1話
放課後。それは退屈な授業から解放される、学生達にとって自由な時間。部活に励む者、友人と談笑する者、皆思い思いに過ごしている。
そんな中、足早に教室から出て行く女子生徒の姿があった。長い金髪に短いスカート、それに気の強そうな吊り目。何とも近寄り難い雰囲気を纏っている。
女子生徒は廊下を歩き、靴箱まで来た。そこで靴を履き替えていると、後方から男子生徒の声が聞こえてくる。
「うわっ、見ろよ……“あの”北井真だ」
「怖〜。やべぇ不良なんだろ?昨日も他校の奴ら50人くらいをバットでボコボコにしたって……」
「おい。アタシに何か用かよ」
怖がられている女子生徒こと真が話しかけながら近付くと、男子生徒達は「ひっ、殺さないで」と走って逃げて行った。
「チッ、殺さねぇよ。情けねぇな」
真は靴箱へ戻り、靴を履き替えた。……傷と土だらけのボロボロな靴に。
(はあ……昨日、面倒くさい奴らに絡まれたせいで靴がひでぇな。買い替えねぇと)
そんなことを考えつつ、校門へ向かう。
校門では1人の男子生徒が立っていた。黒縁の眼鏡、着崩していない制服。いかにも真面目な優等生といった見た目だ。
男子生徒は真に気付くとギロリと睨んでくる。
「来たか、北井」
「げっ……クソ眼鏡」
真は心底嫌そうに顔を顰め、溜息をつく。会いたくない相手のようだ。逃げるように隣を通り過ぎようとする……が、肩を掴まれてしまった。
「誰がクソ眼鏡だ。僕は高尾秀だと何度言えば覚える」
「うるせぇな〜。離せよ」
「離さない。君、また喧嘩をしたのだろう?50人を相手なんて……危ないからやめたまえ」
「それは大袈裟な話になってるだけだ。昨日のは50人じゃなくて30人」
「あまり変わらないじゃないか」
秀は呆れたような声を出す。彼は本当に真のことを心配しているのだろう。だが、真にとっては余計なお世話でしかなかった。肩に置かれている秀の手を払い除ける。
「だいたい、アタシから喧嘩ふっかけてるわけじゃねぇんだよ。向こうからやってくんだ。……それとも?やり返さず一方的に殴られろって?」
「そ、それは……しかし、僕はクラスメイトとして君が心配して……」
「あ〜はいはい、分かった分かった。お前、毎回言ってくるもんな。アタシに他の女子みたいになってほしいって。スカート長くして、口調も柔らかく……はっ、アタクシには無理ですワ〜」
真は馬鹿にしたように舌を出す。だが、秀は怒ることも怯えることもなく、ただ困ったような顔をした。“誤解だ”と、そう伝えたいが上手く言葉にできず、ただただ口を噤んでいる。
真は秀から離れ、歩き出す。
「じゃなあ、クソダサ眼鏡。生まれ変わろうがどうしようが、アタシが“女子らしく”振る舞うことなんて絶対ねぇからな〜」
『え〜本当ですか?』
「……ん?」
誰かに声をかけられたのかと、真は辺りを見渡す。だが、近くにいるのは秀だけだ。他の生徒は関わりたくないと言わんばかりに距離を取っている。
「おい、眼鏡。今何かいったか?」
「?いや、何も言っていないが」
「だ、だよな。聞き間違い、か?」
『ふふ、聞き間違いじゃないですよ』
「!」
それは可愛らしい少女の声だった。姿は見えないが確実に聞こえる。少女は『う〜ん』と、悩んでいるかのような声を出す。
『真逆の性格の人間にやらせるのも面白そうですね……よし!君に決めたです!よろしくですよ、北井真……いえ、これからは“菊園愛華”さんですね』
「は、は?何を言って……」
『戻りたければ頑張ってトゥルーエンドを目指すのですよ〜』
「意味分かん……っ、何だ……急に眠気が……」
眠らないように頬を叩く。だが、そんな抵抗もむなしく瞼は重くなっていき、立っていることすらできなくなってしまう。
「北井!」
焦った様子でこちらに駆け寄る秀の姿を最後に、真は意識を失った。
♢♢♢
「……ま……お姉様」
(んん……誰だ?)
真はゆっくりと目を開け──絶句した。
まず目に入ったのは桃色の髪の少女。瞳は深い青色で、綺麗な髪には可愛らしい花飾りを付けている。加えて、見たことのない制服を着ているが……まあ、それは別に構わない。もっと気になることは辺りの景色だ。
枯れかけの木、雑草だらけの地面。そして何より目を引くのが、ボロボロに荒れている学校だ。長く使われていない様子で、一目見ただけで廃校だと分かる。
あまりの光景に真が固まっていると、桃色の髪の少女が話しかけてきた。
「あの、愛華お姉様?どうされました?ぼーっとされていますが……あっ、もしかしてお体が優れないのですか?」
「は?愛華?誰だよそれ。てか、お前も誰?」
「お前!?お、お姉、様……?」
それ以上言葉が出ないようだ。少女は顔を引き攣らせ、驚いた表情で真を見ている。
どうしたものかと真が考えていると、背後から「おーい」という声が聞こえてきた。
声の方を向くと、4人の男女が目に入る。4人は歩いて真達の元へ近付いて来た。
「待たせてしまってすまない。奏が怖がってね」
「怖がってねーし。静斗の方が震えてたくね?」
「も〜喧嘩はやめよ〜」
「……」
4人は真達の前で立ち止まる。その内の1人、紫の瞳をした白髪の青年が不思議そうに首を傾げた。
「あれ、どうしたんだい?耕野が変な顔で固まっているが」
(耕野?このピンク髪のことか?)
「さあな。で、お前達は──」
「お姉様が壊れたー!!」
「!?」
耕野と呼ばれた少女はそう叫ぶと、白髪の青年に掴みかかる。
「静斗!あんたのせいだからな!あんたがこんな場所にお姉様を連れて来たから!」
「そ、そんなことを言われても……そ、奏も何か言っておくれよ」
「ええ!?オ、オレに話を振るのかよ」
紫の髪に赤い瞳をした派手な見た目の青年……奏はおろおろと困ったように視線を彷徨わせた。そして、「っ、だいたい!」と大声を出す。
「菊園が壊れたってどういうことなんだ?変なことを言うなって!なあ、菊園」
「……ん、アタシに聞いてんのか?」
「へ、“アタシ”?」
「お前達さ〜、さっきから誰と勘違いしてんだよ。アタシは北井真だ。愛華でも菊園でもねーよ」
「……き」
「あ?」
「菊園が壊れたー!!」
全員が驚いた表情で真を見る。静斗と奏は騒ぎ、耕野はいよいよ泣き出した。
真が狼狽えていると、水色の髪をした背の高い少女が抱きしめてくる。少女は桜色の瞳をうるうると潤ませるながら真を見つめる。
「わーん!すい達がいない間にあいちゃんが恐怖でおかしくなっちゃったよ〜」
「ぐっ、離せ!」
真は少女を押しのける。少女は思っていたよりも簡単に離れた。
全員慌てており、落ち着く様子はない。このままでは誰も話を聞いてくれないだろう。
(もう黙って帰るか)
真がそう考えていた時、誰かが肩を軽く叩いてくる。振り返ると青年が立っていた。紺色の髪に、美しい金色の瞳をしている。静斗達とやって来た4人の内、ずっと黙っていた青年だ。
青年はボソリと「こっちに来い」と真に囁く。
「北井真、俺はお前を知っているし、この状況も説明できる」
「!……嘘じゃねぇだろうな」
「信じろ。アイツらが騒いでいる間に話す。付いて来い」
青年はさっさと歩いて行ってしまう。真は急いで後を追った。
♢♢♢
他の者達からある程度離れ、騒ぎ声も聞こえなくなった。ここなら話している内容を聞かれる心配もないだろう。
真は早速質問を投げかける。
「それで、ここはどこなんだ?アイツらは何でアタシを菊園愛華って奴と勘違いしてんだ?」
「そうだな……まずは結論から話そう。ここは──『恐怖ドキドキ!心霊学園“呪”』の世界だ!!」
「……は?」
「聞こえなかったか?ここは──」
「繰り返さなくていい!聞こえてるわ!」
「そうか。ならよかった」
この青年、思っていたよりもテンションが高い。話が通じるのか一気に不安になってきた。真は頭を押さえながら質問を続ける。
「えっと、その恐怖なんちゃらっていうのは?」
「ホラーゲームだ。聞いたことないか?」
「ねぇよ」
「そうか、残念だ。ちなみに、お前……というより、お前の見た目はそのゲームのキャラだ」
「は?見た目?」
「やはり気付いていなかったか。そこの水溜りで顔を見てみろ」
青年がそう言って地面を指差す。そこには確かに水溜りがあった。真は急いで顔を確認しに行く。
「な、何だこれ!?」
そこに映っていたのはガラの悪い不良ではなく、美しい少女だった。真とは違い、よく手入れのされたキラキラと輝く金髪。いつまでも見ていたくなる緑の瞳。優しげなタレ目。品の良いお嬢様といった姿だ。
真が驚きのあまり口を開けて固まっていると、青年が「分かったな?」と声をかけてくる。
「今のお前は北井真ではなく、『菊園愛華』というキャラなんだ。才色兼備、聖母のように優しい性格、皆から信頼される優等生。そして、超がつく程の金持ちの家のお嬢様。それがお前」
「意味、分かんねぇ……何でこんなことになってんだよ」
「それは俺も分からない。何故なら、俺も気付いたここにいたからだ」
「は!?」
青年に取り乱した様子はない。けれど、不思議には思っているのだろう、「何故だろうな」と首を傾げている。
「最初は、『俺がこのゲームの大ファンだから転生できたんだひゃっほう!』と思っていたのだが、あの北井真までいるとなると理由が分からない……あ、そういえばここに来る前、少女の声が聞こえたな」
「!アタシも聞いたぞ。アタシ達をここに連れて来たのはあの声の女か。くそっ……」
真……いや、愛華は苛立った様子で頭を乱雑に掻く。今はお嬢様の見た目の為、その姿には違和感しかない。
「てかさ、お前はアタシのこと知ってんの?」
「ああ、北井真は有名人だからな。昨日も他校の生徒100人を病院送りにしたとか」
「してねーよ!どんだけ酷くなるんだよその噂!」
「ははは、噂とは面白おかしく変化するものだからな。俺はお前と同じ高校で、隣のクラスの男だ。名前は……宵月秋」
そう言って秋は握手を求めてくる。愛華は一瞬だけ迷ったが、秋から悪意を感じないのでその手を握り返した。
「宵月……そんな奴いたっけな」
「いや、宵月秋はこの体、キャラの名前だ。本名は違う」
「へ〜教えろよ」
「断る。もし今教えたら、絶対に他のキャラ達の前で間違えて呼ぶだろう」
「……」
否定できなかった。それが少し悔しくて、愛華は乱暴に手を離す。それでも秋は「おお怖い」というだけだ。
愛華は拗ねながら「それで」と話を変える。
「お前はどうやったら帰れると思う?」
「そうだな、トゥルーエンドを目指すのが一番だと思う」
「トゥルーエンドだぁ?」
「俺はここに来る直前、少女の声で『トゥルーエンドを迎えれば元に戻れるですよ』と言われた」
「……そういえば、そんなこと言ってたな」
ここに来るまでを思い返す。確かに似たようなことを言われた。
しかし、愛華は今までゲームに触れてこなかった。だから、“トゥルーエンド”というものがいまいちよく分からない。
「なあ、それって──」
「お姉様!見つけたー!」
愛華が話している途中で、耕野が抱き付いてきた。いつの間に近くにいたのか。
「もう!いなくなるから心配しましたよ」
「お、おう。えっと、すまん?」
「いえいえ……それで、ぼく達話し合ったのですが、今日はもう帰りませんか?」
「え?」
「お姉様はきっとお疲れなのだと思います。肝試しはやめて、今日はもう帰りましょう?これ以上お姉様に何かあったら、ぼくは辛いです」
耕野は愛華から離れ、不安そうに目を潤ませる。気遣いは有り難いが、それでは何も始まらない。秋は耕野に近付く。
「土井耕野、それでは困るんだ。このまま行かせてくれ」
「はあ?何言ってんだよ。意味分かんない、正気か?」
「俺は正気だ。菊園愛華、お前からも言ってくれ」
「お?おう……そうだな……」
数秒考えた後、愛華は口を開く。
「帰るか、家に」
「……は?」
秋は愛華の側に行き、小声で話しかける。
「お、おい。さっきの説明を聞いていたのか?トゥルーエンドを目指すんだろ?家に帰ってどうするんだ」
「落ち着けよ。アタシ考えたんだけどさ、これは夢だと思うんだ。一回帰って寝て、次に目が覚めたら元に戻ってるよ。絶対、100パー、確実に。じゃあな!」
それだけ言うと、愛華は耕野と共に他の者達の元へ行ってしまう。
残された秋は溜息をつく。
「はあ……まあ、やりたいようにやらせるか」
♢♢♢
愛華は耕野に連れられ、とある豪邸の前まで来ていた。表札には『菊園』と書いてある。ここが愛華の家なのだろう。
「それでは、お姉様。また明日〜!」
耕野は手を振りながら去って行った。愛華は1人、家の前で立ち尽くす。
「ここがアタシ……いや、菊園愛華の家、か」
少し考えた後、家の中に入って行く。
「た、ただいま〜」
返事はない。家の中には誰もいないようだ。愛華は廊下を歩き、自室を探す。10分程経ってから、やっと見つけることができた。
「はあ、はあ……どんだけ広いんだよ、この家。疲れた……もう寝よ」
自室の扉を開ける。家の豪華さとは裏腹に、“菊園愛華”というキャラクターの部屋は普通の部屋だった。あまり物がなく、必要最低限に留めているようだ。
愛華はベッドに横たわると、今日の疲れを全て吐き出すように息を吐く。
「ふ〜長い夢だな。でもこれで終わるだろ。次に目が覚めた時には、きっと全部元通りだ」
そう思い、目を閉じた時──
「何で帰ったの?」
「!」
聞き慣れない少女の声が聞こえた。
愛華は慌てて起き上がる。目の前には小学生くらいの少女が立っていた。ボロボロの制服から覗く腕は傷だらけで、足は片方が歪に曲がっている。また、顔は病的なまでに白く、血が通っていないようだ。
「ねえ、何で帰ったの?久しぶりに誰か来て嬉しかったのに」
(は?知らねぇよ!)
そう言いたいが声が出ない。体が動かない。
「許さないわ。逃さないわ」
少女は両手を上げる。すると、愛華の手も勝手に動き出した。まるで少女の真似をするかのように両手を上げる。
「これが罰。わたしから逃げようとした罰」
それだけ言うと、少女は自身の首に両手を持っていき──絞め始めた。
(やめ……ぐっ)
愛華の体も同じように動く。愛華は自身の手で、力の限り首を絞める。息苦しさに自然と涙が溢れ、頭がぼんやりとしてきた。
(ア、アタシ……ここで、死……)
『あーもう!何やっているですか!せっかくここまで舞台を整えたのに、ゲームが始まる前に終わるなんて面白くないです!』
(この、声……)
それは、この世界に来る直前に聞いたあの声だった。
『もう!この1回だけ助けてあげるです!でももう次はないで──』
最後まで聞き終わる前に限界を迎える。愛華は意識を失い、その場に倒れた。
♢♢♢
「んっ……ここは」
目を覚ました後、ゆっくり辺りを見渡す。そこは見慣れた自分の学校──
「……ははっ、最悪」
ではなく、あの廃校だった。




