18話
静斗は水溜りの中から小瓶を拾う。そこに奏がやって来た。
「よっしゃ!やったな!」
「ああ、誰も怪我なく無事に済んでよかった」
そんな会話をしていると、愛華と水奈、耕野も寄って来る。3人は手に消火器や紙などを持っていた。
「意外と呆気なかったですわね」
「お酒だけでもちゃんと燃えてよかった〜」
「消火器も使わずに済んだな」
「ああ、本当に。あの時立てた作戦がこうも上手くいくとはね……」
静斗はセンセイと戦う前のことを思い出す。
……………
職員室の机の上。そこには愛華達が見つけた物が並べられていた。水奈と耕野が見つけた竹刀に、秋が見つけてきた物──瓶に入った酒と、少し大きめのライターだ。
静斗はライターを手に持ち、ゆっくり頷く。
「燃やそう。燃やせば全て解決だ」
「おい物騒だな!?いや、それしかないだけどさ!」
「だろう?」
静斗はニコニコと笑いながら続ける。
「私が行き止まりまでセンセイを連れて行き、君達が火をつける。これでクリアだ」
「単純でいいですわね。……けれど、そう簡単にいくかしら」
「大丈夫だよ。センセイは馬鹿だってしーずんさんが書いていたから」
「馬鹿という書き方ではなかったけどな。ん〜……よし!なら、こうしようぜ。オレがセンセイを引き付けて走る。そんで、オレに気を取られているセンセイの目を静斗が潰す。これで燃やせる確率が上がるだろ」
奏は竹刀を指差す。確かに、釘が刺さったこの竹刀ならそれも可能だろう。運動神経のいい静斗ならセンセイの動きにも対応できる。確実に仕留めたいのなら、奏の提案通りにした方がいいだろう。
静斗も納得したようで、「分かった」と頷いている。
「なら、ワタクシ達が火をつける役ですわね」
「責任重大だ!」
「ぼく頑張りますね!」
「……すまない、俺は別のことをしてもいいだろうか?」
皆が秋に集中する。秋は若干気まずそうだ。
「どうしましたの?」
「いや、燃やす役は3人いれば十分だと思ってな。それなら俺は別に動き、センセイが予期せぬ行動をした時に対処できるようにしたい」
「あ〜まあ、途中でセンセイが菊園達に気付いてそっちに行くかもだし、他にも何するか分かんねぇもんな」
「そうだね。なら、宵月は自由に動いてくれ」
静斗の言葉に秋は「ああ」と返事をした。こうして、愛華達は打倒センセイの為に動き出したのだった。
……………
「結局、宵月の出番はなかったよな〜」
「あら、何事もなかったのですから喜ぶことですわ。ほら、静斗さん。早く薬を使ってくださいな」
「おっと、そうだった」
静斗は瓶の蓋を開け、中の薬を手にかける。痣は消えた。これで全員の呪いを解くことができたのだ。
愛華が安心していると、後ろから拍手の音が聞こえてきた。
(まさか、ふたなか!?)
振り返った先、愛華達から離れた場所に立っていたのはルナだった。
「見ましたよ、呪いが解けたのですね。おめでとうございます」
ルナはタタッと軽い足取りで近付いて来る。その目はキラキラと輝いていた。カラフルな水溜りを指差し、愛華達に質問をしてくる。
「この水溜りの色、もしかしてセンセイを倒したのですか?」
「ああ、皆で協力してね」
「やっぱり!凄いですね!僕、コイツには結構困っていたんですよ。助かりました」
「あれ?お前は超能力を使えるってお姉様達から聞いていたんだけど、戦わなかったのか?」
耕野の言葉に、ルナは拗ねたような顔をする。
「超能力ではなく霊能力です。僕の力は本当にすっごく最高に強いのですが、それは誰かを倒すものではないんですよ。できることは自身を守ったり、霊の傷を癒す程度です」
「えー!傷を癒す!?凄い!」
「そうでしょう?家庭科室の幽霊の姿が綺麗だったのは僕が治してあげたからなんですよ。……まあ、見た目を取り繕えるだけで、成仏させるとか救うとかはできませんが」
ルナが来たことにより一気に空気が緩む。わいわいと盛り上がる静斗達を横目に、愛華は秋を探す。
(アイツ、まだ戻って来てねぇな。もう終わったって気付いてないのか?……仕方ねぇな)
愛華はその場をそっと離れ、秋に声をかけに行く。
♢♢♢
「あっ、ここにいたのか。探したぞ」
「?ああ、お前か」
静斗達から少し離れた教室の中で、秋は壁に背を預けて座っていた。静斗達の話し声は聞こえる距離だが、ここにいては秋に何か起きても誰にも気付かれないだろう。
愛華は秋の隣に座る。
「声が聞こえているってことは静斗の呪いが解けたことは分かっているよな?何で出て来ないんだ?」
「待っているんだ。エンディングを」
「エンディング?ああ、全員の呪いが解けたからか。……アタシがやることってまだ何かある?」
「いや、もうお前のやることは終わっている。後はここからの展開を見ているだけで大丈夫だ」
「そっか。ならよかった」
愛華は目を瞑る。ここまで危険な体験を沢山してきた。だが、こうして色々な人間と仲良くしたのは初めてで、全てが嫌な思い出とはならなかった。
「眠いのか?疲れているとは思うが後少しだ。頑張れ」
「別に眠くねぇよ。全部終わって安心しただけだ。皆、生き残れてよかったわ」
「皆、か」
それっきり秋は喋らない。愛華は不思議に思い、秋の顔を見た。
「どうしたんだよ?」
「……なあ、お前はトゥルーエンドというものはどんなものだと思う?」
「へ?いや、アタシはゲームなんてやらないから分かんないけど、ハッピーエンドの別バージョンみたいなイメージ?かな」
秋は首を左右に振り否定する。
「違う。いや、全てのゲームがそうとは言えないが、少なくともこのゲームでは違うんだ。このゲームでいうトゥルーエンドは、他のエンドで明かされない“真実”を知ることができるエンドとして扱われている」
秋は早口で喋り出す。……しかし、いつもと少し違う。好きななものを語っているというよりも、緊張しているかのような……
「ふたなのことや呪いの真実が明かされる、ということではない。それらはゲームを進めながら分かるからな。じゃあ、何の……いや、“誰”の真実が語られるのがトゥルーエンドなのか……それを今からお前に見せてやる」
「ちょ、待て待て待て!言っていることの意味が分からないって」
「直ぐに分かる。大丈夫だ、“僕”は失敗しない」
覚悟を決めたように秋が言いきった直後、静斗達の方から悲鳴が聞こえてきた。
「な、何だ?」
「行くぞ。心配するな、お前は絶対に元の世界に返す」
♢♢♢
戻るとルナが蹲っていた。髪を両手で乱暴に掴み、ぶつぶつと何かを呟いている。
愛華は静斗達の元へ走る。
「何がありましたの!?何故こんなことに?」
「わ、分からないんだ。ロッカーで見つけた鍵を……ぬいぐるみを渡したらこうなって……」
「犀花!」
秋はルナに駆け寄り、その背中に手を置く、
「あ……お、兄ちゃ、ん?何で、ここに……」
「お前を探しに来たんだ!3年前に行方不明になったお前を……!」
「3ね、ん?違、嘘……いや、そうだ、僕は──」
「あはは!思い出したのね」
笑い声と共にふたなが姿を現す。
「ふふ、それにしてもお兄さんってば酷いのね。そのぬいぐるみをあげちゃうなんて」
「どういう意味だ七外ふたな!犀花に……俺の妹に何をした!」
「あら怖い。貴方も気付いているのでしょう?その子がとっくの昔に死んでいることに」
「それは……」
死んでいる?ルナ……いや、犀花が?愛華は驚いて秋達を見つめるしかできない。これが先程言っていた“真実”なのか?
「宵月、どういうことなんだい?」
「……俺がお前達に付いて来たのは妹を探す為だったんだ。妹は3年前に行方不明になった。俺は諦められず、ずっと、ずっと探し続けた。そして、この学校で消えたことが最近分かったんだ。もしかしたら生きているかもと、そう思って、俺は……」
「ぼ、僕は、お兄ちゃ、僕、死んでな──」
「死んでいるのよ、朝凪犀花。いや、大事なお兄ちゃんと一緒なのだから、宵月犀花って呼んであげた方が嬉しいかしら」
苦しそうな犀花を見て、ふたなは上機嫌だ。
「お兄さん、お姉さん、聞いてくれる?犀花お姉さんってば変な力を持っていてね、死んでいるのに支配下におけなかったの。本当に困ったわ。……でもね、だからこう持ちかけたのよ。『ゲームをしましょう?』って」
悪戯のネタばらしをするかのように、ふたなは犀花とのゲームについて語り出した。
……………
「ゲームをしましょう?お姉さん」
3年前。死んで幽霊になったものの、ふたなに逆らい続けていた犀花に、ふたなはそう問いかけた。
「内容は簡単よ。まず、貴方が持っているぬいぐるみに私が呪いをかける。その呪いは、お姉さんが次に自分の意思でぬいぐるみに触れたら発動するもの──身も心も化物にする呪いよ」
「……これに呪いを?あり得ないな。悪いけれど、僕はそのゲームはやらないよ」
「もう!最後まで聞いてから決めてほしいわ」
ふたなはコホンと咳をした後、説明を続ける。
「ここからがゲームのルールよ。それは──『お姉さんがぬいぐるみに触れることなく、4年間ここで過ごす』、ただそれだけ。もちろん、私や幽霊達が無理矢理触らせるなんてことしない。お姉さんが自分の意思で触らなければ大丈夫よ。達成できたら生き返らせて現世に返してあげるわ」
「!」
生き返ることができる、それはあまりにも魅力的で、危うく了承してしまいそうだった。犀花は期待する気持ちを隠し、努めて冷静に「へえ」と答えた。
「でもさ、今こうしてルールを知ったのだから僕は絶対に触らないだろう?更に“僕の意思で”、なんだよ?君が僕に無理矢理触らせてきても意味がない……ゲームにならない。君に得はないじゃないか」
「あら、そうとは言えないわよ。だって、ゲームが始まると同時に、お姉さんの記憶を消すもの。死ぬ直前からの記憶を全て」
「は!?」
「私が次に手を鳴らしたら、お姉さんは自分のことを、『この学校に来て大変な思いをしているけどまだ生きている』と思うでしょうね」
流石に記憶を弄られるのは嫌だ。しかし、ここで断ったら生き返れる機会がなくなってしまう。
そんな犀花の葛藤にふたなは気付いているのだろう、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。
「大丈夫よ。お姉さんにぬいぐるみを隠す時間はあげるし、その間は記憶も消さない。ちゃんと待っていてあげる。だから、お姉さんは自分が絶対に見つけられないと思う場所に、その大切なぬいぐるみを隠しなさい。私はお姉さんが『もういい』と言ってから呪いをかけるわ」
「……」
「ふふ、どう?私とお姉さん、どちらが勝つか分からない面白いゲームでしょう?それに、これはもう二度とこないチャンスよ。お互いに自分の意思で交わす“契約”だから、私も絶対に破ることはできない。お姉さんが生きて帰りたいのなら……大好きな家族にまた会いたいのなら、やるしかないわよね?」
煽るようなふたなの言葉。犀花はぎゅっとぬいぐるみを握った後、兄の顔を思い浮かべる。
「このゲーム、受けよう」
……………
「で、後1年で生き返れたのに、お兄さん達のせいで化物になるのが確定しちゃったのが、今の犀花お姉さんよ」
けらけらと笑うふたなの姿は悪意の塊としか表現できない。愛華は思わずふたなに掴みかかる。……だが、その手はすり抜けてしまった。
「きゃあ怖い」
「何でこんなことをするんだよ!」
「何でって、理由なんているかしら?だって、この学校に入った人間は皆、私の物よ?肝試しでも、他の理由でも、この学校に来たのなら自己責任だわ。ね、肝試しに来て死にかけたお姉さん達」
その言葉に反論ができず、思わず黙ってしまう。犀花達がどういう理由でここに来たかは分からないが、確かに最初からここに来なければ危険な目には遭わなかった。
しかし、それでも……この状況を簡単に受け入れることなんて……
「お兄ちゃ、ごめん、帰って」
犀花の顔や体は半分以上溶け、かろうじて形が残っている状態だ。
「迷惑……ごめん」
「……謝るな。お前のことで迷惑だと思ったことなんて一度もない」
秋はスッとふたなに視線をやる。
「お前の言う通り、こんな場所に自身の意思で来た俺達が悪い。だが、だからといって妹を置いて行きたくない」
「え〜なら連れて行く?記憶も人格もご自慢の顔さえもなくなった、もう直ぐ化物になるお姉さんを」
「いや、俺がここに残る」
「!あ、秋?」
愛華に名を呼ばれ、秋は俯く。
「何を言って……残るって、それじゃあ……」
「宵月……君、死ぬつもりかい?」
「はあ!?駄目に決まってんじゃん!そんなの……菊園が悲しんでもいいのか!」
「お姉様のことを抜きにしても、あんたの妹は『帰って』って言ったぞ。その願いを尊重してやったらどうだ?」
「そうだよ……って言いたいけど、でもあきちゃんの気持ちも分かるし……うう、どうしたらいいのかな……」
秋は無言だ。誰の言葉も響いていないのか、それとも覚悟を決めているのか。
「七外ふたな、俺の意思は変わらない。俺はここに残る……が、アイツらは関係ない。元の生活に返してやってくれ」
「ふ〜ん、お兄さんが残ってくれるのね。いいわよ。やっと犀花お姉さんが手に入って機嫌がいいし」
ふたなが愛華達に手を向けると、一人また一人と消えて行く。
愛華は慌てて秋に手を伸ばし、気付いた。秋が優しく微笑んでいることに。
「また会おう、真」
「っ……待って!一緒に──」
言い切ることも、秋に触れることもできず、愛華の体も消えてしまった。
♢♢♢
目を覚ますと、ベッドに寝かされていた。真っ白い天井に、真っ白い布団。消毒液の匂いもする。カーテンで閉ざされているので周囲は見えないが、ここがどこかは直ぐに分かった。
「ここは……保健室か」




