声が聞こえてきた。
「待たせてしまってすまない。奏が怖がってね」
「怖がってねーし。静斗の方が震えてたくね?」
「も〜喧嘩はやめよ〜」
「……」
あの4人だ。愛華は秋に早足で近付き、腕を引っ張る。
「来い」
「え?ちょっ……」
秋はされるがままに愛華に引っ張られて行く。他の者達が見えなくると、愛華は大きい声を出した。
「死んだんだけど!!」
「ああ、俺もだ。まさか文字通り自分の首を絞めることになるとはな」
「お前もかよ!?あ、いや……ごめん。アタシがあんなことやったせいで」
「気にする必要はない。色々と試してみるべきだからな」
一回死んでいるはずだが、秋は特に気にした様子もない。このゲームに慣れているからか、それともただの変人なのか。
愛華が秋とどう接していいのか悩んでいると、秋の方から「しかし」と切り出した。
「こうなると、やはりゲームを進めてトゥルーエンドを目指すしかないな」
「そう、だな。流石にアタシももう変なことはしねぇよ。どうやったらそのトゥルーエンド?までいけるんだ?」
「ふむ、口頭で一気に説明しても難しいだろう。ゲームを……廃校探索を進めながらその都度説明する。それよりも、だ。お前にはもっと知るべきことがある」
「知るべきこと?何だよそれ?」
「それは──」
秋は力強く拳を握り、話を続ける。
「このゲームの簡単なあらすじとキャラ紹介!だ!」
「あ〜まあ、それは確かに大事だな。けど、何をそんなに熱くなってんだよ」
「熱くもなる!俺はこのゲームの大ファンだが、周りにこのゲームをやっている者が1人もいなくてな。語りたくても語れない毎日だったんだ。こんな状況だが、ゲームについて話をできて嬉しい……ああ、でも語り過ぎは禁物だな。必要事項だけを切り取り──」
「ああもう!うるせぇ!一回黙れ!」
「ぐっ」
永遠に早口で喋り続ける秋を軽く殴って止める。秋は小さく呻き声上げ、蹲った。
「す、すまない。好きな物の話になるとつい我を忘れてしまうんだ。……コホン、改めて説明を。まずはこのゲームの紹介だな」
……………
前にも言ったが、これはホラーゲームだ。俺達6人はクラスメイトであり、俺を除いたお前達5人は仲の良い友人同士だな。
物語の始まりはある日の放課後。静斗と奏……あ〜、男が2人いただろう?あの2人が「ホラーなんて全然怖くねーし!」といったふうに喧嘩をしたんだ。
喧嘩はどんどんエスカレートし、最終的にはどちらがよりホラー耐性があるかを競うことになった。愛華達を巻き込んでな。
そして、肝試しの舞台として選ばれたのがここ。10年前に“呪い”が原因で廃校になった『夢見小学校』だ。
……………
「ちなみに、俺こと宵月秋は誘われたのではなく、『肝試し……あの廃校に行くのか?ならば俺も行こう』と付いて行ったんだ。だから、お前達から俺は『急に話しかけてきて何だコイツ』くらいに思われている。よろしくな」
そう言って、秋は何故か真顔でサムズアップをする。何故だろう、今一番頼りになる人間のはずなのに、秋を見ていると不安になってくる。本当に大丈夫だろうか……。
そんな愛華の不安に秋は気付いていないのか、そのまま説明を続ける。
「後はキャラの説明だな。まずはお前のキャラ、菊園愛華についてだ。菊園愛華は前に話した通り、優等生なお嬢様。常に冷静で、頼れるお姉様として知られている」
「へ〜アタシとは真逆だな」
「わ・た・く・し」
「?」
「愛華の一人称は“私”、二人称は“貴方”だ」
大事なことなのか、秋は顔をグイグイと愛華に近付る。邪魔だ。愛華は秋の顔を押さえて遠ざける。
「わ、分かったから離れろ」
「口調も違う。お嬢様口調で、「〜ですわ」と喋るんだ。後、俺達を呼ぶ時は名前にさん付け。こういう時は『秋さん、近いですわ。離れてくださいまし』と言うんだ。繰り返せ」
「え、えっと……」
「……」
秋の圧に負け、愛華は言われた通りに繰り返す。それで秋は満足したようだ。嬉しそうに頷いている。
「よし。次は愛華の友達であるアイツらの説明だ。まず、お前を『お姉様』と呼ぶピンク髪。アイツは土井耕野」
「おう、あの可愛い顔の女子な」
「男だ」
「……あ〜、ごめん。聞き間違えたみたいだ。もう一回言ってくれ」
「土井耕野は男だ。女装しているだけ」
「はあ!?」
愛華が驚くのも無理はない。耕野は可愛らしい顔に、小動物のような小柄な体をしており、フリルがや花が似合う見た目をしていた。
そんな、どこからどう見ても可憐な美少女である耕野が?男?揶揄われてるのだろうか。
「あ、勘違いするなよ、耕野は女になりたいわけではなく、可愛い格好が好きなだけだ。女扱いすると普通に不機嫌になる」
「そ、そうかよ……ちなみに、アイツは何で愛華……アタシに懐いてるんだ?」
「去年、女装を馬鹿にされていたところを愛華に助けられたんだ。そこからべったり」
「へ〜成程な」
「ちなみに、この設定はゲーム本編では明かされなくてな、作者のホームページで──」
「おい、話を脱線させるな。次いけ」
秋はまだ語り足りないようで、若干拗ねた表情をする。だが、早く説明し終えた方がいいのは事実。無駄にできる時間はない。
次に紹介するキャラとして秋が上げた名は、『白露静斗』だった。
「ほら、あの白髪の男。実はコイツがこのゲームの主人公なんだ。お前とは幼馴染だな。そして通称『王子詐欺』。顔と口調は絵本に出てくる王子様そのものだが、中身は小学生。数多くの女子の夢を壊してきた。肝試しを提案したのも静斗だな」
「元凶コイツじゃねえか」
「も、物語を始めるうえで必要なことだったから……わ、悪い奴じゃないんだ……」
ごにょごにょと口ごもりながら秋は喋る。静斗のことをもっとフォローしたいが、それをすると長くなると分かっているのだろう。
愛華は「分かった分かった」と納得した素振りを見せ、次のキャラの説明を促す。
「そうだな……次は『陽岡奏』、静斗と軽く口喧嘩をしていた派手な男だな」
「ああ、あのチャラそうな見た目の奴か」
「見た目に違わず中身もチャラいぞ。馬鹿でお調子者で女好き。愛華のことも何回か口説いているが、その度に振られている。ただ……」
「ただ?」
「何でもない。気にするな」
「いや無理だろ!気になるわ!」
「大丈夫、今は関係のないことだ。また今度数時間かけて教えてやるから、な?次にいくぞ?」
駄々をこねる子供をあやすような言い方に苛立ちつつも我慢し、話の続きを聞く。
「後は愛華以外の唯一の女子、長中水奈。あの背の高い女子だ。天然、不思議ちゃん、光属性。裏表のない良い子だがクラスからは浮いており、お前達しか友人がいない。この子は本当に、ほんっとうに良い子だから、何か困ったら彼女に相談しろ」
秋は愛華の肩を強く掴み、念を押すようにそう言った。
「わ、分かったよ。それで、最後は?」
「ん?ああ、俺か。俺の体のキャラは宵月秋。お前達のクラスメイト。喋ったことはない。以上」
「は?そんだけ?もっと詳しく教えろよ」
「断る。俺とお前達は仲良くないなのに、俺のことをお前が詳しく知っていたらおかしいだろう。俺は“菊園愛華”というキャラが、現時点で知っているであろう情報しかお前に与えない」
「……」
愛華は秋を強く睨む。不快だと、そう思っていることを隠すことなく。
もちろん、秋の言い分も分かる。だが、この状況で自分の情報だけ隠すというのは、頭では納得できても不満に思ってしまう。なにせ愛華の命は今、秋に握られている言っても過言ではないのだから。
そんな愛華の気持ちに気付いたのか、秋は気まずそうに「あ〜」と呟く。
「後、その……愛華ではなくお前、北井真のことも知っていると言っただろう?有名人だから」
「ああ、言ってたな。不良の厄介生徒として悪い意味で有名だからな、アタシは。お前がアタシに情報を与えたくない気持ちも分かるわ」
「違う、そうじゃない。その、間違っていたら申し訳ないのだが……お前、勉強があまり得意ではない……だろう?」
「なっ!」
思わぬ言葉に愛華の顔が一気に赤くなった。
「キャラ6人分の設定。ゲーム本編の謎かけやギミック。トゥルーエンドを迎える為の隠し要素……テスト前に一夜漬けする学生よろしく、一気に詰め込んでも覚えられない……と思う。混乱してボロを出さない為にも──」
「わ、分かった!分かったもういいよ!……でも、必要なことはちゃんと教えろよ」
「ああ、約束する。共に生き残ろう」
「それと、元の世界に戻ったらアタシが馬鹿だって噂を流した奴を教えろ。事実だけど許さん。ぜってぇ許さん」
「そ、そうだな。戻ってからな」
秋は愛華に若干怯えながら返事をすると、歩き出す。もうこれ以上話すことがないからだろう。愛華も後に続き、待っている者達の元へと向かった。
♢♢♢
「あっ、お姉様ー!」
愛華が戻って直ぐに耕野が抱き付いてくる。……やはり男には見えない。顔も声も美少女そのものだ。
「?ぼくの顔をじっと見てどうしたのですか?」
「いや、何でもね──」
「……」
秋がこちらを見てくる。無言だが言いたいことは分かる。口調を気をつけろということだろう。
「な、何でもありませんわ」
「それならいいのですが……」
耕野はまだ不思議そうにしているが、ひとまず納得してくれたようだ。……しかし、次は静斗が質問をしてくる。
「愛華と宵月は何を話していたんだい?」
「へ?えっと、お前、いや貴方には関係なくってよ?……ですわ?」
「ど、どうしたんだい?様子がおかしいようだけれど……」
「白露静斗。この廃校に入るのだろう?早く行くぞ」
「あっ、ちょっ、宵月!」
秋はさっさと歩いて行く。静斗達は顔を見合わせて悩んでおり、誰も進もうとしない。愛華が「行きましょう」と言ってからやっと皆も動き始めた。
♢♢♢
全員で校舎の正面玄関までやって来る。大袈裟なまでに古く汚れた壁に、割れかけのガラス。一般的に皆が思い描く“怖い廃校”を形にしたようだ。
静斗が扉に手を伸ばす。
「やっぱり開いているね、噂通りだ。皆、行こうか」
(そんな簡単に入れるのかよ……って、ゲームなんだから気にしても仕方ないか)
そんなことを思いながら、静斗の後に続いて中に入って行く。
中は案外明るく、辺りがよく見えた。使う者がおらず埃を被った靴箱も、一部分が不自然に赤黒く汚れて床までも。
静斗がパンッと手を叩いた。
「では、最初に決めた通り肝試しをしよう。全員でこの学校内を一周し、私と奏のどちらがより怖がっていたかを愛華達に決めてもらう。いいね?」
「いいぜ〜。どうせオレが勝つし!」
バチバチと火花を散らす2人を尻目に、耕野は愛華に話しかける。
「全く、お子ちゃまですね〜。お姉様、大丈夫ですか?怖かったらぼくに掴まってくださいね」
「え、ええ。えっと、ありがとう?」
「こうちゃん!すいも怖かったら抱き付いていい?」
「え〜もう、仕方ないな〜」
可愛い2人に挟まれながら、愛華はじっと秋を見つめる。秋は誰とも会話をせず、ただ立っていた。
(秋の奴、全然絡みに来ないな。話したこともないクラスメイトって話だし当然か。……けど、それなら何で宵月秋ってキャラは愛華達に付いて来たんだろ)
「そうですよね、お姉様?」
「へ?あ、えっと……そうね?」
耕野達の会話に適当に相槌を打つ。秋のことは考えても仕方ない。自分は自分ができることをするだけだと、愛華は気合を入れる。
そんな時、どこからか声が聞こえて来た。
「お兄さん、お姉さん。何だか楽しそうね」




