17話
ホワイトボードに大きく、荒々しい字で書かれた『殺せ』の文字。そこからは恨みや憎悪などの暗く、けれど燃え上がるような怒りが感じとれた。
これが最後のゲーム。成功すれば静斗の呪いが解け、皆で帰れる。だが……
「こ、殺すって……やれるのかな、すい達に……」
「しーずんさんの手紙では戦えると書いてあったからね。決して不可能なゲームではないさ」
「まあ、不安だけどやるしかないな」
「大丈夫、皆で力を合わせればクリアできますわ。ひとまず、あの方がロッカーに隠したという何かを探しに行きましょう?」
「はい、お姉様。じゃあ、最初はこの部屋の中から──」
「……お前達、一旦机の下に隠れるぞ」
秋は職員室の壁を……いや、更にその奥の廊下を気にしているようで、じっと見つめて動かない。
一体何があるのだろう?そう思っていると、ドタッドタッという、重い物が床を跳ねているかのような音が聞こえてきた。そして、その音は職員室の前で止まった。
間違いない、入って来る。
(っ!)
愛華達は即座に3人ずつに分かれ、机の下に隠れた。それと同時に扉がガラガラと音を立てて開く。
「ヒュー……ヒュー……でけ……でけ……まちく、とあて」
姿は見えない。だが、この謎の言語に、複数の人間が喋っているかのような歪な声。正体は直ぐに分かった。センセイが入って来たのだ。
「けけ?あとあぁ」
ドタッ……ドタッ……
センセイが歩く度に床が軋む。机にぶつかった音も聞こえたが、気にしていないのか歩き続けている。ペン立てが倒れ、机から筆記用具が落ちていく音がする。
センセイはまるで隠れんぼをしている子供を探すかのように、ゆっくりと、ゆっくりと愛華達の方へ近付いて来る。大丈夫、センセイは巨体だ。机の下を覗かれない限り気付かれることはない。
「あとあ……を?」
止まった。それは愛華と水奈、耕野が隠れている机の前だった。
愛華は息を止め、目の前のヒビだらけの体がどこかに行くことを祈る。しかし……
「けけ、あり?」
(まさか、コイツここに気付いて──)
「……を?とをぞんる!!」
センセイは怒声を上げ、どこかに向かって勢いよく走って行く。その直後、バキッという何かが壊れる音がした。
「ヒュー、ヒュー……えるおけれし!」
興奮したようにそう叫び、センセイは職員室から出て行った。
辺りが静かになる。数秒待ち、安全だと判断してから愛華達は机の下から出た。
「し、死んだかと思ったよぉ〜」
「ぼくもこれは終わったと思った……」
「よく分かりませんが、助かってよかったですわ」
愛華達が安心していると、少し離れた場所から静斗が「これを見てくれ」と手招きをして来た。
行ってみると、秋と奏も一緒にいた。3人は何かを囲んでいる。
「ホワイトボードが壊されているな」
「うわ〜真っ二つだな。何の恨みがあったんだ?」
「ふむ……『センセイを殺せ』と書いてあったのが嫌だったのではないかな?」
「そんな子供みたいな……まあ、でも助かりましたわね。センセイが居ない間に雫さんが隠した物を探しましょう」
愛華は職員室内を見渡す。隅に2つ、そこから離れたところに1つのロッカーがある。やはりゲーム、都合がいい。
「オレは入り口を見張っとくわ。またセンセイが戻って来たら危ないし」
「助かる。では、俺は離れた場所にあるロッカーを調べる。お前達はそこの2つを頼む」
「分かりましたわ」
役割分担が決まり、愛華達は言われた通りロッカーが2つ並んている所まで来た。
静斗と愛華、水奈と耕野でそれぞれのロッカーを調べる……のだが、愛華はロッカーの前で固まった。
「こ、これは……虫の死骸が沢山落ちていますわね……」
「蝿かな?どうしてこのロッカーの前にだけ……」
静斗は虫の死骸を避けながらロッカーを開ける。
「うわっ……」
開けて直ぐに酷い悪臭が鼻をつく。何かが腐ったような、吐き気を催す臭い。原因はロッカーの中に置かれている物だ。
真っ赤な布……いや、一部は白い。元々は白い布だったのだろう。だが、布が包んでいる“何か”のせいで赤黒く染まったようだった。
「さ、流石にこれを触る気にはなれませんわ……」
「ああ、しーずんさんが隠した有用な物とも思えない……このロッカーはハズレだね」
「そうですわね。他の……あら?」
ロッカーの隅、赤黒い物体に隠れるように箱があることに気付いた。愛華はそっと、その箱だけを取り出す。
箱は小さいが頑丈そうで、南京錠まで付いている。
「それは?」
「分かりませんわ。鍵がかかっているようですけれど、何か大事な物でも入っているのかしら」
「鍵か……」
静斗は少し考えた後、ポケットに手を入れる。取り出したのはルナから渡された鍵だ。
「これで……開いた!」
「まあ!その鍵を使うとよく分かりましたわね」
「いや、試しにやってみただけさ。さて、中身は何かな」
箱の中身、それは鍵だった。鍵にはぬいぐるみが付いている。
「これは……」
「あれ?アカクロ兎だ」
隣から耕野達が話しかけてきた。
「ルナが探していたやつ、多分これだぞ」
「これがかい?なら、次に会った時に渡そうか。……しかし、何故こんな所に隠してあったのだろう……」
「さあ。どっかの幽霊に悪戯でもされたんじゃないか?」
「そうね。まあ、何にせよ見つかってよかったですわ。耕野さん達の方はどうでしたの?」
「ありましたよ!水奈、出して出して」
「了解!こっちにあったのは〜……武器だよ〜!」
水奈が握っているのは竹刀だった。少し汚れているが壊れてはいない。また、先端には太い釘が括り付けられていた。
静斗が手を出し、竹刀を受け取る。
「これがしーずんさんが隠した物なのかな」
「多分そうじゃないかな?目を潰して逃げたって書いてたし」
「そうだね……ただ、流石に目を潰したくらいでは死なないだろう。これ以外にも戦う方法を見つけないとね」
「それはそうですけれど……何かあるかしら?」
「あるぞ」
そう言いながら会話に入ってきたのは秋だ。秋は手に持っている物を愛華達に見せてくる。
「これでセンセイを殺す」
♢♢♢
1階にある、とある教室内。そこでドタドタと煩い音を立てながら歩く者がいた。愛華達の敵であり標的、センセイだ。
「きせ……きせ……」
相変わらず喋っている言葉の意味が分からない。加えて感情の読めない顔に、不気味な体。まさに化物……だが、そんなセンセイも心の中では普通の人間と同じだった。
(くそっ、くそっ!何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!)
この状況に、七外ふたなという存在に怒りや恨みをぶつけ続けている。
(七外がいじめられていただ?あんなのただのじゃれあいだろ。それに、俺はちゃんと話を聞いたぞ。『いじめられてるのか?』って。そうしたらアイツ、『いいえ』って答えたんだぞ!助けてほしいなら助けてくださいって言えよクソ!大体、呪うならいじめてたアイツらだけにしろよ。俺は関係ない──)
(最低!まだ言っているの!?アンタそれでも教師なわけ!?)
(痛いよ……お家に帰りたいよ……)
(私は悪くない私は悪くない私は──)
「いりすう!ぞほる!」
大声を上げ、壁を殴る。側から見れば意味の分からない行動だろう。
(喋るじゃねぇよ!お前達が喋ると頭が痛くなるんだ!静かにしてろ!)
怒りのままそう叫ぶと、センセイの脳内が静かになる。荒くなった呼吸を整え、また歩き出す。
(俺はもう絶対に死なねぇ。あんな痛みは嫌なんだ。誰かが来る度、七外が暇になる度、殺されて殺されて……くそっ!うんざりだ!一応、生き返る時は死ぬ瞬間の記憶は消されるが、死んだ実感だけは残りやがる……気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!)
湧き上がる負の感情を原動力に、センセイは進んで行く。殺される前に絶対に殺してやると、教室から出た。
それを待っていたかのように声が聞こえてくる。
「おーい、化物!こっちだぜ!」
振り返ると、廊下の真ん中に人間が立っていた。
「なをぐを……けれしー!!」
見つけた。殺さないと。センセイは手と足をバタバタと動かし、人間の方へ駆けて行く。だが、相手も黙って待っているだけではない。センセイに背を向け、走って逃げる。
(くそっ、廊下が狭い……!)
動きづらいが、見失わないように追いかけ続ける。
人間が角を曲がった。逃すか。少し遅れながらも同じように曲がる。
「すまない」
「う?」
センセイの口元、紙で隠している目に鋭い物が刺さった。
「あがああああ!!」
叫びながら刺さっている物を抜く。これは何だ?分からない、見えない、真っ暗だ。
声が聞こえる。
「私達も生きないといけないんだ」
(コ、コイツ……!舐めやがって、許さねぇ!目が見えなくたって殺せる!)
「おい、まだ生きている!静斗!こっちに逃げるぞ!」
「ああ!」
「ぐぉおおお!!」
獣のような咆哮と共に、声が聞こえる方へ向かう。大丈夫、ただの人間に負けるわけがない。早く追いついて、その体をへし折ろう。食いちぎろう。
人間達の悲鳴を聞くことを楽しみに、センセイは走る……が、足を滑らせて転んでしまった。
ドンッ!
センセイの体が勢いよく壁に当たる。痛くはないが、うまく立ち上がれない。
(何だ?床が濡れている?この匂い、酒じゃ──)
次の瞬間、耐えられない程の“熱さ”がセンセイを襲う。
「はがぁぁぁあ!!!」
熱い、熱い、熱い!
体がどろどろに溶けていく感覚。助けを求め手を伸ばすが、誰かが握ってくれることはない。
自身が溶ける臭いに、熱さに、痛みに、早く楽になりたいと願う。それでも化物の体は丈夫で、直ぐに死ぬことはなかった。
やがて火が消える。センセイが死んだことに満足したかのように自然に。
センセイが溶けたことにより、床にはカラフルな水溜りができていた。その中央には、センセイの中から出てきたであろう物……薬の小瓶が落ちていた。




